18話
それから僕らは先に出ていた宗司たちと合流した。移動方法が異なるので結局はすぐに分かれることになるけど、そこは様式美というものか。
二人は一緒にいた雪美さんに少し驚いたが、なにやら不機嫌になった桜火を見て苦笑。そのまま宗司、浩壱楼と雪美さんで駐輪所に向かっていった。
そういえば雪美さんは何で通学しているんだろう? 前に僕の家に来ていたときは徒歩だったけど。
三人が駐輪所に言っている間、僕と桜火は校門前で待つことに。
「はあ……なんであいつまで来るのよ」
「いいじゃない。多いほうが楽しいよ、きっと」
まあ多すぎるのも問題だけど、一人ぐらいなら大丈夫だ。
「それに――一人は寂しいからね」
「……ふん」
それは昔の話。
たった一人の教室。体が弱かった少年は、他の子供たちが外で遊ぶ中、一人でいることが多かった。それを外へ連れ出したのは、炎を纏い、太陽みたいに元気な少女。
夕日のせいか、すこしセンチメンタルな気分になる。
もう少し過去を思い出そうとしたけれど、そのとき向こうに三つの影が見えた。
「あ、来たみたいだね」
宗司と浩壱楼は見慣れたバイク。雪美さんが押しているのはマウンテンバイクだ。
「いいのに乗ってるわねー……最新モデルか。なんか悔しいから、後でサドルだけ外してやろうかしら」
「地味に酷すぎるよそれ」
宗司たちは僕たちの前までたどり着き、そのまま愛車に乗る。こちらにヘルメットを渡そうとして、
「ああ、僕らは雪美さんがいるから歩いていくよ。先に行ってて」
「りょーかい。ほな先に向こう行ってるから、着いたら連絡くれや。どうせ歩いても十分ぐらいやろ?」
「そうだね、それを置いたら駅前のロータリーあたりで待っててよ」
頷くと、エンジンを掛けてそのまま発進。あっという間に二人は見えなくなった。
後に残されたのは徒歩で行くことにした僕と桜火、そしてマウンテンバイクを押したままの雪美さんだ。
「……アンタは行かないの」
やたらと棘を含んだ言葉で、桜火。
「ええ、先に行った彼らとは違って、私のは軽いから押して歩けるから。せっかく鳩羽君が誘ってくれたんだもの。当然でしょう?」
なぜか僕が誘ったことを強調して言う雪美さん。
「……………………」
「……………………」
いかん、ドドドドドと効果音が聞こえてきた。
なんでこんな仲悪いのだろう、この二人は。いやほんとに。昨日は意外と仲がいいように見えたのは気のせいだったのか。
そして結局僕を挟んでの無言での睨み合いは、宗司たちと合流するまで続いた。
「さすがに無駄に土地使ってるだけあって、中も広いわねー」
「店の数も種類も多いみたいだね。ま、当然人も多いけど」
隣駅と言っても徒歩20分程。近くはないが、遠すぎる訳でもない。
僕たちはショッピングモールに入ると、とりあえず店に入ることなくモール内を散策していた。やはり僕たちと同じように学校帰りの生徒がちらほら見かける。みんな考えることは一緒かー。
「建物の構造は全部で三棟あり、すべて地下一階から地上七階まである。店の種類は食品から服全般、アクセサリ、本、玩具、雑貨、家具、宝石、電化製品、映画館、エトセトラと。さすがに『ここに来れば何でも揃う』をキャッチコピーにしているだけあるな」
「せやかて車とかバイクとかはやり過ぎや思うけどな……」
「……屋上にはヘリの展示販売をしているそうよ?」
「ただ節操が無いだけやん!」
なんだかんだで楽しみながら、ホール内を歩き回る。確かに普通の一般的な店では売っていないような代物も多々見受けられる。あの超合金トーテムポールは展示用だと信じたい。
「お! なんやゴスロリ服やらメイド服まで置いとるやないか!」
「何よあのピンポイントな専門店は。しかも意外に客入ってるし」
「……いきなりあれを買うとは言わないよね?」
僕にこの人目の中、あそこに突撃する勇気は欠片も無い。そしてそんな趣味も無い。
「…そう? 鳩羽君なら似合うと思うけど」
「やーめーてーよ雪美さん。母さまに知られたらマジで買ってきかねない」
「すでに買っている可能性はあるがな」
否定できないのが辛すぎる。というか服を買いに行ったときになんかイロモノ系も買っていた気がするが……いや、だからあれはきっと母さまが自分で着るものだ。それもなんか嫌な話だけど!
それからモール内を半分ほど歩き終えたとき、
「……? あそこは……」
何かを見つけたらしく、雪美さんが足を止めた。
彼女の目線の先にある店は、アクセサリショップ〝オリジン〟だ。
ショーウィンドウの中には、様々なネックレスやイヤリングが飾られているのが遠目にも見て取れる。店自体は見た目はその辺にもあるアクセサリショップと同じように見えるけど、何かあるのだろうか。
「何かあるの?」
問いかけてみるも、雪美さんはじっと〝オリジン〟を見つめたまま動かない。
「なんだ、どうかしたか?」
僕と雪美さんが足を止めたことに気がついたのか、浩壱楼たちが少し引き返してくる。
浩壱楼は雪美さんの視線の向く先に気がついたのか、納得した表情になる。
「少しあの店に寄ってみてもいいかしら……?」
雪美さんが、少し遠慮がちに聞いてくる。
「そうだね、特に急いでるわけでもないし、寄っていこうか」
僕が賛同すると、他の三人も異論は無いのか軽くうなずいた。
そうして入った〝オリジン〟だったけども、店に入ってよく見てみると他の店で売っているものとは若干違っていた。
「ふぅん、なかなかいいじゃない」
そう言って桜火が手に取ったのは、水晶を何かの花の形にカットしたものだ。赤と緑の色の水晶を組み合わせて作られたもので、どうやら追加料金でネックレスやブローチなどにしてもらえるらしい。
「へえ……」
派手というわけではなく、落ち着いた感のある代物だ。
他のものも気になって、店内を見て回っていると涼風さんがカウンターのほうで清算をしている。なにか買ったのかな?
と、思っていたら、そのまま僕の方に直行してきた。
「……?」
雪美さんは僕の目の前まで来ると、両の手をゆっくりと僕の首に手を回す。
「え、えっと?」
「ちょっと動かないで」
雪美さんはそのまま、手に持っていたらしいそれを、僕の首にかけた。
「これって……」
僕の胸の上で、淡く輝くそれは。
それは、羽の形をしたペンダントだった。乳白色の石を羽の形にしたものらしく、まるで天使の羽のようにも見える。
「……プレゼント」
「え、いいの?」
「……うん」
少し頬を紅くして、雪美さんが小さく頷く。
母さま以外の誰かからのプレゼントなんて初めてで、とても嬉しかった。
プレゼントをもらったことと、それに雪美さんが笑っていることが。
「あーあ、先越されちゃったか」
そう横から声がして振り向くと、横に桜火が立っていた。彼女は苦笑いをしながら、僕に近づいてくる。
桜火は手を伸ばすと、僕の前髪に触れた。
「お、桜火?」
「はいはいちょっと動かないで」
そう言って、何かをちょうど額の右上辺りに取り付ける。
「はいできた。うん、なかなか似合ってるじゃない」
鏡を見ると、僕の前髪についていたのは、十字架の形をした髪留めだ。
大きさの割りに重量がそれ程でもなく、付け心地も悪くはない。
「まあ気紛れよ。たまにはいいでしょ」
「……うん、ありがとう」
自然と頬が緩むのが自覚できる。あわわ、今の僕はすごく間の抜けた顔をしているに違いない。
思わず俯くと、何故か両者から頭を撫でられた。
……なんだかどんどん子ども扱いになってきてないかな。
「はー……、ほんまに可愛くなってしもうたのー。前までは単に頼りない男やったのになあ」
「別に本人が納得してるならいいだろう。……それとも、惚れたか?」
「んなっ! いきなり、な、何を言い出すねん!」
なんだか向こうで宗司と浩壱楼か言い合っているが、プレゼントを貰った嬉しさで、よくは聞き取れなかった。宗司の顔が赤かったが、何を言っていたんだろう?




