Xmasの日 その3
あれから、近くのコンビニに行って、お互いの一押し駄菓子を挙げあって。
あとあったかい食べ物を買って。
また公園に戻って、ベンチに座って。
買ってきたものをビニール袋から出していると、きみが笑顔で聞いてきた。
「先輩は、何買いましたか?」
「えっと、あんまんと、紅茶家伝」
じんわりとあったかい缶のラベルを見せる。
「出た、紅茶家伝。僕は断然午前の紅茶派です。これは、戦争ですね」
「大げさすぎないかな!? でも、ホットで缶のミルクティーって言ったら紅茶家伝だよ」
「ペットのレモンティーなら?」
「それは午前の紅茶だよ」
「こだわり薄くないですか!? 紅茶家伝もレモンティー出してますよ?」
「見たことないから大丈夫大丈夫」
ぷしゅっと缶のタブを引いて一口。
気品漂う茶葉の香りと、それを引き立てるミルクと砂糖の味わい。そして湯気から薫り鼻を抜けていく甘くとろけるような残り香。
「ふあぁああああ~っ……!」
美味しい。
「先輩、おっさんくさいですよ」
「おっさん言わないでくれるかなっ!? ……北見くんは何買ったの?」
「肉まんとゴールドマウンテンです」
「そこはダーク無糖じゃないんだ?」
「流石に砂糖は欲しいんですよね」
「お子ちゃまだね~」
「ミルクティー飲みながら和みきってる千歳さんには言われたくないです」
きみは少しいじけた様子で肉まんを二つに割って片方にかぶりつく。
わたしも、同じように割ってあんまんを食べた。
「はふっ…はふっ……ん?」
視線を感じてその方向に顔を向けると、手持無沙汰そうなきみがいた。
「先輩」
「? なに?」
「ください」
「直球すぎるよ!?」
「ください」
「せめて何をか言おうよ!?」
「あん、……ください」
「なんで途中で一回あきらめたのかなっ!? いや何が欲しいかは大体わかったけれどもっ!?」
「寒くて口が回らないんです」
「肉まん買ったんじゃないの?」
「神隠しに遭っちゃいまして」
「どこに?」
「お腹の中に」
「いや食べ終わっちゃってるだけだよねそれ!?」
「先輩」
「なに?」
「ください
はい
→いいえ」
「何かRPGみたいな選択肢出ちゃってるんだけどっ!?」
「はいって言ってくれるまで、ここまでの会話をまるっとコピペして無限ループし続けます」
「コピペとか言わないでっ!? ……はぁ、しょうがないなぁ」
割った半分の方をきみに渡す。
きみは笑顔で受け取ると、勢いよく食べ始めた。
お腹、空いてたんだね。
「あ、ひぇんぱい」
食べながら、きみが何もない手のひらをわたしに見せる。
「?」
なんだろう?と思っていると、きみが開いた手のひらを握って、わたしの膝の上に置いた。
「あっ」
膝の上に、黒い包みに入った飴玉。
きみを見ると、グッと親指を立てながら夢中であんまんを食べている。
「あめひゃん、どぉぞ」
「う、うん。いただきます」
大阪のおばちゃんみたい。
ていうか、どこから出したんだろう…?
………。
……。
…。
「…ふぅ。食べたぁ」
あんまんを食べ終わって、ミルクティーを一口飲んで、空を見上げる。
いつの間にか、夕陽はどこかに隠れて、空は、黒とふわふわ舞う白で静かに時を奏でていた。
「……今日は誘ってくれてありがとう。すごく楽しかったです」
たまに聞こえる地響きのような車の音を聞きながら、独り言のように言った。
「……僕も楽しかったです。来年は、こんな風にのんびり出来ないでしょうし」
来年かぁ。
三年生の12月。
「多分、受験で忙しそうだよね」
部活は運動部に合わせて夏で引退。
クラスも違うから、きみとこうやって話すことも無くなるのかな。
それは、少し。
ううん。
結構、いやだなぁ。
「……」
い、言おう、かな。
頑張るって、決めたし。
ていうか、言うなら、今、だよね?
こう、なんていうか、今、だよね?
今しか、無いよね?
うん。
うん。
よし。
「あ、あの、さ」
「? はい、何ですか?」
「う、うん……」
あれ?
これ、どう切り出したらいいんだろう…?
壁ドンかな?
いや、女の子の方から壁ドン?
壁ないし。
ベンチしかないし。
ベンチドン?
……構図的にアウトしかないよね。
「え、えーとぉ……」
「?」
「さ、寒い、ね」
「そうですね。先輩は、寒いの苦手ですか?」
「え? ええと、うん、結構、大丈夫なほう」
「そうなんですね、僕もどちらかというと、暑いよりは寒い方が好きです」
「あ、あはは。そう、なんだね」
「あでも、暑い方が眼には優しいですね」
「? どうしてかな?」
「単純に、見える肌面積が増えるので」
「欲望に正直的過ぎないかなっ!?」
あこれ無理だよ。
この流れで告白とか絶対無理だよ。
ロマンチックZEROだもん。
ロマンチック止まっちゃってるもん。
「そういえば、先輩は今まで色んな占いしてきたと思うんですけど、自分でやってて大変だなあって占いは何でしたか?」
「え? う~ん…やっぱり、タロット占いかなぁ」
「その理由は?」
「まずカードの意味を覚えないといけないし、あとは占う人がどんな答えを求めているのかを想像して、その上で出たカードの意味を解釈して伝えないといけないからかな」
「凹んでる人にこの先良いことありませんよって結果が出ても、それをそのまま言っちゃうのは不味いみたいなことですか?」
「そうそうそうっ! でも、カードの意味を無視してまで良いコト言うのは絶対違うと思うし、それだと、占った意味もなくなっちゃうしね」
「なんだか、そう聞くと面倒ですね」
「でも、楽しいよ、タロット占い」
タロット占い。
タロット。
「……あっ」
「? 先輩、どうしましたか?」
よし。
決めた。
今から、わたしは、わたし自身の運命をタロットにかけてみよう。
「……」
タロットカード。
大アルカナのカードの種類は22枚。
その中で、『恋人』のカードを引けたなら。
その時は、ちゃんと、きみに好きって伝える。
確率は、22分の1。
お世辞にも、あんまり高くはない確率。
でも、そんな確率の巡り合わせなら。
それは多分、運命、みたいなものだから。
その時は、絶対、
「……うん」
コートのポケットから、持ってきたタロットカードを取り出す。
「? あ、先輩、タロット、持ってきてたんですね。また占ってくれるんですか?」
「えっ!? あ、うんっ。だから、北見くん、カード、切ってもらっても、いいかな?」
きみが切ってくれたカードなら、多分、絶対、後悔なんてしないから。
……恋人以外のカードだったら、きみのことを普通に占ったことにしよう、うん、そうしよう。
「わかりました。任せて下さい」
そう言うと、きみはわたしの前でカードを切り始める。
「あっ……おっとっと」
途中で、手元が滑ったきみがカードをぱらぱらと地面に落とした。
「あ、あはは。すみません、手がかじかんで、ちょっと失敗しちゃいました」
苦笑しながら、きみがそう言って、カードを拾い上げてまた鮮やかに切り始める。
「……すぅ~」
切られるカードを見ながら、小さく深呼吸。
「ふぅ~。……うん」
どんなカードが来ても、その結果に従う。
わたしの好きな、占いだから。
わたし自身が、それを曲げちゃいけない。
「――切り終わりました。どうぞ」
きみが、切った山札を差し出す。
どきどきしながら、その山札の一番上のカードに手を伸ばす。
「じゃ、じゃあ、占う、ね?」
「はい、お願いします」
「う、うん……」
カードを引いて、裏面を見た。
「――えっ?」
そこに、わたしが期待していたような絵柄はどこにもなくて。
そしてそれは、タロットの絵柄ですらもなくて。
「――花?」
わたしの知らない薄桃色の花が、淡い絵の具のようなタッチでカードの裏面に描かれていた。
「えっ? えっ…? なに、これ……?」
予想外のことに戸惑っていると、きみがカードの花を指さして言った。
「その花、アザレアって言うんです」
「えっ? あっ、そう、なんだ」
「はい。花言葉は、『愛の楽しみ、恋の喜び』」
「……えっ?」
顔を上げると、きみの真っ赤な顔と反らした瞳が、雪明かりの中、冴えた光で照らし出されていた。
「え、えーと、その……な、なんていうか、ですね。言わないと、と、ずっと、思ってはいたんですけど。その…、なかなか、言う機会が、あったり、なかったり、して。ええと、つまり、その……」
「う、うん……」
「つまり……」
「つまり……?」
きみの反らした真っ赤な顔がわたしを真っすぐに見つめて言った。
「千歳さんが悪いんですッ!!」
「えーっ!? なんでそうなるのかなっ!?」
「だって千歳さん理想高すぎじゃないですか!? わしの名は。は恋愛じゃないって言うし、くちみがは微妙だけど観る気満々だしッ!」
「いや全然理想高くないよ!? わしの名もくちみがもちゃんと好きだよ!?」
「でも絶対告白は普通にーとか一番嫌だろうなあとか思ったからこんな風に言うしかなかったんですよ!」
「な、なんか、ごめん、ね?」
あれ?
どうしてわたし、謝ってるんだろう…?
「大体もっと早くに告白するつもりだったんですよ! 一年の時から一目惚れでしたし、部活入ったのだって千歳さんいたからですしッ!」
「そうだったんだっ!?」
いやわたしももっと早く好きって言って欲しかった、ううん、好きって言いたかったです。
「大体なんなんですか!? 大人しそうな感じなのに話してみるとすっごい気さくだしちゃんと話拾ってくれるし背小さいのにおっぱいおっきいしッ! こんなの一目惚れじゃなくても好きになるに決まってるじゃないですか!」
「一部欲望だだ漏れな台詞が聞こえた気がするんだけど気のせいかな!?」
お腹の触り心地良かったとか言われなくて変に安心はしたけれども。
「ああもうだから言いますはっきり言います本当はこんな風に言うつもりじゃなかったけど言っちゃいます千歳さん好きです僕と付き合ってくださいッ!!」
はぁはぁと真っ赤な顔で叫ぶようにきみが言った。
そんなきみの様子が、なんだかすごく可愛くて。
笑っちゃいけないと思いながらも、やっぱり、どうしようもなく嬉しくて。
「はい、よろしくおねがいします」
自然に笑顔になるのを、とめることなんてできなかった。