終焉の血狼煙
「こっちにはいない!」
夜闇に響くレーヴァテインの声。
熱く、焦ったような感情の籠る声色。
表情もこれまでに無い形相だ。
その声にムラサメも強く返答する。
内容は、こちらにもいないという事だ。
研究所の周辺はこれで全て捜索した。
街並みは現在の都市とあまり変わらない。
異様な静けさが漂っている以外。
街の広さに比べ、人の気配が薄すぎる。
もっと生気を感じてもいいはずだ。
やはり出兵しているのか。
それとも既にこの世を去っているか。
どちらにしろ彼女はここにいない。
2人が街を調べ尽くすのを見ていた。
「——まさか!」
「な、何かわかるでありますか!?」
「来て!!」
「は、はいであります!!」
レーヴァテインの後ろを追うムラサメ。
一瞬の閃き。心当たりはあるらしい。
だがその表情は一層青ざめている。
彼女の心当たりは、相当まずい場所らしい。
その瞳は予想が外れる事を願っている。
建物を気にせず一直線に突き進む。
しかし、その光景を見つめるリーヴァはとても冷ややかで、悲しみだけが満ちていた。
* * * * * * * * * *
気がつくと俺は魔王城にいた。
いつもの歪みは認識しない。
どうやら時間軸は変わらないらしい。
となると自然と理解が及ぶ。
彼女達はこの魔王城に向かっている。
アスカロンの目的は確実に龍皇だろう。
彼の命を奪うために制止を振り切ったのだ。
「魔王様、そろそろ休まれたほうが」
広間には龍皇の姿はない。
それどころか大勢いた負傷者もいない。
簡易ベッドと薬瓶だけが残っている。
この答えは考えなくてもわかる。
解答は隠される事なく、そこにいた。
魔王の魔力が異常に膨れ上がっている。
今までと比べ物にならないほどに。
彼の表情に以前までの明るさは無い。
病的に白く、目の下の隈は深い。
そんな彼に休息を呼びかける龍妃。
広間には彼らしかいない。
「……できないんだ」
玉座に座った魔王が上の空気味に言う。
戦争中の軍を指揮する最高司令。
休む暇など無いのだろう。
そう思ったが、理由はそこではなかった。
彼も知らなかった能力の弊害。
融合した者達の意識が自らに宿る。
既に合体を果たした数多の意識の喧騒に掻き乱され、休む事すらできないと彼は告げる。
それを示すかのように、指は震えていた。
ならば、と龍妃は治癒魔術を使う。
暗黒龍にしては魔術が非常に上手い。
人間や魔族とあまり変わらない。
「戻ったぞ!」
広間の大扉が音を立てて開いた。
戻って来たのは龍皇とリヴァイアサン。
両者共に戦闘形態だが、ボロボロだ。
終戦間際の磨耗が窺い知れる。
「早速ご報告が」
「あなた、魔王様は今……」
「治癒してもらってる」
報告しようとした龍皇を咎める龍妃。
対して、龍皇が少しだけ拗ねる。
……あからさまな嫉妬だ。俺にもわかる。
そんな様をリヴァイアサンは小さく笑い、魔王の様子を見て改めて報告へと移った。
戦況は魔獣側の優勢だが消耗は限界。
人間側もまともに戦える人員は少ない。
彼等が降伏する気配は一切無い。
融合を志願する重体者も多いという。
彼等の意思を無下にはできない。
早急に戦争を終わらせる。
玉座にかかった彼の手元には、講和条約の原稿らしきものがちらりと覗き見えた。
平和を願う気持ちは誰も変わらない。
先程のようなささやかな日常を続けたい。
しかし望みとは裏腹に、怒声が響いた。
「前門より侵入者あり! 数は1人!!」
「門番の鬼はどうした!?」
「突破されました!」
夜の魔王城に突如現れた侵入者。
屈強な鬼族すら軽くあしらう実力。
当然予想はつく。龍皇達も同じだった。
「まさか、勇者か!?」
一瞬の判断で魔王達を守護する二大幹部。
彼等の無事を第一に考えての行動だ。
残念ながら、侵入者の目的は彼等では無い。
幹部の1体である龍皇、彼の命だ。
天井を突き破り一直線で刃が迫る。
それを龍皇は回し蹴りで弾いた。
そのまま2人は広間の中心へ転げ出る。
「龍皇——!!」
「……あの時の!」
言葉を交わすと再びアスカロンは仕掛ける。
荒々しい攻撃は、広間の床を抉った。
彼女の顔は龍皇も覚えていた。
その形相に過去の面影は見られない。
目は血走り、歯をむき出しにし襲いかかる。
そして、手に握られた剣も変化していた。
……見覚えのある、ブライの全壊剣。
それも見た目は新品同様。
何故それをアスカロンが持っている?
「よくも、よくも私の腕を!!」
その答えが戦いで明かされる事は無い。
しかし剣の異様さを龍皇は察知した。
龍人態のまま僅かな動きで攻撃をかわす。
床が、壁が、シャンデリアが、アスカロンの攻撃の余波で破壊されていく。
ブライ使用時と比べ物にならない破壊力。
「貴様の腕など落としてなどいない!」
「五月蝿ぁぁぁああいっ!!!!」
運動神経も格段に跳ね上がっている。
片腕を無くし弱体化した訳では無かった。
むしろ遥かに強くなっている。
一目で龍皇が本気の回避をする程には。
尚も彼女の怒りは収まらない。
乱雑な乱撃が、龍皇を襲う。
しかも攻撃の密度は以前と変わらない。
怒りに身を任せつつも、攻撃は理知的だ。
龍皇に反撃の隙を与えない。
「種族纏めて殺してやる!!」
加えて最悪にも龍皇は疲労している。
蓄積された疲労が彼の機動力を落とす。
少しずつ攻撃に追いつけなくなる龍皇。
そんな隙を、彼女は逃さなかった。
暗黒龍を全て殺す。その怒りに満ちた一撃。
「まずは貴方から、死になさい!!!」
それは完全に龍皇の不意をつく。
一直線の突き攻撃に身構えるしかできない。
余りにも無防備な防御だった。
このままでは同族の命も危ない。
そう考えながらも、彼の手札は失われた。
「く……っ!!」
死を覚悟した龍皇。
瞬間、全壊剣は肉体を深々と貫いた。
花弁のように散らばっていく鮮血。
それは龍皇のものではなかった。
彼よりも遥かに小さな、少女のような影。
「あ…………」
龍皇の危機に無意識のうちに前へと飛び出した、龍妃の華奢な肉体を刺し貫いていた。





