表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/184

少女が生まれた日

 

「ちょっと寄り道していい?」


 空間が歪む中、不意にそんな事を言う。

 正直もう散々寄り道はした気がする。

 これ以上伸ばされるのも少し嫌だ。


 しかし彼女が何か企んでいるのも明白だ。

 ブライの弱点とは関係ない企み。

 俺は既にそれに乗ってしまっている。

 少し見る景色が増える程度変わらない。


 それに潜行を操作しているのは彼女。

 断っても、リーヴァの思い通り。

 今更提案してきたほうが不思議だ。

 嫌だと言う気もあまり起きない。

 彼女の赴くまま俺もついていけばいい。


 俺が頷くと、リーヴァは微笑んだ。

 歪んだ視界が修復されていく。


「お姉様?」


 人間側の施設だ。

 回復用の水槽の中で誰かが浮かぶ。

 レーヴァテインはそれを眺める。

 そこに、横からムラサメ釜声をかけた。


「完全には癒えないらしい」

「そうでありますか……」


 治療を受けていたのはアスカロンだ。

 龍皇の一撃は彼女の肩を裂いた。


 水槽のアスカロンに左腕は無い。

 戦闘時点では切り離されていなかった。

 帰還後に切断されたか。

 腕のあった部分には、白い包帯が巻かれている。


 それが彼女達にどんな影響を齎したか。

 ムラサメは悲しそうに顔を伏せる。

 レーヴァテインは水槽を眺めるだけ。


 感情の希薄さがもろに出る。

 こんな少女が、どのように今へ至ったか。


「……いつ終わるのでありましょうね」


 顔を伏せたままムラサメは呟く。

 彼女の言葉は、この戦争を指していた。

 レーヴァテインはキョトンとする。


戦争(これ)は終わるものなのか?」

「どちらか負ければ終わるであります」

「初めて知った」


 純粋な唇から出た残酷な言葉。

 その反応も正しいのかもしれない。


 彼女達は戦争の為に造られた人造人間。

 今は戦う為の兵器に過ぎない。

 彼女達が戦争の先を知る必要は無い。

 その時点で用済みとなるのだから。


 だが、その先をムラサメは知っていた。

 彼女は誰かに教えられていたのだ。

 当然レーヴァテインは尋ねる。


「終わったら私達はどうなる?」

「人間として生活できるであります」


 ムラサメは僅かに瞳を輝かせる。

 それが彼女の希望だった。

 戦争が終われば人間として生きられる。

 殺しも争いもない、平和な世界で。


 そのまま彼女は夢を語る。

 中には名乗りたい名前というものもあった。


 兵器ではなく、人間としての名前。

 ムラサメはアメ、アスカロンはアスカ。

 駄洒落にも聞こえるおかしな名前だ。

 それでも以前から決めていた。

 この名を名乗る為に、彼女達は戦っている。


 ムラサメの語る夢を聞き終えた後、レーヴァテインは口を開く。


「私の名前は何だ?」

「へ……?」

「お前につけてほしい」

「わ、私ですか!?」


 意外な提案であった。

 当たり前だがムラサメも予想外。

 そんな事を言うと思っていなかった。

 慌てながらも彼女は思案した。


 ……ああ、だから見に来たのか。

 本当にちょっとした寄り道だ。

 こんな機会でも無いと見れない光景。


「リーヴァ、なんて」

「………………」


 聞き馴染みのある名前だった。

 8000年前に付けられた彼女の名。

 些細な瞬間に即興で作られた名前。

 今もなお、彼女はその名を愛用する。


 だが沈黙が悪かった。

 ムラサメの顔が青ざめていく。

 しまったという様子の顔だ。


 慌てて訂正しようとするムラサメ。

 それは杞憂へと変わる。


「……いいな」

「ほぇ?」

「リーヴァ……うん。とても良いと思う」


 言いながら彼女は微笑んだ。

 しかし心からの笑みでは無い。

 感情の希薄さは関係ない

 笑顔に僅かに影がある。

 ムラサメもそれを悟ったようだ。


「来なきゃ良かったかな」

「恥ずかしいのか?」

「それもあるけど、辛くなる」


 隣にいるリーヴァも同じ表情をする。

 その影は、レーヴァテインよりも濃い。

 強い後悔と怒りを笑みで隠す。

 この光景を再び見る後悔か。


 それとも、これから起こる事への後悔か。


「アスカロンを見ると、苦しくなる」


 レーヴァテイン(リーヴァ)の声が重なった。


「それは……」

「アスカロンの意識、急浮上!」


 レーヴァテインにムラサメが言葉をかけようとした瞬間、水槽のガラスは爆弾の弾け飛ぶ。

 内部に満ちた液体が零れる。

 それに触れた研究員が動かなくなる。

 魔力の流動がない。死亡している。


 辛うじて逃れた研究員も多い。

 彼らは二人の勇者の背後へ隠れた。


 周囲に流れる沈黙。

 アスカロンがゆらりと立ち上がる。

 包帯だけを身につけたその姿。

 俺は、彼女の姿に恐ろしさを覚えた。


「ゥ、ァァァアアァアアァアアア!!!」


 方向と共に彼女達へ突進する。

 その戦闘力はムラサメと互角のはずだった。


 しかし、二人の制止をものともしない。

 遂に二人を振り切ったアスカロン。

 そのまま夜の闇へ消えて行く。

 彼女を追い二人も外へ飛び出す。

 俺達は二人に引き寄せられた。


 引き延ばされる視界の中、暦が横切る。

 年月日が俺の瞳に焼きつく。

 その事実に、俺は息を飲んだ。


 レーヴァテインに感情が芽生えたその日は、魔王討伐の3日前だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版が2019年3月9日に発売します!
さらに濃厚になったバトルシーン! 可愛いモンスターたちの大活躍をお楽しみください!!

書影
書籍版の公式ページはこちら



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ