モンスター達の秘密(前編)
「はあぁっっ!!」
アスカロンは武器を持たない。
徒手空拳で龍皇に襲いかかってくる。
当然、普通の拳なら傷を負う事は無い。
龍皇も彼女もそれは承知の上だ。
にも関わらず拳を振り下ろす。
つまり、彼女の肉体は普通では無い。
その異常性は龍皇も当然気付く。
僅かに下がり、攻撃を避ける。
同時に鋭い瞳で彼女を睨みつけた。
「燃え尽きよ」
「ぐ……っ!!」
立ち昇る火柱を寸前でかわす。
しかし龍皇は彼女の逃げた先にいた。
超速で見舞われる強烈な回し蹴り。
アスカロンはまともに食らい、吹き飛んだ。
その表情には焦りが見える。
レーヴァテイン戦とは大違いだ。
アスカロンは暗黒龍を倒す為に創られた。
なのに防戦一方である。
何故こうも苦戦している?
「こんな力……私の情報には!!」
「ハ、勇者が聞いて呆れるな」
まさか、戦力分析に失敗したのか?
いや、それはないはずだ。
リヴァイアサンとムラサメは戦闘済。
互いの強さを認知している。
だからあんなやり取りをした。
恐らく戦力も互角に近い。
アスカロンもそれに合わせて調整されてあるはずだ。つまり、何かあるとしたら龍皇側だ。
「あの小娘は確かに強かったが」
彼は脚を高く振り上げた。
その足先をよく見る。
……爪だ。竜の爪が生えている。
それだけでは無い。
翼に太い尻尾、鋭く上を向いた二本角。
腕も屈強に膨れ上がっている。
この姿を俺は見た事がある。
ラナの龍人態。戦闘モード。
人間態から戦闘力を格段に引き上げる姿。
修行を経てラナが身につけた力だ。
「貴様はそれ程でも無いな」
「か、はっ!」
踵落としはアスカロンを切り裂く。
人間ならば致命傷の威力だ。
アスカロンもただではすまない。
大きく裂けた肩から多量の血が滴る。
一つの疑問が、答えを出そうとしている。
人の形を保つこの時代のモンスター達。
何故、そのような姿のままなのか。
「リヴァイアサンには僅かに遅れを取ったが、我もこの肉体変化を会得したのだよ」
「バケモノ……!」
自慢げに自らの姿を語る龍皇。
まるでこれが本来の姿では無いように。
そして、これが強化された姿かのように。
——これが、一つ目の答えか。
嫌らしい解答だ。リーヴァらしい。
解に辿り着くまでのヒントが少なすぎる。
答えを明かされるまで気づかなかった。
隣のリーヴァを見る。
その表情は満足げにほくそ笑んでいる。
「少しは勘付いた?」
「……ああ、驚いている」
ラナは人間に変身したのでは無い。
龍皇があの姿で来た時に気付くべきだった。
擬態能力にはしっかり理由があると。
暗黒龍は元から人の姿。
文化や生活、生殖も違うのかもしれない。
だがこれなら現状に答えが出る。
暗黒龍は人の形から進化したのだ。
人とはあまりにも異なる、あの姿に。
龍人態はその過程でしか無い。
「全モンスターが当てはまる訳じゃ無い」
彼女はそう注意してくる。
まずスライムは違う。動物系や精霊系も。
だが、高い知能を持つ異形のモンスターはほぼ全て当てはまると彼女は言った。
ドラゴンがその最たる例。
ドラゴンゾンビも例外では無い。
リヴァイアサンもあてはまる。
イビルアイもそうらしい。
…………いや、待て。
魔族や鬼等はどうなる?
彼等は人によく似て、知能も高い。
だが、リッカは擬態の為にS級まで成長した。
ゴルドラもあの力があるから変身できる。
「この程度か、勇者よ!」
「こんな……バカな……ぁっ!」
眼前でアスカロンを圧倒する龍皇。
彼と魔族達に何の差がある?
何かが脳裏で引っかかる。
人間と魔族、姿以外に共通点は無いか?
海魔とは違う明らかな共通点は……。
「死して身の程を知るがいい!」
今まさに一つの決着がつこうとしている。
なのに戦いを真剣に見ていられない。
頭の中に沸き立つ謎と近づく解。
それは彼等への急接近する、もう一人の勇者の存在すら認識できない程に霞ませていた。
「大丈夫、アスカロン?」
「お姉様……!」
「ちっ、やはりこの勇者、強い!」
砂埃を上げて現れた二つの影。
レーヴァテインとリヴァイアサンだ。
彼等は相当離れた位置で戦っていた。
リヴァイアサンの誘導で得られた距離。
しかし、レーヴァテインはそれを無視した。
妹の危機を察知し、一瞬で飛来した。
人は生身では空を飛べない。
だが、絶対飛べない訳では無い。
「無理はしないで、一度帰還しよう」
「しかしそれでは任務が!」
「今の龍皇はアスカロンより強い」
「————っっ!!」
そう言って彼女は魔法陣を展開する。
現代ほど整備されていない、魔術。
……魔術だ。
魔族と鬼、人間に共通するもう一つの特徴。
魔術はこの三種族にしか使えない。
「覚えてなさい、龍皇!」
「逃すか!!」
「待て龍皇! 一度魔王様の元へ戻るぞ!」
魔術で飛行し逃走する勇者。
追跡に出る龍皇を止めるリヴァイアサン。
彼女の叫で、俺は思い出した。
人間と僅かな差を持つ鬼や魔族。
彼等はモンスターとして属される。
改めて魔王の姿を思い出す。
角は無い。翼も、尻尾も無い。
擬態しているだけかもしれない。
しかし、新たな疑問はここに結実した。
魔王の種族は、一体何だ?





