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5話

 そんなこんなで、月が沈んでまた日が昇り。


 僕は母さまの友人がいるという目的の病院に来ていた。

 清調を行うための設備は国内でも限られた施設にしかなく、だから入院の荷物を持って遠方へ――と思ったが、実は家の近くの病院がまさにそれだったらしい。

 近くにあるのは便利でいいのだが……しかしなんというか毎回来るたびに思うけど、頭おかしいんじゃなかろうかこの病院。


 来て早々、いや、来る前から目に付くのが高さ三十階の白い建物三棟。それに加えて専用の研究施設や入院患者の付き添いの人のためのホテル、その入院患者用のレジャー施設などなど。

 総敷地面積が東京ドーム数個分という病院としてどこかを間違えた規模の施設。

 中には医者や看護師が住まうマンションもあるという、学園都市ならぬ病院都市。


 名前は『涼風総合病院』。


 どっかで見たような名前だけど気のせいだろう。うん気のせい。たぶん。

 とまあ、今用があるのは病院の一般病棟ではなく、研究施設がある方の病棟の中。機密保護のため核シェルター並の安全性もとい耐久性があるというが――もはや軍事施設だろ、これ。


 中は意外と普通だったのが驚きではあったが、そこからは検査、検査、検査の連続だった。医師の診察から始まり、尿検査や血液検査、脳波に心音、視覚聴覚などの五感、さらには見たことも聞いたこともないような妙な検査まで受けさせられた。

 中には魔術的な検査もあるらしく、見た目が紫色かつ泡立っているもの飲まされたときは本気で死を覚悟したのだが。

 ……意外と美味しかったのが謎。





「はい、これで検査終了よ。おつかれさま」


 ほんわかした、和みオーラ全開な女性がそう僕に告げた。


「おつかれさま、みーちゃん。まなちゃんもありがとう~」


 僕の目の前の女性に母さまがペコリと頭を下げ、礼を言う。

 その女性こそ、母さまの幼馴染である宮嶋麻奈さんだ。なんというか、癒しという言葉を形にし、白衣を着せたらこんな人になるかもしれない。


「こらこら、まだお礼を言うのは早いわよ。最後が本番なんだから」


 苦笑しながらも、麻奈さんは手に持った検査結果の書類をめくっていく。その書類はかなりの枚数があるのだけれど、まるでお気に入りの雑誌を読むかのごとく読み進めていくのはさすがとしか言いようがない。

 どうやらこの二人は幼稚園から縁が続いており、もう数十年の付き合いになるらしい。ただ、麻奈さんも外見は二十代、見ようによっては十代にも見え、もしかしてこれが類は友をというヤツなんだろーかと思ってみたり。


「あら? ……ああ、これね」


 その途中、突然麻奈さんの手が止まった。怪訝な表情をして何度もそのあたりを読み直している。

 なにかヤバイ検査結果でもでたのだろーか。……心当たりが多すぎて分からんけど。


「まなちゃん、ど~したの?」


 母さまがとてとてと麻奈さんに近づいていき、書類を覗き込む。というかあの書類明らかに日本語じゃないんだけど、普通に読んでいる母さまは底が深すぎます。


「……あらあら、これはこれは~」

「どうしたんです、一体?」


 いい加減気になって聞いてみる。二人だけで納得されてしまうと、本気で気になるというかマジで不安。


(ねえ、もしかしてこのまま清調を行うと~)

(そうね、たぶん想像の通りになると思うわ)

(行った場合、何か弊害が起きたりしちゃうことは~?)

(弊害、と言ってもこれが大本の原因なのだから、まあ本人と周囲の価値観ぐらいじゃないかしら。あと戸籍とか)

(だったら、その辺は清調中に済ませておこ~)

(なら関係書類は用意しておくわ)


 僕を完全に無視して、何故か日本語以外の言語で話し出す二人。なにかすごく嫌な予感がするのは気のせいでしょーか。

 数分後、なぜか満面の笑顔な母さまと、すごく楽しそうな麻奈さん。


「……で、結局なんだったんです?」

「ううん~、なんでもないよ~、なんでも~」


 なんでもありそうな笑顔でスルーしてくる我が母。なんだろう、今すぐここを脱出しなければかなりヤバイ気がする。

 と、そのとき麻奈さんの机の電話が鳴った。

 少し大きめの電子音が鳴り響くが、麻奈さんはのんびりとした動作で受話器を取る。


「宮嶋です。はい、ええ、そうですか。わかりました、これからすぐ向かいます」


 通話が終わると、麻奈さんはこちらをみてにっこりと笑う。


「準備ができたみたい。さあ、行きましょう」

「え、検査結果はいいんですか? まだ読んでいないものがあるみたいですけど……」

「ああ、それは大丈夫。先に報告は一通り受けてあって、それに検査中リアルタイムで見てたものしかないから」

「いや、あの、さっき話してた微妙そうな内容のは」

「ほら、みーちゃんも行こ~」


 そう言い、部屋を出て行く麻奈さん。それに続いて、母さまが僕の手を引いていこうとする。

 まあなんというか。

 僕にとっては部屋の向こう側が、地獄か魔界か処刑台辺りに思えた。

 





 真っ白な部屋。

 白い床に、白い壁に、白い天井に、白い棺桶。


 棺桶。

 そう、棺桶だ。

 部屋の真ん中にぽつん、と設置されている、縦に長い多角形の物体。

 金属の光沢を持ったそれは、今は左右に開き、中には人一人が入れるスペースが存在していた。


「これが、清調の装置……」


 ぽつりと僕の口から言葉が漏れる。


『みい君。その虚箱に入って頂戴』


 天井に備え付けられたスピーカーから麻奈さんの声が響く。なるほど、この箱は虚箱というらしい。

 現在、母さまや麻奈さん達病院スタッフはすぐ隣の、制御室兼控え室にいる。


 今この部屋にいるのは僕一人だ。なんでも清調には量子力学の不確定性理論が成功確率を上げるのに利用されているらしい。つまり僕は箱の中の猫と同義、というわけか。縁起わっる。

 一応問題というか、清調を行う際には余分なものは入れられないらしく、服を脱がなければならないと言うのには驚いた。

 と、いうわけで今僕は全裸です。……何故か変にこっぱずかしい。


「ん、よいしょっと」


 ゆっくりと箱の中のスペースに入る。

 横になると、虚箱の蓋が閉じ始めた。それはまるで、本当に棺桶の中に入っているような気持ちになる光景だ。


『それじゃあ、始めるわ。だんだん眠くなってくるから、そのままお休みなさい』


 蓋が完全に閉じると、外の光が遮断され、真っ暗になった。

 何の仕掛けか、意識が、ゆっくりと落ち始める。


『大丈夫よ。君はこれから生まれ変わるだけ。違えた器を、元の器に直すだけ。だから、安心して』


 生まれ変わる。

 それは一度死んでから、もう一度生き返るということ。

 つまり―――つまり、この眠りは。

 ゆっくりと、全てが曖昧になってくる。何も見えず、何も聞こえない。

 要するに、これは本当に、箱の中の猫を、再現しているのか。



 ああ、これが、死ぬってことなんだ―――



 その思考を最期に、僕の意識が、魂が、全てが闇に落ちた。


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