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1話

TSまで結構話数かかるという謎・・・

 ――事の発端は数日前まで遡る。




 普通の街の、平凡な住宅街のど真ん中。

 日が昇り、鳥は囀り猫が鳴いて犬は吠えて馬が嘶く。

 そんな、だんだん騒がしくなってきた時間に僕は目を覚ました。というか鳥と犬はいいけど、馬は未だに慣れないな。や、以前のライオンよりマシだけどね? たまに飼い主の悲鳴が聞こえてきたし。


 それはともかく、そんな某音楽隊並みの目覚ましによって僕は夢から覚めた。

 実際は本当の目覚ましが鳴るまでまだ時間はあったんだけど、起きてしまったしいいか。自慢じゃないけど二度寝をすると確実に寝坊するだろうしね。


 上体を起こし、部屋を見渡す。机、本棚、パソコン、あと小さな棚が幾つかといった、結構殺風景な部屋。もう少し飾ったほうがいいとは言われるけど、特に趣味があるわけでもないので、結局変わらずじまいだ。

 まあ、その辺はしゃーない。

 うん、確かにここは僕の部屋。前のように母さまの部屋に連れ込まれてる、ということは無い。


「ん~~っ」


 体を伸ばし、固まった筋肉をほぐす。腕、首、腰を軽く動かしてしっかりと頭を覚醒させる。

 それが終われば朝の日課を始めよう。


「さて、と……早く済ませてしまおっと」


 僕は体を動かし、ベッドの傍にある棚からノートと体温計を取り出す。

 ノートには『体調管理表』と書かれていた。何故か筆で。しかも達筆。母さまが書いたものだが、相変わらず意味分からん。

 中身は毎日の体温、脈拍、体重などなど。医者などを除いては、あまり他の人に見せるものじゃない。

 体温計を脇に挟み、計測している間にノートに記入していく。


「脈は……うん、いつも通り。関節の痛みもなし、眩暈もなし。他は……少し体が重いぐらいかな?」


 大体のことが記入し終えたところで、体温計が音を鳴らす。どうやら計測が終わったみたいだ。

 熱は――平常より少し高め。今日の分の薬の量を変える必要があるだろうか。

 この作業も数年やれば慣れるもので、体の些細な異常でもすぐにわかるようになった。というか分かるようにならないと、稀に命賭かってくるから、分からざるを得なかっただけだけど。

 ノートに書く意味は簡単、そのほうが抜け落ちというのが無いからだ。書くことで記録としても残り、以前と比較もできるしね。多少面倒なのは確かだけど、そこは気持ちの問題か。


 必要なことを全部書き終えたノートを元の場所に戻し、ベッドから出る。

 カーテンと窓を開けると、朝特有の清清しい空気が部屋に入ってくる。……少し動物くさいけど。


「さて、母さまはもう起きてるかな?」


 今日もまた、新たな一日を始めるために部屋を出ようか。

 この時までは、ただの平凡な今日の始まり。

 大した変化も起こらない、緩やかな時間の流れ。

 退屈ではあるけれど、それでも心地よい日常。

 ただ――部屋を出るときに、少し後ろを振り返ってしまったのは、ある種の予感だったのかもしれない。

 もうこの穏やかで、退屈な日常には戻れない、と。





 僕の家は二階建ての一軒家で、自室は二階にある。

 母さまの部屋は僕の部屋の隣にあるけども、どうやら既に起きているようだ。

 部屋にかけられたプレートが『お出かけはぁと』となっていた。ちなみにプレートは木製で、対象年齢が十歳ぐらいの、子供部屋に掛けるようなファンシーなモノである。

 部屋の内装は、まあ、このプレートで想像して欲しい。

 とはいえ母さまが起きているのならこの部屋に用は無い。夜の間に冷えたフローリングの床を歩いていく。


 母さまの部屋からさらに三つほど部屋を通り過ぎたところで、階段にたどり着いた。最近掃除をしていない為か、使っていない部屋に埃が溜まっているようだ。また一度大掃除をする必要があるか。

 一階のリビングに行くために階段を下りていくと、パンの香ばしい匂いが漂ってきた。どうやら母さまが朝ごはんを作っているらしい。

 そしてそれが正解。

 リビングに入ると、母さまがキッチンでちょこちょこと(・・・・・・・・・・)動き回っていた。


「あら? みーちゃん今日は早いのね~」


 母さまが僕に気がつき、振り向いた。ちょうど今から焼くところなのか、手には卵が数個握られている。


「うん、今日は珍しくね」

「早起きは良いことだけど~、体は大丈夫? 少し調子が悪そうよ~?」


 どうやら、熱があったことを言っているのか。

 隠したつもりだったけど、さすがに母さまは騙せない、か。あまり心配をかけないようにしないと。


「大丈夫だよ、許容範囲内だから」

「そう、でもあまり無理しないでね~、みーちゃん」

「わかった……って母さま、あー、うん、少し待った」


 危うくスルーしそうになったけど、いい加減このやり取りも日常化しつつあるね。


「? みーちゃん、どうかした~?」

「あの、何かほぼ最近毎日言ってるんだけど……」

「うん~」


 ぴょこぴょこと跳ねるような仕草をする母さま。まるでウサギや猫のような動き。

 数年前までは、僕は母さまを世の中の母親の基準として考えていた。が、現実を知り、僕にカルチャーショックを受けさせた、この僕の母さま。

 名前は『鳩羽 みここ』というちょっと変わった名前。


 その母さまは三十代後半という年齢のはずなのだが、どっからどう見ても僕と同じ年代――高校一年生より数年若く見える容姿。いや、この性格と合わせると、もう更に二、三は若く見える。要するに小……ゲフンゲフン。

 身長は、高校入りたての僕と同じぐらいだけど、なぜか母さまのほうが小さく見える。それもこの容姿と仕草のなせる技か。

 まあ、僕自身も小さい体型をしていて、身長順に並ぶとクラスではいつも先頭なんだけどね。これから伸びるさ……遺伝的に怪しいのは気にしない。

 おまけに母さまはただ若いだけでなく、街中を歩くと確実にナンパされる類の人種である。

 ロリコンか、と思われるかもしれないが、外で買い物をしているときは主婦特有の落ち着いた雰囲気が合わさり、完全に年齢不詳となる。この街に来たばかりのころは、買い物に行く度に、だ。

 最近では『幼妻』として有名になり、変に声を掛けられることは少なくなった。……いいことか悪いことかは知らないけど。


 ま、今はどうでもいいことか。いい加減要件を済ませよう。

 あのね、と前置きしてから、告げる。


「さすがにこの年で『みーちゃん』はやめない?」


 僕の名前は『鳩羽 みい』。

 母さまは僕のことを昔から『みーちゃん』と呼ぶ。

 だけど、さすがに高校にも入ってその呼ばれ方は止めてほしい。これ以上周囲に勘違いされるとトラウマになりかねない。うん半分ぐらい手遅れ感はあるけど。


「え~。だってみーちゃんはみーちゃんじゃない。ね? みーちゃん」

「はい、頼むから連呼しないでね?」

「う~ん、じゃあ『みいたん』とかがいいの~?」

「余計に恥ずかしいよ!」


 本気で勘弁してください。泣くぞ本気で。


「なんで~? どうして~?」


 母さまが、理由が分からない、と小首をかしげる。なんでこーいう仕草が似合うかな、この一児の母は。


「あのね、『みーちゃん』というのは、どちらかと言うと女の子にいう呼び方だと思うんだ。……だけど僕は"男"だからね」


 そう、僕は"男"だ。

 確かに身長が低くて名前も女の子っぽくて、顔も母さまに似ているから、女の子に間違えられたりすることはあるけれど。しかしそれでも僕は男だ。

 母さまが僕のことを『みーちゃん』と呼ぶので、僕を女の子と勘違いする人は多い。というか初対面だとほぼ百パー間違う。

 さすがに街中で『姉妹』と間違えられるのは、結構心に刺さる年頃です。


「でも~、ずっとこの呼び方だったし~。今更変えるのもね?」

「大丈夫、きっとすぐ慣れるから!」

「わたしは気に入ってるんだけどな~」

「そこをなんとか!」


 これが、少し前から行われてきた、僕と母さまの交渉という名の真剣勝負。

 しかし戦績は僕が全敗。

 その訳は、


「わたしは……気に入って……るんだけどな~……」


 うおい来たぁっ!

 母さまの声がだんだん擦れてきて、さらに目尻には涙が浮かび上がってきている。

 要するに――泣き落とし。これの性質が悪いのが、母さまは演技でもなんでもなく泣くところだ。いつもは明るい笑顔の人だから、かなり精神的にダメージが入る。

 だが、しかし! いい加減ここで負けるわけにはいかない……!


「いや、でも、僕は男だからね? せっかく高校生にもなったんだから、少しは大人になりたいなーって思うのですよ?」

「でも~……わたしは~……」


 さらに泣きそうになる母さま。

 良心の呵責に耐えつつ、なんとか頼もうとして――


「朝からアンタ何母親泣かしてんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 突然、真横からの凄まじい殺気と熱気。

 理性よりも先に本能が危険を感じ、避けようとするが、間に合わない。

 その真横から飛来してきた炎の固まりが、僕を蹴り飛ばした。


「ぅごはっ!?」


 ……ああ、せかいがまわっている。

 宙を二転、三転し、そのまま壁に激突。音をたてて床にぶっ倒れた。壁と僕の体がヤバイ音を発したが、大丈夫じゃないね、ぐふっ。

 いや、でも本気で危険だった。なにせ、あまりの衝撃に一瞬意識が飛びましたよ山田さん! って誰だ山田さん。

 なんとか起き上がり、僕を燃やし蹴り飛ばした張本人を見ようとして――あれ、なんで花畑が。ああ、大きな川の向こうで昔亡くなった父さまが手を振って…………


 ってオイッ! 意識どころか魂が飛んでるじゃないか!


 気合と根性とその他適当な何かで、無理やりあの世一歩手前から戻ると、ちょうど母さまが僕を殺しかけた犯人に抱きかかえられているところだった。


「うえ~ん。桜火ちゃ~ん。みーちゃんが~、みーちゃんが~」

「はいはい、もう大丈夫ですよ~。みここおば様」


 母さまを妹か娘のようにあやしているのは、赤い少女。

 僕や母さまより少しだけ高い身長と、それに合わせた細長い手足。ショートカットに整えられた彼女のトレードマークでもある炎を連想させるような紅い髪は、彼女自身をよく表していると思う。

 が、そんな見慣れたものはどうでもいい!


「こ……のっ! 桜火! いきなり人を殺そうとしないでよ!」

「人聞きが悪いわね。あたしは自分の母親を泣かしている親不孝者に、正義の炎槌を食らわせただけよ」


 ふん、と嘲るように言い放つ自称正義。

 どうやら彼女の正義というのは、相手に問答無用で蹴りを入れるものらしい。

 ……ああ、また髪が少し焦げた。


「それに、どーせまたいつもの『呼び方を変えてくれ』って話だったんでしょ? いい加減アンタも諦めなさい」

「諦め切れないから交渉してるんだけど……」

「小さいわねー。だから女の子みたいな顔してるのよ」


 いやそれは絶対関係ない。というか人の傷をさらりとえぐるな。


「ま、今日は、というよりもう完全に諦めなさい。いいじゃない、呼び方ぐらい。親は子供がかわいいものよ」

「わ~い、桜火ちゃん話がわかる~」


 さっきとはコロッと変わって嬉しそうにしている母さま。

 僕の好きな、母さまの笑顔

 はあ……どうやら諦めるしか、ないらしい。とりあえず今は。


「あ~! それより朝ごはんつくらないと。桜火ちゃんも食べてく?」

「いいんですか? ありがとうございます!」


 家でも食っただろうに、まだ食べるのかこの暴走火炎娘は。そんなに燃費が悪いから胸が育たないんだろうに――


「アンタなんか言った?」

「いえ何も言ってないからそのなんか燃えてる踵落しを止め――!」


 結局、桜火は母さまの朝ごはん(丼一杯)をぺろりと食べたのだった。










「そういえば、今日はどうやって家に入り込んだの? 鍵空いているところなかったはずだけど、まさかまた壊してないよね?」

「またって人聞き悪いわね。ちゃんと鍵の空いているところから入ったわよ。――アンタの部屋から」

「突っ込みどころが多すぎる……」


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