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喪失

 混み合いはじめる夕刻前にようやく母親が帰宅した。

 どこの何が美味しかったと楽しそうに感想を言うがカティーナはそれを流した。

 商品のパンを二つと作り置きしてあったスープを温めて器によそった。

 店番の合間にちらりと何度か覗いたが起きた様子はなかった。

 まだ起きてはいないだろうなと思うが、起きた時に何もないのも申し訳ない。

 見ていなくても置いておけば目が覚めた時に食べるだろう。


 部屋に入りすぐさま目があった。


「……」

「……おはよう?」


 タイミング良く起きていた。

 ぼやけた目はこちらを一応見ている。

 透き通った深い緑の瞳は宝石を思わせるほど綺麗だ。


 現状を分かっていないのかぼーっとしたまま何も言わない。


「……」

「えっと、大丈夫?町の外に倒れてたから一応私の家に運んだんだけど。」

「……」


 全く反応が返ってこない。

 ピクリとも動いてくればいのでまるで人形とお話しているようだ。


「お腹すいてないかと思って持ってきたんだけど。」

「……あ」

「どうかした?」


 ようやく反応した少女は小さくお腹をさすった。

 とたん小さく鳴る音がする。


「お腹、空いかなあ。」

「食べていいよ。おかわりあるから。」


 変わった子だ。

 交わした言葉はわずかだがカティーナの中で決定していた。


 静かにパンをちぎって食べてスープを飲んで。

 丁寧ていねいな動作は止まることなくゆっくりと食べ物を運んでいた。

 とってもお腹すいてたんだなとよくわかる。


 時間をかけて器の中身がなくなった。

「おかわりいる?」ときくと首は横に振られた。

 小食な方なのだろう。

 ご飯を食べてるうちに目も冴えてきたのかぽやっとしていた雰囲気は無くなっていた。


「ありがとうね。すごく美味しかった。」

「どういたしまして。そういえばあなたの名前なんていうの?」


 ぽかんとした顔をして、首をひねられた。

 唸るような声も聞こえた。


(なんでここで驚く?)


 ただ、名前を聞いただけである。


「ちょっと待って。えっと…あ……しぁ…?」

「えっと?足?随分変わった名前だね。」

「違うから。思い出せないだけだから、むしろ私誰?」

「私に聞かれても。それ私が先に聞いた質問だからね?」


 名前を思い出せない少女に知ってることはないかといろいろ聞いてみても帰ってくる返事は芳しくなかった。

 おそらく、記憶喪失きおくそうしつというものなのであろう。


「えっと、どうしたらいいかな?」


 こてんと首を傾けながら聞いてくる美少女。

 そんなことはこっちが聞きたいくらいだ。


 とりあえず、呼ぶ名前が無いと今後不便だ。

 なんでもいいから適当につけてしまおう。


「……シア、シアだ。名前ないと呼ぶのに不便だからとりあえず仮名ということであなたの名前はシアということにするから。」

「それ、足ひっくり返しただけじゃん。単純。」


 不満げに唇を尖らせる、仮名シア。


「じゃあ何かいいのある?」

「……パン?」


 考え込んでいた彼女の視線の先には先程空になった器がある。


「さっき食べたから出したのそれ?」

「じゃ、スープ」


 進歩が見られなかった。

 逆にそんな名前で呼ばれて恥ずかしくないのだろうか。


「いや、おんなじでしょ。もういいや。シアで決定。いいじゃんそれらしい名前になってるんだから。」

「わかりましたよー。そっちはなんていうの?」


 自分もまだ名乗っていいなかったとシアに聞かれていまさら思い出す。


「カティーナだよ。カティーナ=ジル=シィセンニュ。好きに呼んでいいから。」

「かっこいい。ずるい。」

「じゃあ、早く名前思い出してみるんだね。」


 勝ち誇った顔をするカティーナを見てシアは「意地悪いじわる」と呟く。





 母にシアの記憶がなかったことを告げると少しの間なら家に置いていいと言われた。

 代わりに店の手伝いをすることを条件に。


「何も知らない人間をそのまま追い出せないでしょ?いろいろ教えてあげなさいよ。」とのことだった。

 ちゃっかり全部カティーナに投げている。


 しょうがないので、簡単な常識、通貨の制度システムを教えてる。

 記憶がないのでわからないのは仕方がないが一からいろいろ教えるのは大変疲れる。


 シアは吸収が早いためすぐに飲み込んでくれるので助かる。

 試しにお小遣いを持たせて果物を買いに行かせたが店のおばさんと仲良く話ししておまけまで貰ってきた。

 随分社交的でもあるらしい。


 しかし、「通貨の人ってなんで描かれてるの?自己主張激しいの?」なんて飛んだ質問をかけてくる。

 ちなみに通貨にの人は歴史上に存在したこの国の皇帝だったり宰相さいしょうだったりする。

 聞く人によっては笑い事では済まないだろう。

 知らないからこそ出る質問はときにはカティーナも答えられないものなので二人して調べることもあった。


 そんな普通に10日も過ごす頃には「仲良いわね」と母親にお茶友達との話題のネタにされているようだった。

 カティーナからしたらやめてほしい限りである。


「せっかくだからシアちゃんに魔法のことも教えてあげたら?」

「めんどくさい」


 母の提案を一蹴いっしゅうする。


「だって、まだ教材持ってるでしょ?それ使ってあげたらいいじゃない。シアちゃん才能ありそうだからあなたが実践して見せなくてもいけるわよ。」


 厄介なことを言い出した母を目を細めて睨んだ。

 当然のように一緒にいるシアは魔法が何のことだかわからず聞いてくる。


 溜息を吐き、待ってるように伝えて部屋の奥にしまいこんだ教材を取りに行く。

 クローゼットの隅に押し込まれた木箱から何冊か本を取り出した。


 一年前に辞めた学院の教材の裏に小さくカティーナのフルネームが刻まれていた。


「はいこれ、これ読んで勝手にやって。」

「カティが教えてくれるんじゃないの?」

「いや、たまには自分で勉強することも大切だから。分かんなくなったら実践以外ならやってあげるから。」


 シアは渋々開いた教科書を真面目に読み始める。

 時々、「霊分子れいぶんし」「属性」などぼそぼそ言いながら指を添えて読んでいた。

 本当は実践はやらないのではない。


 カティーナには実践をして見せることができないのだ。


 どこにでも漂う不可視の『霊分子』という物体。

 生き物の体にも一定量含まれており、それを反応させることで魔法という現象を起こす。

 火を起こし、水を湧かせ、風を巻き起こす。


 この『霊分子』には、七つの属性があるため得意属性など分かれたりする。

 魔法について学院である程度知識を積み実践の授業が始まる頃、カティーナは一人だけ魔法を起こせなかった。


 カティーナの体内の霊分子の量は平均よりも飛び出し多かった。しかしカティーナはどんなに頑張っても魔法を使えなかった。


 そして、1年前、学院を辞めざるおえなかった。

後半に行くにつれて口調も態度も砕けていく二人

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