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15話

「いいなー髪長くてきれーじゃん」

「肌も白くて手とかも細いしね~」

「ちっこくてかわいいなー」


 なんともまあお約束?というか何と言うか。

 ……まともに着替えられない。


「あら、けっこう可愛い下着じゃん」

「す、スカートを捲らないでよっ!?」

「ねーねー、この下着とかって鳩羽君が選んだのー?」

「え、その、これは母さまが買ったもので、」

「へー鳩羽君ってお母さんのことそんな感じに呼んでるんだ。ええい、どこのお嬢様だこの娘はー!」

「うわわわ、だ、抱きつかないでー!?」


 ああもう何がなんだか。さっきから触られたり撫でられたり抱きつかれたり、完全に玩具もしくはペット扱いだ。

 しかもそれは着替えのために半裸の女の子達。非常に目に毒な光景である。


「あらあら赤くなっちゃって。元々男の子だったからか、とっても初々しいわあ。……食べていい? じゅるり」

「まてそこの百合。――せめて放課後まで待ちなさい。カメラ用意するから」

「ど、どっちも最悪ですよ!?」


 僕がダイレクトに身の危険を感じていると、既に着替え終えた桜火が割って入ってきた。


「はいはいアンタたち、妄言はいいからさっさと着替えなさい。次は福田だから遅れるとネチネチ言われるわよ?」

「う……」


 その出てきた人物名に、僕で遊んでいた子たちが、物凄くいやそうな顔をした。


 福田というのは女子の体育の担当をしている女教師。

 彼女は今年で三十路になるのだが、しかし未だに独り身かつ出会いの一つもないらしい。そして、それが原因かは知らないが主に彼氏もちの女子生徒に八つ当たりをすると噂の迷惑極まりない教師だ。


「しかたがないわ。つまりお楽しみは後で、というわけね?」

「……勘弁してください」


 そんなわけで、やっと着替え始めたわけだけど、


「んしょ、と」


 しかしジャージサイズが大きいなあコレ。裾の部分は結構折らなきゃいけないし、手もかろうじて指先が見えるぐらいだ。大は小を兼ねるというけど、いくらなんでもこれは。


「…………………………………………………………………………」

「あれ? どうしたの、雪美さん」


 気がつくとこちらも既に着替え終えた雪美さんが、僕を凝視している。

 あれ、なんだか悪寒が。


「……雪美さん?」

「……はっ!?」


 あ、戻ってきた。

 と、こちらが着替え終わったのを待っていたのか、桜火がやってくる。


「みい、やっと着替え終わったの――ってアンタなにそれ。ただでさえ小さいのに、余計に小さく見えるんだけど」


 ストレートに人の心を傷つけてくれるありがたい幼馴染。


「まああれよ、つまり……個性が出てるわけね?」

「ははは、桜火の胸と一緒――」

「うふふふふふ、言うようになったわねえ、みいのくせにぃいいいいいい」

「理不尽!?」




 それでどうなったかと言うと。

 その後の体育の授業は、いつもに増してお祭り騒ぎとなった。

 というのも、今日は他クラスとの男女合同の大規模授業。午前中に僕の噂が広まり、そしてその当の本人が現れたことで騒がしいのなんの。

 まだ男子の方は遠くから普通に話しのネタにされるだけで終わる。しかし女子はというとやはり抱きついてきたり携帯やらスマホで写真を撮ってきたりかなり強烈なスキンシップをしてくるのだ。つか体育で電子機器持参はどうよ。


 ちなみに、母さまからは”男の子のエロ目線には気をつけてね?”という斜め上の御言葉を頂戴していたのだが、そんなことはなく。

 気になって宗司に聞いてみると、


「……ウチの男子は巨乳派が大半でな」


 ……おおう。


「残りのロリコ――貧乳派は基本紳士やから、気に障ることはされへんやろ」

「それ変態紳士と言わない? あと、”基本”と言うのが嫌すぎる」

「まあ、三次元に生きてないやつが多いからな。……薄い本という妄想でペロペロされるぐらいやろ」

「ひぃ!?」


 あまりに騒がしいため、途中に福田先生がキレて暴れだして負傷者まで出る始末。いやぁ先生に彼氏ができない理由がよく分かるね……。





「それじゃ、また明日ねー」

「明日はメイクとかしてあげるからねー」

「ははは、勘弁してください……」


 放課後、校門で今まで僕『で』遊んでいたクラスメイトたちは帰っていった。と言っても彼女たちは駅前で遊んでいくのだろうけど。あれだけ騒いでおいてまだ体力あるとは……。


「……はあ、疲れた」


 ため息一つ、がっくりと肩を落としていると、


「お疲れ様だな」


 すっと横から缶コーヒーが差し出される。隣を見ると、浩壱楼が同じ銘柄の缶コーヒーを飲んでいるところだった。

 相変わらず地味に存在感の薄い……。


「ありがとう――と、言っていいのかな? 結局、今日はまったく助けてくれなかったねこの野郎」

「そう言うな。どちらにしろアレは俺の手には負えん」

「あー。ま、それもそうか」


 確かに浩壱楼一人では大して変わらなかったかもしれない。被害の中心だった僕が言うのだから無駄に確信は持てる。

 苦笑して、缶コーヒーを飲む。その味は、


「……よりによってブラックなのは皮肉?」

「さあな」


 浩壱楼は飲み終えたのか、缶を近くのゴミ箱に投げ捨てる。手首だけのスナップで投げられたそれは、綺麗なアーチを描いてゴミ箱に入った。

 校門の柱に背を預け、ちみちみと飲んでいく。


「ところで凪森と宗司はどうした? 一緒だと思っていたが」

「桜火は陸上部だよ。宗司はバイトのヘルプ入ったらしくて、なんか急いで向かっていったね」


 ちなみに涼風さんは、クラス委員長の仕事で先生に連れてかれた。やたら憎しみの込めた眼でドナドナる教師を見ていたが、相手が宮嶋先生なので効果はゼロであるが。


「なるほどな。それでこれ幸いと逃げて帰るのか」

「言い方が悪いね。まあ、それでも他の娘たちに捕まったけど」


 教室を出るとき、普段通りに挨拶をしてしまったのが不味かった。宮嶋先生に助け出されてなければ、明日から登校拒否になっていたかもしれぬ。涼風さん? 未だ缶詰らしいね。


「そうか、なら今日は帰って寝ていろ。周りが落ち着くまでしばらく掛かるだろう。疲れが残っていると体力が持たないぞ?」


 そう言う浩壱楼の顔は少し楽しそうだ。明らかに楽しんでるな。

 浩壱楼は一見常識人に見えて、結構トリックスターな面があるからなあ。被害を受ける側ははた迷惑だけどね!


「ははは……まあそうするよ。今日は早めに――」




 

『――iw――――kx―――――a―hs――――lrrv――――――』





 カツン、と乾いた金属音が辺りに響いた。


「……? どうした?」

「え?」


 はっとして我に返る。

 空は赤く、今は放課後。そして僕は浩壱楼と話していて、缶コーヒーを飲んでいて、それから…………。


 それから――何があった?


 意識が、一度ぷっつりと途切れた感覚がある。

 足元を見れば、僕が持っていたはずの缶が転がっている。


「……うた?」

「何?」


 浩壱楼が僕の顔を覗き込み、


「何か知らんが大丈夫か? ……ふむ、どうやら本格的に疲れているようだな。顔色が少し悪いぞ」

「え、あ、でも男のときよりも今のほうが、体の調子は良いんだけどね」


 答えながら、足元の缶を拾ってゴミ箱に捨てた。また、缶は乾いた音を周囲に鳴らす。


「……なら精神的なものか?」


 それもあるだろう。

 慣れない女の子の体に、がらりと変わった日常。

 すぐに慣れろと言うほうが無理な話だ。

 だけど今のは、


「ごめん、心配してくれて。……それじゃあ、僕は帰るよ」


 いつもは浩壱楼と校門の手前の所で別れる。それは彼はバイクで通学しているので――この学校は珍しくバイクでの通学を認めていたりする――、それが置いてある駐車場に向かわなくてはならないからだ。

 だからここで別れるはずなのだけど、


「……まったく仕方がないな。そこで少し待っていろ」

「はい?」


 浩壱楼はそれだけ言うと、駐車場にすたすたと早歩きで行ってしまった。

 僕はバカみたいにポカンと立ち尽くして、それから数分。

 駐車場のほうからバイクに乗った浩壱楼が現れた。しかし何と言うか、黒でフルフェイスのヘルメット+学生服というのはほんとに合わないと思う。


「受け取れ」

「え、うわっと」


 浩壱楼が投げてよこしたそれを慌てて受け取る。丸い半円状で、ホワイトカラーにピンクの線が入った可愛らしいタイプのそれは、


「ヘルメット?」

「春香のものだ。貸してやるから早く乗れ」


 つまり―――送ってくれるということだろうか。いやそれ以外にヘルメットを渡す意味はないだろうし。


「……ありがと」


 礼を言い、ヘルメットをつけてから後ろに乗る。前に一度乗ったことがあるから、乗り方は分かる。


「というかバイクの二人乗りって、免許取ってから一年以上必要じゃなかったっけ?」


 僕らはまだ高校一年で、どう考えても免許取得から一年以上経っている訳が無い。

 が、浩壱楼は真顔で、


「大丈夫だ。――バレなければ問題ない」


 苦笑しながら僕が乗ると、浩壱楼は無言でバイクを発進させた。

 暑さの残る夕方には丁度よい風が吹く。


 何か言い知れないものを残し、僕らはその場と時間を後にした。



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