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4話

 空が茜色に染まる時刻。


「ただいまー」

「おじゃましまーす」


 結局あの後はずっと保健室で寝て、午後の授業を全部休んでしまった。

 早退しようかとも考えたけど、昼時に外に出ると夏の直射日光や熱波で、今度は救急車が御用入りとなりかねない。そんなわけで、気温が少し下がった夕方あたりに下校した。


 しかしちょうど保健室を出た時間がHRの終わりと重なったらしく、桜火と遭遇。今日は一緒に帰るわよ、と昨日も一昨日も聞いた宣言により軽く連行されたのだった。


「おかえり、みーちゃん。あ、桜火ちゃんも一緒なのね~」


 母さまがぱたぱたと玄関までやってきた。

 エプロン装着とお玉装備なので、夕飯を作っていたのだろう。匂いからしてシチューあたりと推測してみる。


「ちょうどよかったわ。お風呂が沸いているから、入ったらみんなでご飯にしましょ~。桜火ちゃんも食べてくでしょう?」

「はい、ご馳走になります」


 見なくてもわかる満面の笑顔。お前最初からそれが目的か。

 桜火は僕の背中を押して、さっさと風呂場に叩き出そうとする。


「ほら、さっさと入ってきなさい」

「あ、うん。そうするよ」


 咄嗟に早くご飯が食べたいだけでしょ、と突っ込みかけたが止めておく。命はまだ惜しいですよ?

 しかしお風呂かー。今日一日結構汗かいたし、さっさと入ろうかな。

 このまま風呂に直行し、サッパリしようと思ったのだけど、


「あ、でも少しだけ待っててね~。―――わたしも一緒に入るから」

「「まてそこ」」


 桜火と見事にハモった。

 何を言い出すかこの御方は。


「だだだだだっだ、だっ、駄目ですよみここおば様! いくら、そんな、その、ねえ!?」

「とりあえず先に落ち着こう桜火」


 なにが「ねえ」なのかサッパリ分からない。


「大丈夫よ~。――いつものことだから」

「いつも!?」

「いつも、阻止してるから大丈夫」


 というか、なんでそんなに錯乱気味なんだろーか桜火。虎にでもなりそうな勢いだな。あ、ネタが分かり辛い? たぶん国語の教科書に載ってる。分からなかったら"発狂 虎"でググってくれ。


「とりあえず桜火、少しの間止めておいて。どうせ脱衣所には鍵着いてるから、入ってしまえばこっちのものだから」

「あ~ずるい~。最近一緒に入ってないから、背中とか流してあげたいのに~」


 普通逆じゃなかろうか。あ、それは親父と息子の場合かな。……これもなんか違う?


「わわわ、わわ、わかったわ! と、兎に角おば様、先にお料理を完成させてしまいましょう! ほら、何か焦げ臭い匂いとかしてますし!」


 あ、シチュー焦げたか。


「あ~ん、もう~。ぜったい諦めないからね~」

「いえいえいえいえ! ここは一つ年長者としてすっぱりと諦めを!」


 母さまの本当に残念そうな声と、何故か慌てまくっている桜火を置いて、風呂に入ることにする。

 やれやれ、僕の呼び方もこんな風に諦めてはくれないのかねえ……。

 その後むくれてしまった母さまをなだめるのに時間がかり、結局晩御飯の用意ができたのはそれから一時間ほど経ってからだった。


 そんなこんなで夕食。献立はパン、ムニエルに、少し焦げた鳥肉入りシチュー。後なぜかNATTOUいや納豆。


「あ~、そうそうみーちゃん」


 食事の途中、シチューに納豆を入れていた母さまが、急に何かを思い出したように話しかけてきた。ピンポイントで突っ込みどころがあるが、いつもの事なので気にしない。

 桜火はパンに納豆を挟み食べている。ただし挟んでいる納豆の量が尋常じゃないが。ねばあ。


「ん? 何、母さま?」

「今日ね、まなちゃんと会ってきたんだけど~」

「まなちゃん……ああ、もしかして幼馴染の人?」


 突然知らない人の名前がでて驚いたが、そういえば今日は幼馴染に会うとか言っていた。


「ええそうよ~。で、そのまなちゃんなんだけどね、実は結構有名なお医者様なのよ」

「有名な医者、ですか? あ、もしかして……」

「だから、みーちゃんの体のことを相談したのよ~」


 昔から母さまは、僕の原因不明の体質のことを改善しようと、色々と手を尽くしてくれる。たま~に変な薬物とか危険物っぽい錠剤とか非合法であろう液体とか、なにか根本的に間違えたものも持ってくるけど。

 しかしそれでも今までまったく効果は無かったのだが――


「そしたら、なんと治せるかもしれないって言ってたの~」

「え!」

「ほ、本当ですか?」


 今まで食事に夢中だった桜火も、身を乗り出して話に入ってくる。

 とはいえ、確かにこの日まで何をしても直らず、症状を緩和させることが限界だと諦めかけていたのに、突然直るかもと言われたら嫌でも驚く。


「え~っとねえ、『清調』って聞いたことある~?」


 その出てきた単語に、僕と桜火は顔を見合わせた。


「『清調』って言ったら……」

「最近よくニュースでやってるアレのことですか?」


 清調。正式名称は『第Ⅲマナ式存在元型清浄調整機構』。

 日本どころか、世界のニュースや雑誌、ネットなどで話題騒然の最先端医療技術。科学と魔術を組み合わせて完成した、癌やエイズでさえ簡単に治してしまうという、とんでもない代物。

 これの完成により、人の平均寿命はさらに延びるとまで言われている。


「そうそれよ~。実は『清調』の開発にまなちゃんが関わっていてね。ほら、ちゃんと『マナ』って名前が入ってるでしょ?」

「いやそれ関わってるとかいうレベルじゃないと思うんだけど……」


 考案者とか、開発者のトップとかそのあたりの人か。とんでもない人なのは間違いない。

 なるほど、確かにそれなら治るかもしれないとは思う。

 だけど、一つだけ、いや二つほど問題が。


「でも、おば様。確かアレってものすっっっごくお金掛かりませんでしたか? あと予約が年単位で入ってるとかも聞きましたし」


 桜火が、その問題を母さまに投げかける。

 そう、ここで問題となるのがお金と時間だ。

 清調には、専用の機材の他にも、その治療を受ける患者に適した呪物(・・)を揃える必要があると聞く。

 なんでもこの『患者に適した呪物』なのだが、単にそこらにあるもので済む、というものでもないそうだ。それはダイヤなどの宝石や博物館にあるような美術品など、言ってしまえばかなり高価な代物が必要となってくるというのが基本だ。

 それに加え、借金してでも治療を受けたい、もしくはお金には困ってませんという人たちが競うように治療を希望するので、現在予約は数年先まで埋まっているらしい。

 一応僕も清調を考えたことはあったのだが、どう考えても無理なので断念したんだ。

 が、母さまはあっさりと無理を成し遂げてみる。


「大丈夫よ~。調べてもらったら、みーちゃんに必要な呪物は鏡と鎖と、後はカラスの羽根だけでいいらしわよ?」

「物が意味不明な上になんて安上がりなっ!」


 鏡と鎖とカラスの羽根て。五百円以内で済みそうな品揃えだな。ある意味カラスの羽根は少し難しいかもしれないけれど。

 ……というかそんなことをいつの間に調べたんだろう。というかどうやって調べたのかが妙に気になるのは気のせいか。

 そんな僕の内心に気づかず、母さまは話を進めていく。


「そしてなんとっ! 実はもう揃えてあったり~!」

「しかも無駄に早い!」


 今日聞いて、今日のうちに揃えたらしい。というかカラスはどうした。


「あと~、まなちゃんが順番ぐらいは贔屓してくれるそうよ~」

「うーわー。借金したり数年待ったりしている人たちに申し訳なくなってきた」

「だから~、少し入院することになっちゃうけど、ちゃんと準備はしておいてね~」

「にゅ、入院ですか」


 入院、と聞いて少しドキリとした。僕は昔から病院にはお世話になりすぎていて、常連さんと親しまれるぐらい顔を覚えられている。あまりこれ以上病院には詳しくなりたくないです。


「大丈夫よ~。入院といっても三日ほどらしいし。だから準備はしておきなさいよ~? 明日の朝十時に約束したから」


 あ、それなら少し安心――


「って明日!?」


 そこまで来ると早いとかいうレベルじゃないっ!


「ほら~善は急げって言うじゃない~」


 それはどっからどう考えても急ぎすぎ。


「学校はどうするの!?」

「細かいことは気にしない♪」


 だめだ常識が通じねえ!


「ほら、アンタ早く準備しないと! やっと治るのよ!?」

「って桜火急かしすぎ! まだ食べてる途中だから!」


 忘れてるかもしれないけど、今は食事中。思わず苦笑し、今日は寝るのが少し遅くなりそうだと思う。

 それにしても母さまは急ぎすぎだし、桜火は妙に嬉しそうだし、やっぱり心配されてたんだなー、と今更ながらに実感した。


 ――ただ、ふと脳裏をかすめた嫌な予感が、少し気になりはした、けど。気のせいだよね?









「ところでカラスの羽ってホントどうしたの?」

「狩♪」

「「狩!?」」

「美味♪」

「「まさかこのシチューの鳥肉は……!?」」



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