Xmasの日 その2
「いや~、遊びましたね~」
きみは、何かをやり遂げたような爽やかな笑顔で額の汗を拭った。
足、がっくがくだけど。
「あのさ、これ、ほんとに大丈夫かな?」
二人で作った雪だるま。
わたしが頭を乗せた雪だるま。
「それにしても、良い感じに出来ましたよね~。ココの教員生活に飽ききった腐ったミカンみたいな眼の部分なんか、クリソツですよコレ」
「わたし、この人、どっかで見たことあるんだよね…」
「いや~、大変でした。てっぺん禿げてるくせに、雪でそれをどう表現するかが一番の難題で――」
「いやこれどう見ても数学の安東先生だよねっ!?」
「あ、ケツに『50超えて未だ平教員』って書いといてあげないと」
「やめてあげて!? 書いてあげなくてももう結構似ちゃってるからやめてあげてっ!?」
「はいドーンッ!!」
「遠慮なく壊したーっ!?」
不意のグーパンで半壊した雪だるまの頭をよろよろした蹴りでゴロンと転がして、きみはわたしに親指を立てて笑った。
「大丈夫です。腐った教師は死んでも、変わりはいるもの」
「暴走しそうな教師はイヤだなぁ…」
きみはいつ作っておいたのか新しい雪玉をゴロゴロと転がしてくる。
あ、なんかちっちゃめ。
「さあユキダルマン、新しい顔よッ!」
きみはどこかのパン工場にでも務めてそうなおじいちゃんみたいな掛け声で勢いよく顔の塊を持ち上げる。
あ、そのサイズは持てるんだね。
そしてちょこんとサイズ感のあっていない土台の雪玉に顔を乗せた。
「? ん? んっ!?」
微妙に上手いせいで一瞬スルーしそうになったけど。
「北見くん。あのさ、その雪だるまのモデルって、誰かな?」
「? 先輩ですけど?」
「だよねっ!? 一回どうか他人であって欲しいなあとか願っちゃったけれども!?」
大きな二重まぶたとか。
整った鼻筋とか。
小さい口とか。
あと一番特徴的なのは長い黒髪と、毛先の部分だけ少し癖のかかった髪形とか。
「先輩先輩」
「? なにかな?」
「自分で『整った』とか『小さい』とか言っちゃうのは、やっぱりイタイと思うんです」
「唐突にメタな指摘ありがとうっ!? あといま地味にわたしの心読んだよねっ!?」
「サイコメトラー午前二時」
「人いなさそうな時間帯だねっ!? っていうかそのネタ、古すぎないかな? わかる人、いるのかな? あと、北見くん、わたしのことまだ触ってもいないのに心読んだよね!?」
「え? 触っていいんですか?」
「駄目だよっ!?」
この流れで触られるのはイヤだなぁ……。
「とっ、とにかくっ、その雪だるまはダメっ!」
「? どうしてですか?」
「恥ずかしいからだよっ!」
「あっ! すみません!」
きみが勢いよくペコリと頭を下げる。
「えっ? い、いやっ、わかってくれたならいいんだけどね……」
「今日はカラースプレー持ってきてないので、頬は恥ずかしい感じに赤くは塗れないんです。準備不足ですみません!」
「いやそっちじゃないっ!? そっちじゃないからっ!? む~っ……!!」
きみがさっきしたみたいに、わたしは力強くきみの膝を指でつついた。
「きゃあああーッ!? ちょっ、先輩止めてッ!? 今そこ乳酸疲労で一番敏感なヤツですからッ!?」
「悲鳴が可愛くてむかつくのでダメです」
ちょんちょん。
「ひぃいいいィーッ、膝がーッ、膝に矢がーッ!? 生まれたての小鹿みたいにィーッ!?」
あ。
これ、なんか、ちょっといいかも。
「あっ!? 先輩、今、僕の膝を犯して楽しんでますねッ! エロ同人みたいにッ! エロ同人みたいにッ!」
「意味がわからないよっ!?」
この後、悶えるきみの膝を滅茶苦茶つんつんした。
………。
……。
…。
「……はぁ、はぁ。うっ、僕、汚されちゃいました……」
「それ、男の子が言う台詞じゃないと思うんだ」
「まったく、先輩が執拗に僕のボディを狙うんで、笑い過ぎてお腹が空きました」
「そういえば、わたしも、お腹空いたかな。運動もしたし」
公園の柱の先の丸時計を見ると、ちょうど午後4時くらい。
背景に広がる空は、いつの間にか黄昏色に染まっていて。
黒より終わりを感じさせるような、そんな微妙な時間。
「先輩」
「なに?」
きみが苦笑しながら頭をかいて言った。
「どこか、軽く食べに行きませんか? 先輩のお腹は心配ですけど」
「えっ?」
もう、ここで帰りましょうかって言うのかと思ってた。
「あのさ、北見くん。だからわたし、太ってないからね?」
「はい、太ってはいないです。でも、柔らかかったです」
「だーかーらーっ! わーすーれーてーっ!!」
まだ一緒にいられるんだ。
公園を出て、踏み固められてでこぼこになった歩道を一列で歩いていく。
朝に圧雪されていた車道の雪が、車のタイヤで融雪され、車が通るたびにしゃりしゃりとした音を響かせながら飛び散っていた。
「今年の雪、いつもと同じぐらい降るらしいですけど、どうなんですかね?」
前を歩いていたきみが器用にわたしに顔を向けながら言った。
「雪かきの手伝いが大変になるから、あんまり降らないで欲しいんだけどね」
「ああ、先輩の家、無駄に広いですもんね」
「そうそう、無駄に広いんだよね……」
今日も朝からお父さんと一緒に雪かきしたなぁ。
でも積もったら小まめに雪かきしないとどんどん積もった雪が重たくなるから放置したりもできないんだよね。
広いところは除雪機ですればいいんだけど、細かいところはやっぱり人の手で除雪しないといけないし。
冬は一年で一番天気予報に敏感になる季節かも。
「あ、先輩は、何食べたいですか?」
「え? なんでもいいよ?」
「駅前のマックでも?」
「? うん、いいよ?」
「クリスマスで無駄に豪勢に装飾されたカップルだけしかいない駅前の空気を十二分に反映した客層の元でもしかして同級生のあの子とあの子が~え~意外~絶対釣り合ってないって~、あ、でもそんなところが逆に釣り合ってるよね~みたいなこと言いそうなコミュ強のクラスで委員長でそのノリで生徒会長に立候補してわが校初めての女性生徒会長誕生か?と思われたけど順当に落選して副会長になってウザい感じで会長に主張する卒業後結構良い大学に行って問題なく就職するけど生来のウェーイ系薄っぺらさが周囲にモロバレで職場では女としては無理と無言のうちに思われてて本人はそんなこと考えず余裕ぶっこいてたけど30過ぎてようやく焦り始めて手当たり次第学生時代の友達に声かけて男との出会いセッティングしてもらってようやく無口で従順そうな月五日ぐらいしか家に帰らないような交番勤務の下っ端警察官と結婚して家庭に入って日がな韓国ドラマ見ながら放屁してにぎりっぺあははーっみたいなことしてる糞みたいなBBA予備軍が多数暇つぶしてそうな駅前のマックでも?」
「ごめんいやです」
っていうか説明長いよっ!?
無駄にリアルだったし……。
知り合いの人の話、なのかな?
わたしは、大丈夫だよね?
いやうん、多分大丈夫だとは思うけど。
「じゃ、近くのコンビニでもいいですか?」
「コンビニなんだ?」
「あ、先輩、今、コンビニ舐めましたよね? この季節のコンビニおでんとか至高ですよ?」
「地ぶき美味しいよね」
「千歳さん何気に渋くないですか!? そこはやっぱり、もっちりちくわぶとか」
「北見くん、どこ見て言ってるのかな?」
でも、カップルかぁ。
きみとわたしも、周りの人達からは、そんな風に見えるのかな?
クリスマスに遊びに誘ってくれて。
さっきの雪合戦の時のこととか。
きみは、どう思ってるのかな?
最初に会った時から、きみはどこか掴みどころがなくて。
だから、わたしは。
そんなきみのことを――
『一年の、北見凛です。内申書の部活動記載欄をとりあえず埋めたいので入部しました』
『正直過ぎる入部動機っ!?』
『千歳さん、朝のニュースのなんちゃって星座占いで、今日私一位だったの~、え~、私最下位だったよ~今日は気をつけなきゃ~、あっでもぉ他局の占いでは私一位だったからぁ~違う世界線ではカイザーだからぁ~的なお弁当についてくる緑色したギザギザのヤツみたいな糞どうでもいい会話どう思います?』
『……ノーコメントでいいかな?』
『先輩先輩、水晶玉マッキーで塗って星★描いてみました! アルシンチュウそっくり!!』
『だいだい色だっ!? あとなんか星の位置がその、なんていうか、その……』
『先輩、えっちですね』
『ち、ちがうよっ!? っていうか、部活の備品こんな風にしちゃダメだよっ!』
『さて、このアルシンチュウに、黒い布を被せます』
『え? あ、はい』
『そして、この布を取ると――』
『取ると?』
『なんと、アルシンチュウの星★が消えて、ただの橙色の玉になります!』
『マジック!? いやここ占い研究部だからねっ!? っていうか色、透明に戻ってないよねっ!?』
『続きはWEBで!』
『いやWEBだからねここ!?』
あれ?
おかしいな。
ろくな回想が無いんだけど。
「先輩、やっぱり、冬はラーメンだと思うんですよ」
「おでんどこいったのかなっ!?」
前を歩くきみは、なんだかいつもよりはしゃいでるように見えて。
そんなきみを見ていると、わたしも、なんだか楽しくなって。
もしも、きみもわたしと同じようにそんな楽しさを持ってくれてるなら。
「北見くん」
「? 何ですか?」
少しだけ。
「ん、なんでもないよ」
「え? ……はッ!? すいません気が利かなくて! 急ぎましょう先輩! トイレならコンビニにありますから!!」
「最悪な気の利かせ方はやめてぇーっ!?」
頑張ってみようと思ったんだ。