月給はいくら?
見るからにチンピラな二人がジロジロと通行人を見ている。
「おい! 安、起きろ。」
「起きてますって。」
「嘘つけ! 絶対に寝てたよ。」
「目をつぶってただけでさぁ。」
「わかったよ・・・。っていうかそこを行く、二人連れを見ろって! しかしあれは二人・・・なのか?」
「二人連れっていうか、シャバ男と刀の固まりが歩いてますね、兄貴。」
「安、お前にもそう見えるか? 刀が自力歩行を始めるなんて、俺は自分の眼がどうかしちまったのかと。もしくは妖怪?」
「・・・あの刀の固まり、小さい女の子じゃないですか?」
「小さい女の子? 小さい女の子が両肩に刀をいっぱい入った袋を担いで、さらに全身にくまなく刀を巻きつけてるわけか。外側からはハリネズミにしか見えないがな。」
「よーく見るとあの子、かなり可愛い顔をしてますね。マニアに人気が出そう。」
「顔、見えないだろ・・・。」
「心の眼で見ました。」
「何だよ、それ! じゃあ、いつもの手で行くか?」
「おうおう、兄さん、随分といい身分じゃねーかよ。」
「兄貴、いつもながら見事な絡み方です! こんなにチンピラ感を出せる人間はそうそういませんよ!」
「うるせーよ。ほめてんのか、馬鹿にしてんのか、どっちだよ。」
「へぇ。両方でして。」
「やっぱり馬鹿にしてたのかよ。 っておい! 待てよ。」
歩く速度を変えない二人連れに話しかける兄貴。
「・・・私に話しかけてたんですか?」
男がにこやかな笑みと共に返事を返す。
「お前ら以外、俺らの周りに他に他人はいないだろうが!」
「いやいや。最近あったかくなってきましたし、大きめの独り言かと。」
「そう思わせてしまったのはすまん。じゃあもう一回、最初からな。 おうおう、兄さん、随分といい身分じゃねーかよ。」
「はい。生まれも育ちもいいもので・・・。ではこれにて失礼致します。」
「って待てよ。話は始まってもいないじゃねーかよ。」
「私の中では、あなたという存在はもう終わっていますので。というか滅んでいます。」
「さらっと寂しいことを言わないでくれよ。こっちは、まだまだ人生をエンジョイする予定なんだから。」
「それで、私達に何の用なのですか?」
「それ、どういうつもりなんだい?」
兄貴分は刀の固まりを指差す。
「捨松のことですか? 彼女は私の使用人。」
「使用人って言ったって、こんな小さな女の子じゃないかよ。大体、この娘は、何でこんなに刀を持ってるんだ?」
「コレクションですよ、私の。」
「手は2本しかないのに、こんなに持っててどうするんだよ。」
「たまに鞘から出して刀身を眺めたりね。第一、コレクションは常に手元において楽しみたいじゃないですか? ねぇ?」
「お前、・・・実際は、手に何も持ってないじゃん。」
「・・・なかなかうまい切り返しをしますね。感心しました。捨松、お財布を出して。」
「お前、刀だけでなく、財布すらこの子に持たせてんのか?」
「ええ。使用人、というかメイドですから。」
「メイド服、着てなくない?」
「ええ。着てなくなくないですよ。」
「それってどっちなんだよ? ていうか、刀が邪魔で服装が見えないんだよ!」
「まあ、そういう役割の使用人なので。」
「だから使用人にも基本的人権とかあるだろ!」
「難しい言葉を知ってるじゃないですか。ますます気に入った。捨松、財布はまだかい?」
「だからちょっと待て! お前には普通の優しさとかないのか?」
「ありますよ、それは人並み以上に。」
「じゃあ何で、その女の子は大量の刀、それもお前の趣味のコレクションを運んでんだよ!」
「それが彼女の仕事だからです。」
「仕事って・・・。」
「彼女に支払っているお給料の額を教えましょうか? 結構、すごいですよ。」
「もういい・・・。お前の言い分はわかった。今度はお嬢ちゃん自身に聞くからな。」
「どうぞどうぞ。」
「お嬢ちゃん、君は今の自分の状況に納得できているのか?」
「納得も何も、これが私の仕事ですから。」
「おい、安、聞いたか?」
「へぇ。泣きそうです。やっぱりお嬢ちゃん、寝たきりのお母さんとかいるの?」
「お母さん・・・ですか?」
「そのリアクションはいないな・・・。天涯孤独ってことか・・・。俺らと一緒だな、安。」
「兄貴はお母さんがまだ生きてるんじゃ? 昨日も家に侵入した野良猫を、ほうきでひっぱたいてましたよ。」
「まあ、話の流れ的にな。そこはそっとしとけって。」
「でもお嬢ちゃん、重くないかい? その荷物って全部でどのくらいの重さなの?」
「まあコレクション全部で、ざっと1tですね。」
主人が笑顔で答える。
「お前が答えんな! この人間の屑が! 1tってお前分かってんのか?」
「1,000㎏でしょ?」
「そういうことじゃないんだよ、お前は1tもの刀を持ち歩けるのか?」
「まさか・・・、歩けませんよ。だからわざわざ人を雇ってるのに。」
「開き直るな! 雇えば、何の問題もないとか思ってんだろ!」
「正式にそういう内容で、契約してますからね。」
「はぁ? 契約だと?」
「はい。3時間労働で契約して6時間働かせたらそれは契約違反ですが、私は捨松とは一日中、荷物を運ばせるという契約を結んでます。」
「もういい。俺は決めた。今日、お前をここで殺して、お嬢ちゃんを奴隷の立場から解放する!」
「兄貴! 絶対にやり方を間違えてますよ。しかも奴隷って。」
「止めるな、安。男には絶対に逃げられない戦いってのがある。今がそれだ!」
「逃げられないも何も、因縁をつけてるのは兄貴のほうからだけな気が・・・。」
「何か言ったか? これはいわば大魔王から民衆を救う勇者の戦いだ。」
「兄貴、最初はあの女の子をさらって、売り飛ばす気マンマンだったじゃないですか! いつのまにそんな正義漢に。」
ドスを抜く兄貴分。
「おっ、ドスを抜きましたね。よしよし正当防衛成立ということで・・・。捨松! あれを出してくれよ。」
「委細承知です。」
「あれで分かるんですね・・・。まるで夫婦みたいじゃないですか、兄貴。」
捨松が背中に背負っていたバッグから一本の刀を取り出して男に渡す。
「早くも使う機会が来たか。」
それはどす黒い刀身を持つ刀だった。
「お、おい、何だよその禍々しい色をした刀は?」
「これですか? 昔、巨大な鬼をぶった切ったと言われる妖刀です。その時の鬼の血で刀身が真っ黒になったらしいですが。」
「そんなもんを持ってたら呪われるんじゃないか? 鬼の霊に。」
「鬼の霊って妖怪がダブルになってますね・・・。大丈夫。もしそんなのが出てきたとしても、こちらには妖怪退治専用の刀もありますから。」
「どういう専用武器?」
「この妖刀もついさっき買ったばっかりなんですが、早速、試し切りができるなんて今日はついてますね。」
「いくらだったんだ? その妖刀は?」
「安くはないですよ。あなたの持っているドス程度なら、少なくとも300本は買えますかね。」
「おう、一個だけ教えておいてやる。喧嘩ってのはな、刀の長さやら値段で喧嘩の強さは決まらね、」
兄貴分の首が、宙にすっ飛んでいる。
「持った感じのバランスもいいし、なかなか切れ味自体もいいじゃないか。・・・捨松、見てみろ。刀身が血を吸ってるぞ。」
「本当に妖刀・・・。」
「でも残念だな。刀を振るうのもいいが、使用後の刀の手入れをするのがまた楽しいのに。この刀はそれができない。」
「どうしますか? 今からでも返品を?」
「いや。まあいい。たくさんの敵に囲まれたら使うとしよう。ところで君、兄貴分の死体を置いて、そっと逃げようとしちゃだめだよ。」
腰が抜けているのか、這って逃げようとする安
「すみません。すぐに片付けますんで。」
「そうだね。ではその契約で君を雇おう。」
「・・・あなた、契約さえすれば、何でも許されると思ってません?」