裁く勇者 〜正義ノ刻〜
半壊し、未だ煙の立つ魔王城。
火球の熱気は残ったままだ。
ここに勇者と魔王、主要人物が揃った。
だがやはり、それは遅すぎた。
瓦礫の上に倒れるアスカロン。
灼け爛れた全身の皮膚が痛々しい。
強靭な耐久力でも、防ぎきれなかった。
「龍皇……!」
魔王はそんな彼を鬼気迫る顔で見上げた。
勇者側から見れば敵の新たな戦力。
しかし、魔王の意図はそこから離れていた。
完全に暴走し、真の姿へ変貌した暗黒龍。
その力に魔王達は手出しすら叶わなかった。
膨れ上がった強さを見つめ続けるだけ。
圧倒的な無力感を味わったばかりだ。
結果龍皇は、我を取り戻す事も無くアスカロンへと致命傷を与えてしまった。
伝承の通り、この力は危険すぎる。
種族を分断する禁断の解放。
リヴァイアサンもいち早くそれを理解した。
だが、彼女は龍皇の盟友でもあった。
暴走する龍皇に触手を伸ばし、叫ぶ。
『グオオオアアアアァァァァ!!』
「もうやめろ、龍皇!!!」
尚も襲いかかろうとする彼を静止する。
龍皇を拘束した無数の触手。
しかし、2人の力量は一目瞭然だった。
いくら踏ん張れど彼の突進を止められない。
簡単にいなされ触手き千切られる。
そのまま勇者達に乱回転して突撃する。
勇者全員の死を、魔王達は予想した。
しかし、そうはならなかった。
たった1人の少女が、彼を受け止めた。
「はじめまして、魔王」
敵の親玉との初となる顔合わせ。
戦争を和平で終わらせ方法など無い。
そんな最悪の状況で、2人は出会った。
燃え盛る長剣一本で龍皇を食い止める。
そんなレーヴァテインの背後。
アスカロンを抱え起こし、ムラサメは叫んだ。
「お姉様! アスカロンが!」
「……諦めて」
「でも!!」
ムラサメの瞳は涙ぐんでいる。
しかし、レーヴァテインの言葉は残酷だ。
事実だけを淡々と述べていくだけ。
「もうどうにもならない」
彼女は既に重傷を負っていた。
本来の責務が果たせない程には。
だが彼女は命令に背き、龍皇と戦った。
善戦はしたが、結果はご覧の有様だ。
判断不足と自業自得が引き起こした死。
レーヴァテインも擁護はしない。
『そこを退け、勇者!』
「アスカロンは死んだ。お前の攻撃で」
しかし、その目は据わっていた。
「妹の非は認めよう」
「お姉様……!」
「だが、お前も妹の命を弄んだッ!!」
龍皇の巨躯を両手で弾く。
そして彼女は地面の何かを拾った。
分厚い鉄板をそのまま研いだような大剣。
アスカロンが使用した全壊剣。
それを左手に持つと、二刀流に構える。
向かい合う龍皇とレーヴァテイン。
具現化した殺気が放電を起こす。
「今! この私が! お前を殺しても構わないんだッ!!」
『やってみろ、人間風情が!!!』
互いに互いを威嚇し合う。
恐らく彼等の強さは互角だろう。
今度は魔王城の破壊で収まらない。
史上最悪の規模の戦いが始まる。
だがそんな戦いを、彼は許さなかった。
「いい加減にしないか!」
『魔王様……っ』
「これ以上、龍妃の願いを踏みにじるな」
これまでに無い魔王の叱咤。
強く感情が揺さぶられる熱を放つ言葉。
魔王の持つカリスマの正体はこれか。
その声により、龍皇は正気を取り戻した。
変身を解き、魔王の背後へ下がる龍皇。
その後ろに冷たくなった龍妃の肉体。
魔王は彼女と融合する事なく、その亡骸を戦闘の余波から守り続けていた。
魔王が告げ、龍皇を正気にした言葉。妃の願い。
……彼女はラナの母親だ。
その内容は何と無く想像がつく。
「君もその気はないんだろう、勇者?」
魔王は何気なく勇者に問いかける。
龍皇を殺害する気は無いという事だろう。
だが、レーヴァテインには役割がある。
魔王の問いかけに彼女は小さく頷く。
それを見た魔王は、優しい笑みを浮かべた。
互いに考えている事は同じ。
そうとでも言いたげな空気を醸し出す。
実際、俺の予感は的中した。
自らの眼前に立つ打倒すべき存在。
自身を殺害する為に造られた生物兵器。
2人が邂逅すれば、それは必然だった。
「退け、ムラサメ」
「それではお姉様が!」
「大丈夫だから」
微笑みながらレーヴァテインは告げた。
炎剣の勇者らしく決意に燃える。
感情に溢れたその仕草。
ムラサメはそれを信じ、魔王城から脱する。
「龍皇、リヴァイアサン」
『……はっ』
魔王側もやる事は同じだった。
悲壮に溢れる表情のリヴァイアサン。
復讐を遂げ燃え尽きた表情の龍皇。
彼の腕に抱かれた、龍妃の遺体。
2人は同時に魔王の元から姿を消す。
魔王城にはリーヴァと魔王だけが残った。
静まり返る、半壊の魔王城。
「さっきの質問、もう一度聞こうか」
瞬間、俺は反応できなかった。
息を飲むような光景に集中しすぎていたせいで、言葉を把握しきれなかったのだ。
数秒考えてそれが何なのかは理解できた。
魔王が初めて融合能力を使った瞬間。
あの時も俺は不意を突かれていた。
回答は変わらない。
互いの主張は共に頷ける部分はある。
同時に、両方とも致命的に間違えていた。
そこに善悪を導き出せない。
どちらを正義とも言えない。
そのままの気持ちを、俺は語る。
「モンスター側も人間側も、俺は——」
「そっか」
遮るように、悲しげにリーヴァは呟く。
……その手には剣が握られていた。
アスカロンやブライが使っていた大剣
俺や過去のリーヴァの使用する長剣。
共に過去の勇者達が使用していた、抜群の破壊力を誇る謎多き全壊剣。
二本の剣を構え——
「ならアンタも、人間の敵だ」
——リーヴァは、それを俺に振り下ろした。





