Xmasの日 その1
「――で」
何故公園……?
「……」
見事に晴れたクリスマスの午後2時。
薄くぼやけた日差しに、公園の木の枝からボタッと水分を含んだ雪の塊が新雪の台地に浅く落とし穴を作った。
「雪、また積もったなぁ…」
見渡す限り、白銀の世界。
かなり広い公園も、遊具とかグラウンドとか、全部白で覆われていた。
「小さい子とか、誰一人、いないんだね……」
あっこれ絶対家でゲームしてるやつだよ。
イブにプリカ一万円分親の人からサンタさん名義でもらって今コタツみかんしながらガチャ回してFXで有り金全部溶かしたみたいな顔してるやつだよ。
「時間、2時で良かったんだよね……」
公園の屋根付きのベンチに一人腰掛けながらキョロキョロと辺りを見回してみる。
「いないぃ…」
やっぱり、からかわれたのかなぁ。
場所も時間もここだし。
いや。
これ多分、こう遠くから動画を撮ってわたしの焦った様子を撮ってネットに上げて『勘違い女の慌てる様その④』とかのタイトルで『あはは、マジウケるーwww』って笑っちゃおっていう企画という名のいたずらなんじゃ。
「いやいやないない」
きみはそんなことしない。
…しない。
……しない、よね?
「…よし。電話、かけてみよう」
携帯を取り出してきみに電話をかけようとして、
「つんっ☆」
「に”ょああ”あ”っ!?」
不意の感触に思い切りベンチから滑り落ちた。
「あははははは! 先輩敏感過ぎ! っていうか今のぐんにょりした動き面白すぎ!」
「はぁ…! はぁ…! はぁ…! いや、今のは無理だよ…」
不意にお腹の側面を人差し指で力強くつつかれたら、誰だってああなる、わたしだってああなるよ。
「ふぅ…ふぅ…」
息を整えて立ち上がると、まだ涙目で笑ってるきみの蹴りたい笑顔があった。
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
「遅れてすみませんでした。今日はよろしくお願いします、先輩」
「あっ、うん、よろしくお願いします」
指ちょんとの落差!!
「でも、なんだか意外でした」
「? なにが?」
「服の上からでも、結構、やわらかかったです」
「!? お腹の感触は忘れてっ!?」
「この指は、二時間は洗えないです」
「いや洗っ――うん、まぁ、妥当だよね」
「それに」
「?」
きみの興味津々な視線に、わたしは首をかしげる。
「なにかな?」
「今日の先輩の服装。頭の白のニットベレー帽。刺繍がオシャレですね」
「えっ!? あ、ありがとうっ……」
「首には、白とピンクとあと色々明るい系の色のマフラーですね。ベージュのPコートとのコントラストがとてもgoodです。コートの下の白いセーターとも色味が違うので良いワンポイントだと思います」
「あ、うん、詳しくどうも」
「あとは帽子と合わせた白の手袋も全体の色調をくっきり強調していますよね。ここに一つ色があることで全体の方向性に指針を出しているというか」
「お父さんからもらった軍手は却下しました」
「さらに膝より少し上の丈のスカートは濃いグリーンと赤のチェックでさりげないクリスマスカラーを表現。黒タイツによりすらっとした印象を与える脚をブラウンの紐付きブーツが普段着感をさりげなく演出。でもこれ絶対普段着じゃないよねと一目でわかる主張。お見事です」
「やめてっ!? そのどこかの服装評論家みたいに冷静にわたしの服を分析していくのは恥ずかしいからやめてっ!?」
「ですけど、こういう風に言わないと、誰も、先輩の服がわからないじゃないですか」
「え? わかる、よね?」
「いやだって、一人称で自分のこと解説しちゃうとかイタイですし」
「なんだかすっごいメタなこと言っちゃってるよね!?」
「『わたしは千歳冬華。14歳』」
「唐突な自分語り(not わたし視点)始まってる!?」
「『幼馴染ではないクラスは違うけど同級生の北見凛くんと公園へ遊びへ出かけて黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した』」
「ん?」
「『取引を見るのに夢中になっていたわたしは、背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。わたしはその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら…』」
「それちっちゃくなっちゃうやつだよね!? 日常生活で必ず殺人現場に遭遇しちゃうやつだよね!?」
「とまあ、こんな感じで、自分で言わない限り、誰かが何か言わないと一人称の視点主のことは描写されないわけです。あ、ちなみに僕の服装はブラウンのモッズコートと同色のブーツに、デニムを合わせた感じです」
「それは自分で言っちゃうんだ!?」
「ちなみにモッズコートというのは、怒る中捜査線で赤島刑事が着ていた緑のあのコートに近い感じです」
「元ネタがわかりづらいっ!」
きみはおもむろに準備運動しながら笑って言った。
「さて、じゃ、少し運動しましょうか? 先輩のお腹のお肉のために」
「余計なお世話だよっ!? でも、運動って、何するのかな?」
「雪積もりましたし、雪合戦で」
そう言って、きみは足元の雪で雪玉を作ってニヤリと笑う。
「えっ、あの、ちょっ!?」
「さあ、先輩、覚悟してくださいね?」
「いやっ、無理っ、無理だよっ!?」
わたしが逃げるときみは雪玉を持ったまま追いかけてくる。
「ふっふっふっ、さあ、逃げまどってもらいましょうか、先輩!」
「いやっ、絶対やだぁ、こないでぇー!!」
「ふはははは、いいですよ先輩っ! もっと、もっと、悲鳴をあげ――ぜえっ、ぜえっ……!! もう無理です……」
「限界早いねっ!?」
わたしまだ全然余裕なんだけど。
「はぁ…はぁ…ふふっ、文化部の体力の無さ、舐めてもらっては困りますよ……」
「そこ自慢するとこじゃないよね!?」
「はぁ…はぁ…ふふっ、僕の体力は53万です……」
それ、絶対インフレについていけないやつだよね?
「ぜぇ…ぜぇ…あっ、先輩、油断しましたね?」
「え? ひゃっ!?」
きみの勢いに体が一瞬軽くなって。
ぼふっと、背中に、淡い雪の感触がした。
「……」
「……」
すぐ目の前に、きみの顔。
さっきまで息を切らしていたからかな。
いつもより赤い顔の瞳の中に、わたしの驚いた顔が見えた。
「えっ? えと、あのっ、……北見、くん?」
「先輩」
「は、はいっ」
「ここでキスしたら、付き合ってくれたりしませんか?」
え?
なんて?
今、なんて言ったのかな?
キス? 付き合う?
本当、に?
それって……
「えっ? あのっ? えっ?」
どうしよう。
早く、何か言わなきゃ。
困惑していると、笑顔のきみがわたしの腕を掴んで雪の中からわたしを引っ張りあげた。
「クス、冗談です」
「えっ?」
「あはは、引っかかりました? 昨日、母親が雪のロンドっていう映画見てたので、同じようなことやってみたくて、やっちゃいました」
「あっ、そう、なんだ……」
「あはは、はい。えーと、じゃ、雪合戦の続き、しましょうか?」
そう言って、きみは雪玉を地面で転がし始める。積もった雪が、核となった雪玉を順調に肥大化させていく。
「……あの、北見くん。それ、雪玉にしては大きくないかな?」
「大丈夫です、持てなくなる前に、先輩にぶつけますから」
「それ大丈夫じゃないよね!?」
「先輩」
顔ぐらいの大きさの雪玉を抱えていたきみの動きが止まる。
「? どうしたの?」
「緊急事態です」
「あの、まさか……」
「腕の活動限界をとうに超えているので助けて下さい!!」
「非力すぎないかなっ!?」