マジック&タロット
もうすぐ、きみが来る。
わたしは、それを待っている。
部室(と言ってもただの空き教室だけど)に二台ある真新しい電気ストーブは、ピッと電子音を鳴らしたまま、しばし音信不通。
白い息を手に吹きかけながら、足を小刻みに動かしてその応答を待っていると、もう薪とか石炭とかのストーブでいいんじゃないかなと思ってしまう。
「うぅ~、さむ~っ……」
絶対そんなことはないだろうと、窓をカラカラと空けて外に顔を出してみる。
冬特有の重たげな曇り空の下、新雪を踏み鳴らしながら笑顔で下校していく人達が見えた。
「あ、全然寒くない! っていうかここと大して変わらないっ!?」
いやむしろ部室の方が寒い!!
窓を閉めて、はぁ~と息を吹きかけると、白い吐息は窓にくっついたように曇った跡を残して凝縮した。
……あれ、凝縮で合ってるんだっけ?
「遅いなぁ……」
曇る窓に、かじかむ指できゅっきゅっと線を描く。
少しにじんだ線で、窓に図形。
「……う~ん」
少し迷った後、図形の下に名前を書き足そうとして――
「先輩、バレたら先生に怒られますよ?」
「に"ゃっ!?」
背後の声に振り返ると、きみが笑って立っていた。
「まったく、先輩も悪い人ですよね。窓に方位記号だなんて、地理の復習でもしてたんですか?」
そう言いながら、きみはわたしの書いた図形の隣に工場の地図記号を書き加えていく。
「北見くん、だからわたし、先輩じゃないからね。同じ年生まれだし、わたしの誕生日11月29日だし」
「僕は12月3日なんで、やっぱり先輩ですよ」
「4日だけだよねっ!?」
「人生の先輩」
「ならもう少し先輩らしく扱ってくれても……」
「千歳さん千歳さん、これ、よく描けてません?」
「え? なに?」
いつのまにか工場の地図記号が太陽のような顔に変わっていた。
「……これさ、どっかで見た気がするんだよね」
「この会社の牛乳プリン、僕結構好きなんですよ」
「へ~、そうなんだ」
「このキャラクター、ホモちゃんって言うらしいです」
「……その情報は、いらなかったかな」
「このホモちゃんの隣に、新しいホモちゃんを書いて――」
「いや消そうよ!? 描いたわたしが言うのもなんだけどさ!?」
仕方ないですねと言いながら、きみは窓の落書きを消していく。
そんなきみの姿を見つめながら、わたしは気づかれないように息をついた。
勘違いしてくれて、良かったぁ……。
多分、名前まで書いてたらアウトだったよね。
でも曇りガラスに相合傘描いちゃうあたり、やっぱりこの部室は寒いと思う。
「~♪」
きみが窓を水浸しにし終えた時、ピッ、ボッと音が鳴った。
「あ、ようやくストーブ点きましたね。じゃ、部活、始めましょうか?」
言いながら、きみはストーブの暖気口にお尻を押し付けるように当てて笑った。
「北見くん、部活する気、ないよね?」
言いながら、わたしも二台目のストーブの暖気口に寄りかかる。
わたしと北見くんの所属する部活は占い研究部。
活動内容は、ゆるく占いをしたり調べたりすること。
文化部なのと、名前のゆるさで、とりあえず部活入っとこみたいな人がいっぱいいたりして、ほとんどが名前だけの幽霊部員ばかりだったりする。
「今日も他の人、来そうにないですね」
「明日から休みだし、予定のある人はみんな帰っちゃうんじゃないかな」
週末の放課後だからか、皆どこかふわふわしてる。
でも、このふわふわ感は、多分、いつもの比じゃない。
「今年はすごいですよねー、なんたってイブとクリスマスが連続して土日に来るんですもん。最後までチョコたっぷり」
「いやクリスマスだからね、バレンタインじゃないからね」
「先輩は、何か予定あるんですか?」
「う~ん、家の手伝いかなぁ。もうすぐ、本格的に忙しくなるし」
「ふ~ん、そうですか」
「……北見くんはいいよね。どうせ、予定いっぱいなんでしょ?」
部室に来る前、きみのクラスの前を通りかかったら、教室で女子から声かけられてたし。
何かすごく嬉しそうだったし。
カッコいいし。
あ、何か言っててむかついてきたよ。
「よいしょっ、と」
もう十分温まったのか、きみはストーブから離れ、近くにあった机に座る。そしてにこにことした笑顔を向けながらわたしを見た。
「? なにかな?」
「最近、先輩がタロット占いにハマりだしたって、とある人から聞いたんですけど」
「誰から?」
「千歳さんから」
「それわたしだよね!? 二年で千歳ってわたししかいないし!?」
「お前だったのか!? 暇を持て余した、神々の――」
「遊びっ! って、やらないよ!? あとなんかやたら振りが雑だよっ!?」
「やっぱり、そこはもっとこう、『あそぉびぃ!!』的なイントネーションを強調して……」
「まさかの駄目出しっ!? ……はいはい、占って欲しいんだよね?」
「さっすが先輩ィ、話がわかるゥ!!」
「そのノリは、だいぶ暑苦しいかな」
きみがいそいそと机をもう一つ運んで対面に並べ、高級車のドアマンのような仕草のまま笑顔で椅子を引く。
「あ、ありがとう…」
こういうところが、嫌いで好き。
「それで、何を占いたいのかな? タロットって、最初に何を占うか決めないといけないから」
対面に座ったきみが笑顔のまま人差し指を立てて言った。
「じゃ僕のことを」
「ざっくりしてるね。もう少し、絞ってもらってもいいかな?」
「じゃ僕のことと愛犬のシバイヌのことを」
「むしろ広がった!? あと犬の名前っ!?」
「じゃ僕のことと僕が生まれるのと入れ替わりで死んでいった愛犬シバのことを」
「それ愛犬じゃないよね!? ただの他人…いや他犬だよね!? あとなんか地味に重いよっ!?」
「? バイはトイプードルだったそうですけど?」
「嫌な略し方っ!? いや体重の話じゃなくてね!? ……はぁ、わかったよ。北見くん自身のことでいいんだよね?」
「さっすが先輩ィ、話がわかるゥ!!」
「だからそのノリは誰なんだろう…?」
「あやっぱ恋愛のことで」
「急に一気に絞り込んだねっ!?」
いや、まあ、占うんならそれだろうなあとは思ってたけど。
勉強とか占ってみても面白くないしね。
でも、きみの恋愛かぁ。
「……」
ポケットからタロットカードを取り出して手で札を切っていく。
きみは興味深げな眼でじっと手元を見ていた。
「先輩」
「? なにかな?」
「カード、少なくありません?」
「うっ……!」
ちょっと痛いところをつかれた。
「だ、大丈夫だよ! 確かに、タロットカードは、大アルカナ(22枚)と小アルカナ(56枚)の二種類があって、占う時にどっちも使ったりするけど、大アルカナだけでも占いは問題なく出来るから!!」
「単に、78枚も意味覚えるのが面倒だったとか――」
「はい、正解です……」
「ゲロっちゃうの早いですね!? ああ、あと、先輩」
「な、なに…?」
「指、綺麗ですね」
「!? わっ、わっ!?」
あぶないあぶない。
あやうく、カード落としそうになったよ。
っていうか、今のは不意打ちすぎ。
……。
あー。
あー!!
山札を切り終わり、上から三枚を机の上に左から順に一枚ずつ置く。
「あれ、もっと何枚も置かないんですか? そういう占い方、前どこかで見た気がしたんですけど」
「あれは、そのぉ…、ややこしぃ、のでぇ」
「手抜きですか?」
「手抜きじゃないよ!? ちゃんとこういう占い方もあるからね!」
「先輩、もう一回『手抜きじゃない』って言ってもらってもいいですか?」
「え? 手抜きじゃない、けど……」
「『手抜き』のとこ、強調してもう一回お願いします」
「て、手抜き? ……あっ!? えっちっ!!」
「罵倒ありがとうございます」
「むぅ~っ!! はいっ、この三枚が、左から、北見くんの過去・現在・未来を表していますっ! それで、捲られたカードの絵柄で、北見くんのことを占いますっ!」
「はい」
「それじゃ、捲るからね」
「はい、お願いします」
一枚ずつ、三枚、カードを捲る。
「ん。出たのは、過去が女教皇、現在が女帝、未来が魔術師のカードだね」
「なるほど。これだと、意味はどういうことになるんですかね?」
「う~ん……そう、だね。わかりやすくまとめちゃうと、前はあんまり恋愛とかには興味がなかったけど、今はすごく好きな人がいて、積極的にアプローチすれば大丈夫って感じかな」
うぅ。
何か言ってて悲しくなってきたよ。
なんで好きな人の恋愛なんて占ってるんだろう。
ていうかこれ、自分で占ってなんだけど、嫌な結果だなあ。
好きな人いるってことだよね。
それでうまくいくってことだよね。
うん。
はずれろ。
わたしの占い、はずれろぉ~!!
「……ふむふむ、そうですか。なるほど……」
きみは何か考えた表情をしてから、軽く微笑んだ。
「千歳さん」
「? なにかな?」
「タロットカード、ちょっと借りてもいいですか?」
「え? うん、いいけど」
「では、お借りしますね」
言われるまま、手に持ったタロットカードをきみに渡す。
きみは机の上に残ったカードを手に取り、残りのカードと混ぜて、鮮やかに切り始める。
「僕も、占ってみようかと思いまして」
切りながら、苦笑したように笑うきみ。
「そうなんだ。何を占うのかな?」
「う~ん、そうですね。何ってことじゃ、ないんですけど。まあ、似たようなものを」
「?」
何だろう?
っていうか、きみって、タロット占い、出来たっけ?
「……よし。はい、出来ました」
そう言うと、きみはわたしの前に切られた山札をトンと置いた。
「?」
「山札から、一枚ずつ引いてみて下さい」
「? うん……」
一枚捲って占う占い方かな?
おそるおそる山札から一枚捲って見てみる。
「えっ!?」
捲ったカード。
あるはずの絵柄が、そこには無くて。
白地に印刷されたようなフォントで――
『クリスマス、僕とどこかに行きませんか?』
とだけ、書いてあった。
「あのっ、これっ!?」
聞くわたしに、きみは、神妙な笑顔で指で山札をちょいちょいと指した。
もう一枚カードを捲ると。
『この下にYes or Noのカードがあるので、引いたそれを僕に見せて下さい』
「無駄に凝ってて回りくどいっ!?」
わたしの反応にきみがいたづらっぽそうに笑う。
でも、これって……。
そういうこと、なのかな?
いや、でも、きみ、モテるしなぁ。
イブが本番で、クリスマスの方はどうでもいいバーター的な扱いだったり。
いやでもさっきの占いからのこのタイミングってやっぱり。
……。
わ か ら な い!!
……。
……それにつけてもやっぱり回りくどくないかな。
この回りくどさがホントどっちかわかんなくなるよ。
いやもうその気にさせて肩透かしされるのは嫌だからとりあえず今はこの回りくどさの乗ってみよう、うん、そうしてみよう。
もう一枚カードを捲って見る。
『Yes』
うん、Yesだね。
もう一枚。
『Oui』
「? お、おぅい?」
また君がちょいちょいと山札を指さす。
『フランス語でYesの意味です』
「用意周到だねっ!? あとNoどこ行ったのかな!?」
また同じようなきみのジェスチャーに、わたしはカードを引く。
『ライブラリの一番下にあります』
「ライブラリって何!? タロットの山札の読み方はデッキだからね!?」
「あ、先輩の驚き対策にメインから22枚抜いてサイドから22枚入れてます」
「メインとかサイドって何!? ていうか22枚って全部入れ替えてるよねっ!? 後でちゃんと返してね!? あとこの問答は次のカードには入ってなかったんだね!?」
「もう一枚引いてみてください」
「あっ、はい」
勧められるがまま、もう一枚引いてみる。
『明日の金曜洋画劇場、入れ替わりがテーマの恋愛映画でしたよね? 先輩は観ますか?』
「は? 北見くん、なに言ってるの?」
「えっ?」
「アレ、恋愛映画じゃないから。ただのエンタメ映画だから」
「あ、あの…千歳、さん?」
「あのさ、ただ入れ替わってゴタゴタしてる間にお互い恋心が芽生えるとか無理すぎ安易すぎだから。いやね、作中では、他の女の子に嫉妬したからトゥンクしてあっヤバこれ恋かもみたいな描写はあるよ? でもさ、それってやべぇ他の女に男寝取られちゃうあの女にやるくらいなら私がみたいな消去法だよね? スーパーでお勤め品の最後の一つを二人で争ってゲットしましたァーッ、オレSUGEEEEEEEE!!みたいなことだよね。それってさ、比較対象ありきなわけでしょ? え、じゃあなに、単品じゃコイツねえわーwww 付き合い始めたら、もうとっくに賞味期限切れに決まってんだろwwwみたいな考え方だよね。そんなことでこの先お互いやっていけると思う?」
「なんかごめんなさいィーッ!?」
「……はっ!? 北見くん、今、わたしは何をしてたのかな?」
「……ご記憶、無いのですか?」
「は、はい…」
「な、なら良かったです。何の問題も無いので、次のカードをどうぞ」
「あ、うん」
『来週の、くちをみがけば、観ますか?』
「観るよ観るけどさアレ恋愛ではないよね。中二病に罹患してない中学生が射精片手に考えましたみたいなシナリオだよね。現実あんなに甘くないから。あんな甘い現実あったらそりゃあ恋しちゃうよね。いや、子供は良いよ、恋愛スゲーッってオナニーしてればいいんだから。でもね、現実見た人からしたらあんなのお父さんが買ってきた三本千円で売ってるえっちな媒体と変わらないポルノだからね? あ、でもわたしは観るよ」
「でも観るんだーッ!?」
「……はっ!? え、ええと、わたしは…?」
「どうか次のカードをお捲り下さい!」
「あっはい」
『はい』
日本語でYes。
うん、知ってた。
むしろフランス語の前に来て欲しかったよ。
でも、やっぱりNOは出ないんだね……。
もう一枚捲ってみる。
『いいえ』
「あっ…!」
きみを見た。
眼が合って、ちょっとだけ、反らされて。
その反応に、なら少しだけ、期待してもいいのかななんて。
「えーと、じゃあ、そろそろ、返事、もらってもいいですか?」
だから。
わたしは。
「Y、Yes、です……」
見せたカードで口を隠しながら小さな声で呟いた。
【登場人物】
千歳冬華:中学二年生。占い研究部部長。占いが好き
北見凛:中学二年生。占い研究部部員。マジックが得意