バスに揺られて
いつの間にか寝てしまっていたようだ。頭がぼーっとする。
頭の中がもやがかかっている感じがして、どうにもこの感覚は慣れない。ただでさえ、そんなに性能がいいわけではないのに、いつも以上に頭が働いてくれない。ひとまず、ここはどこだろうか?
「んー。」
俺はひとまず背筋を伸ばす。すると、思い出してきた。そうだ俺はバスに乗って帰宅している途中だった。いつもより部活が長引いて帰りが遅くなっていたんだった。そして、どうやら、部活の疲れから寝てしまっていたらしい。それにしても、バスの中で寝るなんて経験は初めてだ。中学のころからずっとバスを使っているし、今は高2だから、五年か四年はバス通学だ。どれだけ疲れていても、バスの中で寝たことはないし珍しい経験だ。いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。そして、バスに乗った時には五人程いた客もいつの間にかいなくなったいた。そして、どうやら俺は降りるバス停で降りれなかったようだ。つまるところ、俺は寝過ごしてしまったようだ。
自分が降りるところまではまあ都会とはけっして言えないがまあまあ人がいるところで街灯の灯りで少しは明るいはずだ。それなのに外が真っ暗なのはおかしい。そして、このバスの終点は結構な田舎と聞くし、明かりもなさそうだ。そう考えると、やはり俺は乗り過ごしてしまったのだろう。ひとまず、バスの運転手に今どこなのか。そして、寝過ごした胸を伝えよう。
俺は立ち上がる。後ろの席だったので、少し歩くが、ちょうど、俺が席を立とうかという時にバスはとまってくれたのでちょうどよかった。誰かが俺のためにはかったかのようなタイミングだ。
「あの、すみません。」
「どうしましたかお客さん?」
「いえ、バスの中で寝過ごしてしまって・・・。今ここがどこなのか知りたいのですが。」
バスの運転手はどこか不気味な存在に思えた。なんというか苦手な雰囲気を醸し出している。老人なわけだが、嫌な歳のとりかたをしていた。俺の質問を聞くと少し笑っていた。苦手な笑みだ。そして、少し間をあけて
「寝過ごされたのですが・・・。いえ、でもお客さんは寝過ごしたわけではないと思いますよ。」
よく、わからないことを言う。辺りは真っ暗だ。どう考えても知らない場所だというのに。
「じゃあ、俺が降りるバス停にはまだついてないんですね?]
「ええ、ついていませんよ。」
にたりと笑う。粘ついた笑顔だ。
「そうですか。どうも。」
「でも、あなたは終点までお連れしますよ。」
「?どういうことですか?」
「そう、頼まれましてね。」
「誰にですか?」
「あなたの知っている人ですよ。今はすみませんがそれしか言えませんよ。」
「はあ。」
どうも様子がおかしい。終点まで降りるなとはどういうことだろうか?
「ところで今はどのあたりですか?」
「・・・・・・・。」
聞こえているのかいないのか。運転手の老人は反応しない。耳が遠いのだろうか?なんとなく二度聞くのも嫌だったので俺はスマホで現在の位置を調べることにした。
「あっ・・・・。電源切れてるし・・・。何でこんなことに・・・。充電けっこうあったはずなのに。」
そんな時にふと後ろに気配をかんじる。振り返ってみるといつの間にか女の子が座っていた。バス停に泊まったわけでもないし、これはどういいうことだろうか?見逃してしまっていたのだろうか?真ん中の席の方で女の子は座っていた。黒髪で美人だ。そしてどこぞのかは知らない制服を着ている。俺と同じ高校生のようだ。
「あの、すみません。ここがどこかわかりますかね?」
「・・・・・・。」
女の子は無口でこっちをじっと見ている。視線が突き刺さるように痛い。それと整った顔でじっと見られると少し怖い。
「あの・・・・。えっと。」
「そう、ここがわからないのね。」
「そうだけど。」
「そう・・・・・。」
なぜだかはわからないが態度がひどい。俺がナンパか何かをしているのかと思ったのだろうか?いや、そんなことはないだろう。ここがどこがくらい教えてくれたっていいものなのに。
「ちなみにね。私もここがどこかわからない。」
「そうですか。ありがとう。」
俺はもとにいた席に戻る。まあ、いい。終点まで行くのもめんどくさいし、次のバス停で降りることにしよう。逆方向のバスで帰ればいいだけの事だ。
あれからどれくらいの時間が経ったろうか?かなりの時間が経過したようにかんじる。
しかし、次のバス停に着く気配はない。
「どうなってんだこれ・・・・。」
スマホをいつも時計代わりに使用していたので、時間もわからないしイライラだけが募っていく。そしてこんなことを思っていたら真ん中の方の席に座っていた女の子が立ち上がる。両替でもしに立ち上がったのかと思ったら、なぜか後ろの方に向かってくる。後ろの席には俺しかいないはずなのだが。
「ねえ君は自分が誰だかわかってる?」
変なことを質問してくる。変わった子だ。
「誰って俺は・・・・・・。ってあれ?」
思い出せない。自分の名前を言おうと思ったのに、言えない。わからない。これはどういうことだ。まだ、眠気がとれていないのか?
「そう、わからないのね。あなたは捨てられたそれだけのことなのだけどね。」
「それってどういう・・・?」
「そのまんまの意味よ。」
「はあ。」
「ところで私あなたのこと気に入ったわ。」
「へ?」
少しだけ胸が高鳴る。
「ああでも勘違いしないで、別に異性として見てるとかそういう話ではないから。そんな色気のある話ではないから雰囲気が気に入っただけ。」
胸が高鳴ったじゃないか、ふざけるな。そんなことよりもだ。俺は記憶喪失のようだし、捨てられたとはどういうことだろうか?普通なら冷静にいられないだろうこの状況で俺は妙に冷静で捨てられたという言葉に納得している。なんなんだろうこれは・・・・。俺は彼女に捨てられたの意味が知りたくて聞いてみることにした。そして、口を開きかけた時に彼女に先に質問されてしまった。
「あなた心機一転っていう言葉知ってる?」
「まあ。言葉で説明するのは俺には難しいけど、なんとなくはわかるよ。」
「そう。じゃあ、あなたって魂の存在っていうの信じてる?」
「・・・・・・。わからない。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。俺には判断できない。でもあった方が嬉しいかな。」
「なんで?」
「だって今の自分がなくなっちゃうじゃん。それは嫌かなあって思うから。」
「そう。君のこと気に入ったわ。終点まで相手するわ。」
「さいですか。お好きにどうぞ。」
「私はね。このバスが好き。たいていの人は嫌いなのだけど。」
「なんで?」
「いろんな人に会えるから。」
「たいていの人が嫌いっていうのは?」
「ここが魂の捨て場所だからよ。」
「・・・・・。」
「そう、ここに来る人はなんとなく理解をする。ここは魂の捨て場所行き。いらなくなった魂の行きつく先。人々の半身だったもの。」
「・・・・。」
そう、なぜかはわからないがこの女の子の言うことは本当だ。俺はなぜか理解していた。
「心機一転ってさっき言ったわよね。」
「ああ、わかるよ。君が何を言いたいのか。」
「でも言わせて。人は人が入れ替わったようになることがある。いい人になったり悪い人になったりといろいろだけどね。少しの決意、想い、考え方これだけで人は変わってしまうし、その力が人にはある。人が入れ替わる時に魂が入れ替わるときがある。私はこれを心機一転って言ってる。意味は全然違うけどね。」
「・・・・・。」
理解していることだったけど俺は聞く。黙って聞く。
「では、いらなくなった魂はどこに行くのか?もう聞かなくてもわかる?だってあなたはいらなくなった魂なんだから。」
「・・・・・・。」
「私はね。いろんな魂を見てきた。捨てられたって気が付いたら、私に暴行をしようとした魂。泣くもの。発狂するもの。」
彼女はふと笑う。
「でもね。みんな共通して言えるのはみんな名前を憶えていないの。どうしてなのかしらね。些細な記憶だとか癖とか人を構成する要素はあるのに名前だけは覚えていないの。それだけ名前が人にとって重要なのかもしれない。」
そうか。僕も名前が思い出せないのは、そういうことか。
「でもね。名前がないって悲しいことだと思うの。だから私は魂にもと人の半身だったものに名前をあげるの。少しだけしゃべってね。そこから名前を決めるの。このバスが終点につくまでにね。」
「このバスが終点につくのはあとどれくらい?」
「わからない。まちまち。もうすぐにつくのかもしれないし。一日かかるかもしれないしわからない。でも、最後には終点に着く。それが決まりだから。物理の法則とかそれと一緒、私たちには捻じ曲げることのできないルール。」
「・・・・・・。」
「もう、さっきから無口。私が聞きたいのは君のことだというのに。でも、しょうがないか。説明するのは私であって君ではないものね。何か質問とかある?」
「終点ってどこに行くのかな?」
「それは私にはわからない。でもね。終点には必ず行き着く。川の水が結局は海に行きつくのと一緒ね。どこなのかな?私にはわからない。」
「もう一つ質問。」
「なに?」
「君は誰なの?自分が誰だか理解してるの?」
「その答えはイエスね。」
「私は私が誰であるのか理解してる。名前知りたい?」
「知りたい。」
「おおのき さやか。それが私の名前。私がここに来れるのはよくわからない。才能というか・・・・。何なのかしらね。普段の私はちゃんと学校に行っているし、普通の学生よ。君と同じでね。でも、このバスに私は乗り込むことができる。寝ている時だけだけどね。今の私は自室で寝てるはずよ。起きたら全部忘れるけどね。でも、この世界に戻った時に私はここで起きたことを思い出すことができる。」
「そうなんだ。これで説明は終わりかな?私が語れることはこれだけ。」
「ねえ、語ってよ君のこと。」
「・・・・・。俺は・・・・。」
どれくらい俺は語っていたのだろうか?いろんなことをしゃべった幼稚園の頃に感じた疑問。初恋。部活で負けて悔しかったこと。うれしかったこと。親の離婚。再婚。妹の話。どれも世界にあふれていることでしかない平凡な話。彼女はそれでも退屈したそぶりも見せず、時に笑い。泣いて。俺の話を聞いてくれた。こんなに自分のことをしゃべったのは初めてのことなのかもしれない。
「これで俺が語れることはすべてだと思う。」
「そっか。君もいろんなことを経験してここまできたんだね。やっぱり、ここは面白い。なんで君みたいな魂が捨てられるのか私にはわかんないや。」
「そろそろ終点ですよお客さん。」
バスの運転手がこのバスでの楽しかったことももう終わりであると告げる。物事には終わりがあるものだけど、少し寂しい。
「もうお別れだね。」
「俺の名前決まった?」
「ちょっと待って。」
ここでバスの動きが止まる。
「つきましたよ。」
運転手がそう告げる。
「もう、降りなくちゃ。」
何か得体の知れない力で俺は降りようとしてしまう。まだ、俺は自分の名前を知らない。教えてほしい。彼女の口から。
「君の名はね。・・・・・・・だよ。」
「そうか。俺の名前は。」
心の中で彼女の言った名前を反芻する。
「ありがとね。おおのきさん。」
俺はお礼を行ってバスを降りた。少し怖かった気持ちは消えていた。おおのきさんのおかげなのかはわからない。俺は少し満足していた。
私は何人の人の話を聞いてきたのだろうか?全部の人の話を私は覚えている。捨てられた魂のお話を。私は夢の世界だけでしか思い出せないこのバスの出来事を。自分がなんでここに来れるのかは知らない。でも、私は人々の半身だった者たちを愛してやまないのだ。