天使
残酷な表現ありです。
逃げ惑う人たち。
あちらこちらから上がる火の手になすすべなく泣く者。
怪 我を診てもらうために医者を必死に呼ぶ者もいた。
それらの人たちを横目にカティーナは走った。
腰から下げた愛剣を一瞥し、騒ぎの中心地に向かう。
後ろから必死に追いかけてくるシアの様子にまで気を止めている余裕は今はなかった。
ほんの少し前までいつものように笑って小突きあっていたというのに。
シアを見つけて一月経ち、そろそろシアの今後をどうしようかと話していた。
ある程度生きていく分には知識は問題ない。
あっという間に字も読めるようになったし、(10日で初心者向けとは言え教科書も読めた)お金のやり取りももう十分そうだった。
何より母が言っていた通り、シアは魔法の才能があったらしく順調に色々な魔法を使ってみせた。
カティーナからしたら面白くなかったが。
驚くべきことにシアには得意属性がないのか七属性をすべて同じように使った。
彼女はそれが当然のことだと思い込んでいるがそれは間違いである。
魔法にたけた人間であっても七つすべてこなすのは至難の業である。
火、水、風、土、雷、光、闇の七属は時に複雑な組み合わせをして特殊な魔法になることもある。
組み合わせるからこと威力を生む魔法を単体でどれも同じように威力を生むのは得意属性のみに限られる。
しかし、シアは得意属性を持たぬかのように単体で使ってみせるのだった。
急に大きな音が外から聞こえた。
何か壊れるような、倒れるような音に訳が分からず二人で顔を見合わせる。
少しして、店の方から大きな声が聞こえた。
「あんたの娘さんはいるか!?」
切羽詰った声に顔を出すとその男は傷だらけで「助けてくれ!」と懇願した。
「化物が出たんだ。野獣とかそんなレベルじゃねえ!!あんた一人でも厳しいかもしれんが、時間稼ぎでいいんだ。助けてくれ。」
男の様子にただ事ではないと部屋に急いで戻り剣を掴むと外に出た。
そして、聞こえてくる爆音。
店がある反対側、町の西側からだった。
走っていくうちに見るも無残な光景が増えていく。
手を貸しそうになるも、元凶をなんとかすることが先だとカティーナは足を止めなかった。
広がる光景はまるで地獄絵図のように沢山の血だまりが出来ていた。
着いた先には先に戦っていたのであろう若い男衆の姿があった。
しかし立っているのは僅かで残りは倒れ、離れたところからでももう手遅れなのがわかるほど損傷した遺体すら転がっていた。
戦ってる奥に目を向けるとそれは明らかに野獣とは違う異形の存在だった。
(何あれ?はね?人間…じゃない?)
カティーナも初めて見るそれは背中に大きな翼を生やしていた。
人間にはありえないほど真っ白の肌をした少女のようなものは申し訳程度に布をまとっているが布はボロボロで左胸部は大きく露出している。
顔は人間とおんなじような作りはなずなのに目がすべて黒い糸で荒く縫われているようで痛々しかった。
(これだけでこの惨状?)
白い異形と戦うっていた男の呻いた声が聞こえる。
背中から白い腕が生えていた。
貫通したそれを引き抜くと男はその場に崩れ落ちる。
白い異形はとどめを刺すかのように白い光を顔の前に集めている。
(あれはやばい!上位魔法だ!)
走りながら剣を引き抜き左の翼を切りつける。
翼は半分ほどでうまい感じに折れた。
がくんと体のバランスを崩した白い異形はぐるりとこちらを向いた。
目が見えないはずなのにしっかりとカティーナの存在を認識している様子だ。
(あれ?)
近づいて気が付いたがそれは右足が太腿のあたりから無くなっていた。
出血はなく、まるで陶器が割れたような断面だった。
ほかにも体の至るところに罅が走っているのが見える。
(ギリギリ…倒せるかも?)
羽が片方折れたことで既に体をうまく支えられないそれは引きずるように動きながら腕を振り、カティーナを殺しにかかる。
剣の刃で受け止めると右腕は縦に裂ける。
剣を捻り振ると裂けた腕の親指がついてたほうが取れた。
それでもそれはなんでもないことのように攻撃を仕掛け、それを防ぎながら隙を見て反撃を加えた。
(痛みを感じていない…知能がないの?)
目の前の異形がなんなのか考えると光が顔の前に集まった。
先程男にとどめを刺そうとした時より早く打ち出されたそれをスレスレでなんとか避ける。
肩が僅かに掠り鋭い痛みが走る。
(やばい)
光線が飛んでいった方向を見るとシアが誰かの前に立ち何かの魔法を使っていた。
おそらく、光線を何かの魔法で相殺したのだろう。
魔法を覚えたての芸当とは思えなかった。
異形に向き直り、露出した左胸の大きな罅に剣を差込みひねり切るように地面に押し倒す。
起き上がろうとするそれの胸を潰すように容赦なく踏みつけ、白い首めがけて剣を振り下ろした。
一度では簡単に切れないと思ったそれは大きく割れ、頭部を支えきれなくなった残った一部は崩れるように落ちた。
流石に頭が取れたら動かないだろうとゆっくり足を下ろすと白いそれは少しずつ崩れ、白い砂の山になった。
「た、倒したのか?」
離れたところで様子を見ていた男が言った。
別の男に体を支えられ、腕からは血が流れ出ていた。
あたりにいる人はほとんど体のどこかにある程度怪我をしているようだ。
「多分…もう動かないと思います。」
カティーナも緊張の糸が切れたのかその場に座り込んで大きく息を吸った。
ここまで危ないと思った戦いは初めてだ。
そして、あんな異形と戦ったのも初めてだった。
「カティ!大丈夫?怪我見せて!」
「大丈夫だよ。掠っただけ。シアも凄かったね。」
この町にはそこまで魔法に強い者はいない。
シアが相殺しなければ庇われた誰かは沢山の赤を散らしていたことだろう。
「おい、パン屋の嬢ちゃん。あの化物見たことあるかい?」
「いえ、初めて見ました。おそらく生き物ではないです。」
「……なんだって、この町を襲ったんだ…。」
呆然とカティーナに聞くわけでもなく呟いた。
あたりは半壊した建物ばかりで潰された人、戦って倒れたもの、戦いに巻き込まれたであろう人たちが倒れていた。
どれも、今まで普通に生活してた人たちである。
「あれって最初は足とかありました?」
「いや、男衆が戦ってた時からある程度傷だらけだったはずだ。空から降って来たんだ。」
(傷だらけの状態でこの惨状…。)
あそこまでボロボロじゃなければカティーナも危なかっただろう。
「空から…天からきた…天使。」
誰かが言った『天からの使い』は皮肉にも白い異形にぴったりな名前だった。
後日、白い異形は『天使』と呼ばれていた。
天使はカティーナの町だけでなくあらゆる街や村を襲っているということがしばらくしてから町のものに伝えられた。
その時すでにカティーナとシアは町をあとにしていた。