召喚術師の決意
「ふっ、あっははははは!」
「そんなに可笑しいか?」
「いや、大きく出たなって!!」
笑われるのも仕方ない。
相手側に立てば笑った意味もわかる。
それでも決めたからには、張るしかない。
どんな相手だろうと張り続けるしか無い。
未だ俺は抑え込まれたまま。
ギリギリで堪え続ける。
「流れ弾が来るよ!」
ふと彼女の力が抜けた。
しかしそれは反撃への好機では無い。
眼前に迫る巨大な雷の弾丸。
文字通り魔王が放った流れ弾だ。
俺とリーヴァは何とかそれをかわす。
記憶の中なのに、明らかな質量を感じた。
「負けてられないよ、アタシ達も」
「……ああ」
「先手必勝! はぁッ!!」
呼吸が整う前にリーヴァが仕掛けてくる。
当然、安息の暇など無い。
勇者と魔王の戦いも白熱する。
膨張する魔王の洗練された黒い魔力。
何をしたのか、すぐに想像できた。
その魔力は現在のブライと酷似する。
「——龍皇、使わせてもらうよ!」
言葉と共に魔力の障壁は弾け飛ぶ。
まるで卵が孵化するかのように。
両の脇腹と肩辺りから新たに出現した2対の腕。
髪も目も輪郭だけ残し白化した肉体。
背後からは黒い後光が差している。
どこか美しさすら感じる姿だ。
「遂に人間の形を捨てたか!」
『……そうかも知れないね』
軽く交わされた会話。
間髪おかず戦闘は再開した。
剛腕を振るい勇者をあしらう。
虚影召喚で増えた影も関係ない。
戦力差は一気に魔王へ傾く。
俺にはそう見えた。
「判断を誤ったな!」
レーヴァテインの判断は違った。
彼に自らの攻撃はあしらわれている。
だが、勇者の攻撃も本気では無い。
そして彼女は確信した。
肉体の変化に魔王は慣れていない。
ならば、攻撃チャンスは今しかない。
輝くような一閃が、魔王の肉体を貫く。
『か……は!!』
勝利を確信し、全壊剣の血を払う。
普通ならばそれは正しい動作だ。
しかし相手は覚醒を遂げた魔王。
ここまでブライに似ているなら、当然あの能力も持ち合わせているはずだ。
『っは、はがっ! はぁっ!』
「何っ!?」
時を巻き戻すかのような復活。
数回血を吐くと、再び立ち上がった。
『この力は、危険すぎる』
魔王はすぐさま自らの力を危険と断じた。
彼は力の危険性を知っていた。
不死は簡単に脅威になってしまう。
冷静すぎる判断力。
やはり彼を真似する事などできない。
俺にも、彼に憧れたブライにも。
「余所見してる暇は無いよ!」
理不尽な攻撃は降り注ぐ。
俺は不死の攻略法を見に来た。
そして遂に魔王の端が発露した。
攻略はここからが本番。
見るべき光景のはずなのだ。
「両方に意識向けな!」
無茶を言う……が、それを実行する。
リーヴァも攻撃の手を止める気は無い。
ならば俺も当然立ち向かう。
戦いを止める気なんて俺にも無い。
『君の勝ち目は無くなった』
「……まだ、わからない」
『僕もそうであって欲しいな』
魔王も勇者も、不死を認知した。
レーヴァテインの勝利は遠ざかる。
だが、その視線は変わらず鋭いままだ。
その程度で心理を乱される両者では無い。
不死にも必ずカラクリがある。
彼女の思考は即座にその地点へ辿り着いた。
そうと決まれば行動も早い。
魔王が肉体に慣れるまで攻撃を続ける。
そして攻略法を見つけるしか無い。
『カハ——はっ!』
「まだ、まだまだ!!」
復活する毎に間髪入れず魔王を殺す。
なのに殺意や殺気は感じ取れない。
あるのは勝利への決意だけだ。
当然魔王もその気概に溢れる。
真ん中の右腕が、彼女を捕らえる。
「ぐッ!!」
『僕も負けたい訳では無いからね!』
「何を……!?」
掴んだ彼女を空中に放り投げる。
その瞬間、魔王は彼女の背後に瞬間移動した。
再び彼女を掴むと勢い任せに地面へ叩きつけ、さらに追撃で放たれる多種多様な魔術。
それでもレーヴァテインは立ち上がる。
魔術の雨に打たれながらも。
「まだだぁぁぁあああああ!!!」
『——ふッ!!』
魔王の着地と同時に彼女は突撃する。
当然魔王はその侵攻を許さない。
ブライが使用した目に見えない攻撃。
それによりレーヴァテインは阻まれる。
再び劣勢に立たされたレーヴァテイン。
だがそれは、俺にチャンスを与えた。
「隙ありだっ!」
「なにっ!?」
リーヴァの意識がわずかに散漫していた。
その隙をついた長剣の一閃。
咄嗟に築かれた大剣の防御は重い。
それを俺は、無理やりにこじ開けた。
「ぎ、はッ——!」
叩きつけるように拳を振り下ろす。
一撃がリーヴァを地面に縛る。
ここぞとばかりに俺は彼女を抑え込んだ。
同時にレーヴァテインも動く。
「……アスカロン、剣を借りるぞ!」
倒されたまま放置されていたアスカロンの全壊剣。
それを拾い上げ、前に構えた。
全壊剣は全てを破壊する剣。
魔術だろうがそれは関係ない。
全壊剣で見えない攻撃を破壊する。
その鬼気迫る突進は、魔王の思考が追いつく前にその距離をゼロへと持ち込んだ。
「一度や二度で倒れないなら!」
『が、ぐっ、ぎッ!?』
「倒すまで攻撃し続ける!!」
滅茶苦茶な剣戟が魔王を襲う。
現状にとって最高の有効打だった。
復活前から攻撃するレーヴァテイン。
それが魔王の魔力を徐々に削っていた。
不死でも攻撃を続ければ戦力は低下する。
きっと攻略のヒントになるはずだ。
魔王もただでは沈まない。
復活と同時にレーヴァテインへ攻撃する。
互いにゼロ距離からの攻撃。
防ぐ方法は一切ない。
それでも互いに一歩も引く事は無かった。
『はぁ……はぁ……っ!』
「ふっ……ふっ……はっ……!!」
互いの連打が一度止まる。
共に全身を真っ赤に染め上げていた。
自分の出血か、それとも返り血か。
それすらわからない攻撃の応酬。
荒れた呼吸を整え再び構える。
ここまで来て、尚もお互いはトドメへと持ち込む決定打に欠けているようだった。
「舐めん、なぁぁっ!!!」
「なっ!?」
俺は魔王達の戦いに見惚れていた。
つまり完全に油断していた。
抑え込みを解き、跳ね上がるリーヴァ。
縦一文字に振り下ろされる一撃。
俺も寸前で剣を構え、防ごうとした。
「そこまでです」
澄んだ女性の声が俺達を制止する。
この場には俺とリーヴァしか居ない。
後は記憶の中で戦い続ける魔王達のみ。
つまり、こんな事はあり得ない。
だが、それ以上にだ。
その声の主の存在自体があり得ない。
「な、なんでアンタが!?」
「こうなる事は視えていました」
何故なら俺達は、彼女の死を見た。
この目で肉体を貫かれる姿を。
なのにその声は俺のすぐ真横から聞こえる。
俺はゆっくりと、その顔を見た。
「娘がお世話になっております」
白い髪や素肌、低めの身長。
しかし女性として成熟した肉体。
ラナにそっくりな容姿。
優しげで、しかしながら厳格な立ち姿。
龍妃……ラナのお母さんだ。