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遺された者達

 

お姉様(・・・)……」


 決着はついた。


 先に倒れたのは、心臓を貫かれた魔王。

 それを見届けるように勇者も倒れる。

 終焉は、静かなものだった。


 生まれる未来との矛盾。

 勇者は魔王を倒し生き残ったはず。

 しかし、レーヴァテインは死亡した。

 本来ならば繋がらない2つの点。

 そう、何も偽りがなければ。


 勇者伝説にはいくつもの偽りがあった。

 魔王の存在、人間の野望、戦闘記録。

 隠蔽され、改竄された数々の真実。


 その中に埋もれた真実の1つ。

 複数人造られた、勇者達。


「……やっぱ見なきゃ良かった」


 リーヴァ。

 本来は戦争が終わった後にレーヴァテインが名乗るはずだった、平和の象徴とも言える名前。

 それを名乗る謎の少女。

 彼女は、レーヴァテインでは無い。


 容姿は確かにそっくりだ。

 だがそれは三姉妹全員に言える事。


「帰ろ? 不死の弱点はわかったでしょ?」

「まだですよ、リーヴァ(・・・・)

「……意地悪だなぁ」


 戒めるような口調。

 俺は当初の目的は遂げられた。

 リーヴァも見たいものは見れただろう。

 しかし龍妃にはまだ何かあるらしい。


「アンタも後悔するよ?」

「死者に後悔はありません」

「…………なら付き合うわ」


 会話に置いていかれる。

 未来を見た者と未来へ生き続けた者。

 生者と死者、相反する存在だ。


 それでも見つめた光景は変わらない。

 リーヴァが悠久の時間をかけて経験したものを、龍妃は先立って観測していただけなのだ。

 血潮の上に築かれた戦争の結末を。

 その先にある未来の姿を。


 ——時が加速していく。

 2つの亡骸を残したまま。

 日は昇り、沈み、また昇る。

 現実ではあり得ない速度で。


 丁度2日後の夕暮れが訪れた。

 その時、城に1つの影が降り立つ。


「………………」


 大きく広げられた黒い翼。

 それを折り畳み、人の姿へ戻る。

 龍皇だ。他の誰でも無い。

 表情は痩け、瞳の輝きは消えている。

 その内は、絶望と疲弊に満ちていた。


「ハァ……はぁ…………っ!!」


 時間を置かずもう一つの影が現れる。

 細く小さな肉体に、見た事もない形の剣。

 仄かに水を纏った片刃の長剣。


 たった1人、生き残った勇者。

 未来にてリーヴァという名を名乗る者。

 俺の隣でその光景を見つめる者。

 その表情は、全く同じものだった。

 龍皇を見つめ、得意な自嘲を浮かべ笑う。


「封印、したでありますよ」


 龍皇不在で行われたもう一つの決戦。

 生き残りの彼女はそれを静かに語り出す。


 リヴァイアサン率いる最後の魔獣軍。

 彼女達は人間側の本丸目掛け進軍した。

 数少ない人間の兵士達は立ち向かう。

 そこにムラサメも参戦していた。


 結果は両者全滅。

 ただ1人、ムラサメを残して。

 リヴァイアサンを封じたのは彼女だった。

 ヒトも魔獣も、まともな戦力は無い。


「減ってしまったな、ヒトも魔獣も」


 城に集った二つの影を除けば。

 両者、共に戦闘態勢へ入る。

 しかしどちらも一切の覇気を感じない。


「その身体で我と戦うか」

「それはこっちの……ははっ」

「……フッ」


 互いに相手の姿を嘲笑う。

 全身に痛手を負ったムラサメ。

 精魂共に尽き果てた龍皇。

 戦う必要など無い。

 どちらの精神も極限まで疲弊していた。


 このまま戦えば、互いに死ぬ。

 意味など見出せない死が訪れる。

 自分を笑い、相手を笑った。

 そして、戦闘態勢をゆっくりと解く。


「そっか、もうお姉様はいないのか。ならもう、猫を被る必要も………………」


 自分の置かれた状況を整理したムラサメ。

 途端にその口調は崩れていく。

 今の彼女と何ら変わりない形へと。


 ただ少し、今より弱々しく見える。

 吹けば簡単に折れてしまいそうな非力さ。

 それだけが今の彼女と違う場所。

 彼女は非常に弱かった。


「……おかしいな、楽になったはずなのに」


 声が微かに揺れていく。

 肩を震わせ、嗚咽を噛み殺す。

 全てを終えた残された惨状を見つめる。

 それは自らを見つめるのにも等しい。


 呑気な程に優しかった過去の彼女。

 終戦後の未来を語っていた少女。

 今やその面影はほとんど無い。


 それでも本質的な優しさが滲む。

 龍皇も気づいていたようだ。


「…………っ!」

「泣け、強き娘よ」


 龍皇のこんな姿は後にも先にも無い。

 憎む相手の人間を抱き寄せた。

 一切の鋭さは無い。敵意も皆無だ。

 優しく、少女の小さな頭を胸に抱く。


 既に崩壊しかけていた龍皇の精神。

 それを繋ぎ止めたのは彼女の姿。

 弱く幼くとも、散っていった姉妹の為に気丈に振る舞い続ける、そんなムラサメの姿だった。

 だからこそ彼女の内の苦しみはわかる。

 彼なりの優しさが、彼女を抱擁した。



 そんな優しさに、ムラサメも決壊した。


「う、うう……うわぁぁぁあああああ! あああああああっっっ!!!」

「ヒトはもう、魔獣とは相容れぬ」

「ああああああああっ!!ぐずっ、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ならば、交わらぬほうが幸福だろう」


 大声で泣くムラサメに語りかける。

 今の人間とモンスターを示した言葉。

 交わらなければ、争う事も無い。

 過去を生きた者達の出した答えだった。


 魔獣達は覚醒した真の姿で。

 人間は覚醒を拒絶した今の姿のまま。

 例えお互いの認識に齟齬が起きようと。

 例え過去の歴史を書き換えようと。

 強い交わりさえ生まれなければ良い。


「………………ごめん」

「気にする事など無いのです」


 リーヴァは溢れる涙を堪えていた。

 苦く重い過去を目の前にして。

 そんな彼女を俺は尊敬する。


 8000年間、彼女は見守っていたのだ。

 二度と間違いが起こらぬようにと。

 それを俺達は安易に砕いてしまった。

 彼女の背負う果てしない重圧を。

 命を狙われても、仕方がない。


 彼女は解放された……そんな都合の良すぎる言葉を使ってはいけない。

 俺達は壊してしまっただけなのだから。

 彼女の守り続けていた、平和を。


「最後に手伝え、勇者よ」

「……うん」

「死者を弔いたい」

「…………うん」


 過去のムラサメも泣き止んだ。

 そんな彼女を、龍皇は見つめるだけだ。


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