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6話

 ゆらゆらと、ここではないどこかで、しずかにただよっている


 ―――微かにノイズが走る。



 カラダはここにあるのに、ココロはどこかとおいところ


 ―――自分という魂はそのままに、他の全てが否定される。



 そこはまっくらなのに、まぶしいほどにまっしろなばしょ


 ―――手足が存在しないかのように体が動かせず、徐々に否定、分解されていく。



 おそらにうかんだかがみが、そこをうつす


 ―――まずは足の先から、ゆっくり、ゆっくりと否定、解体されていく。



 くらく、あかるいうみのそこ


 ―――そして分解された体は、多少の新素材を間に挟み、組み替えられる。



 つめたく、かなしい、だれもいないばしょ


 ―――今度は頭から順に、再構成されていく。



 だから、ここではないどこかにいきたくて


 ―――否定はされず、次に行われるのは肯定だ。



 うえに、うえに、うえをめざして


 ―――意識が、魂が、外に向かうのを感じる。



 いつか、そらのはてまでいけるようにと


 ―――まるで、ソラを飛ぶように外に向かって行く。





『――i――――k―――――a―s――――lv――――――』




 そして僕は生き返った。






「ん……」


 目を開けると酷く眩しかった。目線の先には真っ白な天井。

 未だ脳がはっきりと働いてくれず、うまく思考が定まらない。

 ここがどこで、僕は何をしていたのか、よく思い出せない。

 とにかく、ゆっくりと上体を起こす。


「ここは……」


 周りを見渡すと、白い壁に白い天井に白い床。

 そして自分が入っていた、白い棺桶もどき。


 そうか、ここは病院だ。


 僕は生まれつきであった体の不調を治すために、清調という治療を受けに来た。

 そしてそれから、


「あれ?」


 そこまで考えたところで思考が停止した。

 なんだか、体に酷く違和感がある。

 なにが、とはうまく説明できないけど、今までとは何かが決定的に違っているという感覚がある。

 その感覚は地震が来る前の予感か、もしくは桜火と涼風さんが暴れる直前ぐらい、かなり嫌な予感がした。地味に回避できないところがポイントだ。

 それがなんなのか、確かめようとしたとき――


「みーちゃん~」


 丁度僕の真正面、目の先にあった扉が開いた。

 入ってきたのは母さまだ。

 そういえば母さまって隣の部屋にいたんだよな、とあまり覚醒しきっていない脳が、妙に冷静に判断する。

 母さまはいつもの笑顔で、こちらに来ようとするが、


「みーちゃん、ちゃんとおわっ……た……」


 なぜか液体窒素で瞬間冷凍されたがごとくその場で凍りついた。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 微妙に長い沈黙。いや、長すぎね?


「母……さま?」


 呼びかけてみるも、一切反応なし。あ、息もしていない。

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。そうではなく。

 笑顔のまま凍結した母さまと見つめあうこと数十秒。


「い……」

「い?」 


 すう、と一度大きく息を吸って、


「いぃいいいいいいいいいいいいいいやぁあああああああああああ!」

「な……」

「かぁああああああああわぁあああああああああああいぃいいいいいいいいいいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 鼓膜が破れたと錯覚するぐらいの大音量の歓声とともに、世界新記録狙えるんじゃないだろうかと思えるほどのスピードで、母さまが僕に向かって突進してきた。


「え、ちょ、まっ……!」


 避ける、という思考が働く前に、母さまのハイスピードフライングボディタックルが僕の胸に直撃した。 

 めしゃりと交通事故的な音が部屋に反響する。


「ご……ふっ!?」

「いや~っ! いいっ! いいっ! すごくいいわ~!」


 思わず肺の呼気が全て漏れ、視界がブラックアウトしそうになった。意識が落ちなかったのは奇跡に等しいのではなかろうか。

 しかし母さまは、そんな僕はお構いなしに強く抱きついてくる。


「ちょ、ぐえ、く、苦しい……」


 いきなりタックル食らったあげく、そのまま体を締め付けられるとか何この状況!?

 やばいやばい、本気で死ぬから! ロープ、ロープ! 

 ああもう、いったいなんなんだ!?


「あらあら、本当にそうなっちゃった」


 と、未だ開きっぱなしだった扉から、のんびりとした動きで麻奈さんが入ってくる。


「あ、あの麻奈さん、いったいなにが、どうなって?」


 とりあえず母さまは相手にならないので、麻奈さんに状況を聞いてみる。

 すると麻奈さんは、意外というふうに目を丸くした。


「あら? まだ気がつかないの?」

「……なにがです?」


 ふふふー、と麻奈さんはそれ以上は答えず、意味深な笑みとともにのんびりしている。


 ……本当に解らないのか?


 少し頭を落ち着けるために、天井を見上げる。


 ……本当に解ってないのか?



「は……」


 いや、解っている。

 確かに、確信にまでは至っていない。

 だけど、十数年と付き合ってきた体だ。どこに違和感があるかなんて、もうとっくに分かっている。


 ――いやまあ、ぶっちゃけ信じたくないだけなんだけど。


 というか認めると、自分の中の何かが崩壊しそうでヤバイのですが。


「にゅふふ~。みーちゃん、ほんとかわいくなったね~」


 うれしそうに止めを刺してくる母さま。


「みい君――いえ、みいちゃん。ちゃんと現実は直視したほうが良いですよ?」

「………………………………………」


 今度は、僕が凍りつく番だった。

 ちなみにすっかり忘れていたが、今僕は何の服も着ていない。つまり、体を確認しようとすれば――微妙に母さまが邪魔だが――とても簡単なわけだ。

 いやもう嫌な予感とかそういうレベルはとっくに超えていて、もう手遅れなわけで。


「……………………………………………………………」


 ゆっくりと視線を落とす。

 僕の体を、脳が認識する。


「……………………………………………………………………………………」




「な、なにこれええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」


 夜の病院に、可憐な(・・・)悲鳴が響き渡った。









「ふんふふふ~ふふふ~ん♪」


 台所から母さまの、お世辞にもうまいとは言えない鼻歌が聞こえてくる。病院から帰ってきてから、というか病院からずっとこの調子だ。

 僕自身これだけテンションの高い母さまは見たことがなかったのだけど、麻奈さん曰く『君が生まれたときとか、道端で十円拾ったときもこんなテンションだったわねぇ』、とのこと。

 どんな基準だ。母さまらしいけど。


「……………………」


 しかし僕は全く持ってそれどころではなく、例えるならリストラされた挙句、浮気がばれて離婚になったサラリーマンのような心境だったりする。まあリストラも離婚も経験無いから正確には解らんが、とりあえずそんな気分。

 僕は、僕の体を観察。

 うん、すごく現実逃避したい。

 いやまこの場合逃げても何の解決策にもならいないというか、確実に悪化するだけだろーから、逃げるに逃げられないんだけどねー。


 目線の先には細い手足、雪のような白い肌、絹のような長い髪。

 こういうと自慢ができるようにも思えるが、実際は虚弱で肉がつかなかった手足に、運動ができず日に当たらなかった肌、髪のほうは母さま譲りである。あ、髪ぐらいは自慢できるな。する気はないけど。

 以前とは、髪が異様に伸びているということ以外はあまり変わりがない、様に見える。

 しかし、服の下は数日前と全く違うこととなっていて素で泣きそう。ちなみに今の僕の服装は大きめのシャツに、下はジャージと言う格好だ。


「はあ……」


 溜息とともに深くソファーに沈む。なんというか、精神的に疲れきっていた。


「なんでこうなったんだろ……」


 今となっては手遅れな疑問。

 母さまの下手な歌を聞きながら、病院であった出来事を思い返していた。



ようやく性 転 換!

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