17話
午前の授業が終わって昼休み。
僕ら――僕と桜火、宗司に浩壱楼というメンバーは、教室で集まって弁当を食べていた。
「でも昨日はあれだけ人が来ていたのに、一日で人が激減してるね。人の噂も、ってヤツなのかな?」
来ていた人、というのは僕の噂を聞きつけてこのクラスに来ていた人たちだ。
昨日の騒ぎとは打って変わって、見に来ているのはほんの数人だ。その数人も、しばらく僕を見るとあっさり帰っていく。
「それはだな。変わった、と言っても結局は見た目普通の女子生徒なのだから、以前のお前を知らなければ特に話題も無い」
「ま、そんなもんやろうな。あそこにおるのは昨日見られへんかった奴やろうから、明日にはいつもどーりになっとるやろうさ」
妹の手作り弁当を食べている浩壱楼と、購買のパンを食べ終えた宗司が解説をしてくれる。
「他のクラスの連中からしてみれば、少し珍しい転校生が来たのと大して変わらないだろう」
「いややっぱネコ耳とかついてたら人気があんねやろうけどなー」
「その場合僕は一生人前に出なかっただろうね……」
もともと人から注目されるのは好きじゃない。だから周りに騒がれなくなっただけでも、かなり気が楽になった。
「それに、勘違いしたような粘着系の奴らは、どこかの誰かさんが保健室送りにするからな。へたに騒ごうとも思っていないだろう」
「あはははは。やーねー、誰かしらそんな危ない人は」
……お前だよ、とは誰も怖くて突っ込めない。
しかしそれを含めてもみんな飽きっぽいのかなんなのか……。まあ人がたくさん来るよりましか。
「そういえば今日の放課後、空いてる?」
昼食も食べ終わり、適当に雑談していると、桜火が突然そんなことを聞いてきた。
「今日は特に用事はないけど……どうしたの?」
ほかの二人の顔も見てみるが、どうやらみんな予定がないらしい。
「ええ、最近隣駅にも大きいショッピングモールができたらしいのよ。だから、一緒にどうってこと」
「そういえば前から宣伝をしていたな。先週あたりにオープンしたばかりだったはずだ」
ここ数日の騒ぎで忘れていたが、確かに新聞の折り込みチラシにもそんなものが入っていた記憶がある。見た目もよく、前評判はなかなか良いらしい。
どうせ帰っても予習ぐらいしかやることはないし、気分転換にもなるかなあ。
「そうだね、僕も行こうと思うけど、二人は?」
「そやな、今日はバイトもないし、行けるで」
「ああ、こちらも用事はない。それに今度、春香と来るときの下見にもなる」
二人ともあっさりと快諾する。
いやそれにしても、
「春香ちゃんと来るための下見っていうのも相変わらずだよね」
「そうか? 当然だと思うが……。しっかりエスコートするのは男の役目だろう」
どこの英国紳士か貴様は。
「じゃあ放課後に速攻で行きましょうか。アンタたちのバイク、二人乗り出来るし、メットも二人分あるでしょ?」
宗司と浩壱楼は学校までバイクで通学している。浩壱楼のは昨日乗せてもらったしね。
「というか二人乗りは免許取ってから一年必要なんだけど……」
「あ、そうなん? まあバレへんかったらええやろ」
「そうそう、いいのよそれぐらい。――ばれなきゃ問題ないから」
なんでどいつもこいつも同じようなこと言うかな。
「そういえば、春香ちゃんは元気? 最近見てないけど」
さっき浩壱楼の口から出てきた名前。そして昨日の貸してもらったヘルメットの持ち主。あとついでに浩壱楼の弁当を作った人でもある、浩壱楼の妹。ああ、血は繋がっていないから義妹か。
「ああ、今年春香は受験だからな。塾にも入って、忙しいらしい」
「そういえば春香ちゃん、僕達のひとつ下だったね」
今は中学三年生で、昔僕らも通っていた学校に在学してるはずだ。
「受験って……結構早い時期から頑張ってるのね。私は塾なんか行かなかったけど!」
「ワイも結構頑張ったなあ……。桜火はみいが頑張っただけやろうが」
「文武両道のお嬢様とは噂されているが、見た目通りただの脳筋だからな」
「喧嘩売ってんのかアンタ達」
いやまあ確かに頭よさそうには見えないけど、文系だけは良いんだよね。それのみだけど。
「話戻すけど、春香ちゃんが受けようとしている学校って、ここ?」
ここ、とは僕らが今いる学校、千月学園だ。
偏差値もそれなりで、駅にも近く、校舎も真新しい。僕たちは利用していないけど何気に寮もあったりして、結構競争率の高い学校だったりする。
いやまあ彼女の理由としてはそれでなく、単に浩壱楼がいるからだろうけどね。
「ああ、本人はそのつもりらしい、が」
「が?」
「春香は――正直に言うと馬鹿でな」
「えらい直球やな」
「遠まわしに言ってもしかたがない。かなり残念なレヴェルだからな。ともすれば桜火より酷い」
「いい加減あたしでも泣くわよ……?」
とはいえそういえば彼女、あまり頭よくなかったな。色々と。
そりゃ今から勉強もするよね。
「そんな訳で最近は根を詰めすぎだからな。また今度誘ってやろうかと思っている」
「リミット自体は先なんだし、悪くないでしょ。気晴らしには、あたしも手伝うわよ……ま、デートにまでとやかく言わないから安心しなさい」
そういえば、桜火と春香ちゃん、仲良かったな。類友と言ってしまうとそれまでだけどねー。
にしてもデート、ああそれで下見か。やっぱどっかに日本じゃない血が混じってるよこいつ。
「んー、女の子が喜ぶ定番としてはケーキとか甘いものだけど。ま、向こう行ったらなんかあるでしょ。あたしもアクセサリか欲しいしねー」
それを聞いた宗司が少し考えるそぶりを見せる。あ、これはろくなこと考えてないな。
「アクセサリ……メリケンサックとかか?」
昼休みの終わりを告げるチャイムは、某教室から響いた悲鳴と爆音に取って代わった。
放課後。空が紅く染まってきている時間帯。
眠たい午後の授業も終わり、学校は外に向かう生徒の流れができている。
「それじゃ、さくっと行きましょう」
その流れに乗り、桜火が鞄を片手に教室を出て行く。
僕らもその後について、教室から出ようとして、
「……あ」
もうほとんどの生徒が帰り、寂しくなった教室で一人だけぽつんと座っている人が目に入った。
机に片肘を突いて、じっと窓の外を眺めている。
まるで凍ったように、動かない。
「……雪美さん」
一人、また一人と席を立ち、帰っていく中で、雪美さんだけが取り残されていく。
彼女はまるで絵画の中にいるような、手を伸ばすと幻の様に消えてしまいそうな、そんな雰囲気を纏っていた。
そういえば、と思う。
いつも僕たちが一緒に帰る中で、彼女だけは動かなかった。
それはつまり――彼女は独りで。
昨日や一昨日の、普段見ていない雪美さんを見て忘れていたが、いつも彼女は一人だ。
「みい? どうしたの?」
教室の前で立ち止まっていた僕に気がついた桜火が近寄ってくる。そして僕の視線の先を見て――彼女も気がついた。
きっと僕の言いたいことが分かっているのだろう。桜火はものすっごく嫌そうな顔していたが、一度ため息をつくと、
「向こうでなんか奢りなさい」
ありがとう、と心の中で呟く。
おそらく、桜火は何故僕が彼女を気にかけたのかがわかったのだろう。いや、桜火だからこそ、か。
かつて、同じように僕を――
一歩進んで、絵画でも幻でもない教室に入る。
「雪美さん」
名前を呼ぶと、少し驚いたかのように雪美さんがこちらに振り返った。
今まで誰にも呼びかけられたことは無かったのだろう。ありえないものを見た、というような表情をしている。
彼女に話しかける僕の表情はどんなものだろうか。自分では解らないが、たぶん穏やかなものだと思う。
「今から駅前のショッピングモールに行くんだけど、一緒に行かない?」
「……いいの?」
いいに決まっている。よくない理由なんて探しても見当たらない。
「だって昨日お昼誘ってくれたじゃない。だから、今日は僕が誘う番かなって。あ、用事があるっていうのなら無理は言わないけど」
「……別にないわ」
なら大丈夫だ。
そして、ここからは独りじゃないよ。
「それじゃあ――一緒に行こ?」
僕は、彼女に笑顔で手を差し伸べた。
「いやさ、一緒に行くのはいいんだけど。何でアンタ、みいにハグしてんの?」
「…………♪」
「……雪美さん、全く聞いてないね」
「……こいつ、こんなキャラだったっけ?」
「……さあ」




