そして今に繋がる世界
全て見届けた。
目的も、彼等の守ってきた歴史も全て。
得られたものは多く、そして尊い。
しかし背負うものも多くなった。
得た物をまとめて現実へと戻る。
俺達の生きる、危機の迫る世界へと。
……その前に1つ片付けなければ。
「で、龍妃はどうするの?」
幸いにもリーヴァが訪ねてくれた。
そう、龍妃について解決していない。
決着の時点で帰還しても良かったのだが、彼女はどうなってしまうかわからない。
故に彼女へ質問したのだ。
「私は術に作られた意識だけの存在」
「つまり幽霊みたいなもの?」
肉体のない残留した意識の存在。
自らの死を知り、前もって仕掛けた魔術。
任務を遂行させれば彼女に役割は無い。
完了を持って消滅してしまうらしい。
すなわち、もうすぐ彼女ともお別れだ。
「では、私から最後の」
「ちょっと待った」
「どうされましたか?」
「いやぁ、お礼しなきゃなって」
龍妃の言葉を遮り、いかにも意地悪していますと言いたげな顔でリーヴァは嘯く。
直後、何故か視界が歪み出す。
もう見るものは無いはずなのだが。
* * * * * * * * * *
光景は一変した。
広がるのは草原と青空、そして海。
多くの名が刻まれた大きな石碑が連なる光景。
その端、海が最も綺麗に見える場所。
特等席とも呼べる場所に、墓があった。
"龍妃"の文字と僅かな装飾が刻まれた墓石。
人の姿の龍皇が、そこに白い花束を手向ける。
彼女によく似合う美しい花だ。
そこに1人の少女が現れる。
その姿はもう、今と変わらない。
「あれ、龍王も来てたか」
「小娘か」
簡易な白ドレスに強気な雰囲気。
崩れきったその口調。
ムラサメ……いや、リーヴァだ。
彼女もまた、別の花を携えている。
「……ここは?」
「アタシと龍皇の記憶。何ヶ月か前のね」
眼前の光景に疑問符を浮かべる龍妃。
それにリーヴァは優しく答えた。
何ヶ月か前、つまり最近か。
8000年後から一気に飛んだな。
最後に言っていた弔いの場所か。
恐らく彼等以外、場所を知る者はいない。
弔われている者達も安息できるだろう。
心地よい風が草原を駆けていく。
龍妃の墓にリーヴァも花束を手向ける。
そのまま小さく頭を下げ、祈った。
僅かな沈黙を自然の音が搔き消した。
「感謝するぞ」
「いいって事。お姉様達にもあげたし」
リーヴァが親指でくいっと指差す。
そこには龍妃の墓によく似た、小さくも綺麗な墓が二つ建てられていた。
いや、そこだけでは無い。
草原各地に墓は点在している。
恐らく魔王の墓もあるのだろう。
その全てに花束は手向けられていた。
勿論、名前の刻まれた石碑にも。
「少々大人びたか」
「え? そう?」
「少女から女性になろうとしている」
「あ、あー、それね……」
他愛もない世間話に花咲かせる。
あの龍皇が、人間とだ。
正直信じられない光景である。
そして何故か顔を赤らめるリーヴァ。
確かに8000年前に比べ大人な雰囲気だ。
大人になるような事を経験したのか?
一体どんな経験だ……?
「あやっべ! 聞かないでアリク!」
現在のリーヴァが叫ぶ。
完全に慌てきった表情で。
この会話をおぼえていなかったのか。
しかし俺の耳は塞がれる事など無く、ばっちりとその会話を聞いてしまった。
「なるほど恋人か」
「な、何でわかった?」
「その程度、顔を見ればわかる」
「うぅ〜……ごめんサレイ…………」
しかし、俺はその耳を疑った。
正直今回の潜行で最も驚いた情報だ。
サレイとリーヴァが、デキている?
驚きを隠せぬまま現在のリーヴァを見る。
顔が赤い。上から下まで真っ赤だ。
となると、大人になるような経験とは。
……まあ、そうなるのだろう。
アイツに先を越されるとは。
何も不思議では無いが、少し悔しい。
世間話を終え、リーヴァは背を伸ばす。
気合いを入れ直したという様子だ。
表情は少し固く変化している。
レーヴァテインとよく似ていた。
「行くのか」
「うん。危険因子が2人も見つかって」
「任せきりで悪いな」
「アンタもやるべき事はやってるし」
8000年前の真実を知る生き残り。
互いの種族を守る守護者。
恐らくこの2人とは、俺とブライだ。
彼等はずっと守って来たのだろう。
この事件が起こるまで、ずっと。
龍皇は柔軟だったのかもしれない。
事件の拡大を機に、すぐ俺の場所へ来た。
そのまま同盟関係を結んだのだ。
彼もラナや龍妃に毒されていたのか。
「勇者に伴侶とは……フッ」
立ち去っていくリーヴァの背を見て笑う。
妻の眠る墓石の縁を優しく撫でながら。
「お前の望んだ形では無いだろうが、今のところ大きな事件は起きていない。多少のいざこざは毎日のように起きているがな」
自嘲気味に墓石へ語りかける。
そこに威風堂々たる龍皇はいない。
平和を願い戦う、1人の戦士。
眠る妻に語りかける愛妻家。
龍皇という個としての男の姿だ。
「我も、もっと愛を伝えれば良かった」
「…………十分に愛は頂きました」
龍皇の言葉に、龍妃は返す。
その声は彼に届かない。
しかし彼の言葉は届いていた。
一方的でも彼等は繋がっている。
死という断絶に阻まれようと。
やがて彼女はゆっくりと俺へ向く。
その瞳には、涙が揺れている。
しかしそれを零す事は無い。
「最後の贈り物です」
そう呟き、彼女は小さな光球を生み出す。
浮遊する光球に俺は優しく触れる。
瞬間的に俺は流れ込む大量の情報。
龍皇が完全覚醒した時に似ている感覚。
多少ふらついたが、何とか持ちこたえた。
一瞬で俺の脳内に焼きついた知識。
それは、とある能力の使用法だった。
これは……そうか。
俺も魔王から受け継がれたという事か。
確かに有効な武器になる。
「貴方ならきっと完成させられるはず」
「……ありがとう、心強い力だ」
彼女から受け継いだ未完成な力。
最後の土産には丁度良い。
視界が徐々に遠ざかっていく。
記憶潜行の旅も、これで終わりか。
最後に俺が見る光景。
龍皇の大きな背を龍妃の小さな体が抱く。
全てを終えて光の粒子へ変わっていく龍妃。
消滅寸前の彼女の見せたワガママ。
最愛の者への抱擁だった。
「これからも見守ってくれ、最愛の妻よ」
「いつまでも、見つめております」
その言葉を聞くと同時に、意識は浮上した。