12話
「わ~、似合う似合う~」
それで結局、涼風さんが一度家に予備の制服を取りに帰ることとなった。母さまや涼風さん曰く、こういうのは早いほうがいいらしい。
涼風さんの家は意外と近いところにあるのか、取りに帰るのにそんなに時間がかかっていなかった。例えていうなら、僕が清調を行った病院と同じぐらいの距離か。まあ、また今度覚えてたら聞いてみよう。
で、持ってきた制服をさっそく試着してみんとす。
「うう、いろんな意味で悔しいけど、確かに似合ってる……」
「なんやもう完全に女の子って感じになってしもうたなあ」
「なんだ、普通に似合っているじゃないか。つまらん」
「ええ、確かに似合ってるわ……持って帰りたいぐらいには」
感想は三者三様の答え。腹立つのと身の危険を感じるのがあったのは気のせいか。
「というか宗司はやっと戻ってきたのな」
「おう、なんやいきなり桜火にとび蹴り食らってなあ。痛いし熱いし、つーか何で蹴られたんか未だにようわからんねんけど」
それは桜火の八つ当たりです、とはさすがに答えられない僕。まあ、あの危険な状態で放っておくのもなんだったし、丁度よかったのではあるけど。
「ふ、安心しいや。お前がどう変わろうとも俺との友情は不滅や……!」
「かっこよく言ってるのはいいけど、鼻血出てるよ」
「ぬ、ぬおう!?」
それはともかく。
「でもこれ、やっぱり大きいんだけど……」
さすがに小柄な僕に、長身の涼風さんの服は大きすぎる。手は袖に隠れてしまうし、スカートも大きいので、無理やり安全ピンで止めてある状態である。
「でも~、またそれが似合ってるというか~」
「なにか余計に小動物って感じになってるわね」
「分かりやすく言うと、マニアックな感じってか?」
間違いなく褒めてないだろそれ。
まあ利点としては、スカートが大きいから当初想像していた膝丈未満というあの危険な長さは回避できたわけだけど、この服は借り物だからいつかはアレにしないといけないわけで。
慣れるには丁度良いのかもしれないけど、何この新手の苦行。
しかし、今更思い出したけど。
僕が女の子になって、まだ一週間も経ってないんだよね。
まさしく前途多難だったりする。
「さて、そろそろ帰るか」
試着も終わり、やっと落ち着いてきた頃、最初にそう切り出したのは浩壱楼だった。
「なんやもうこないな時間か。なら、ワイも帰るとしますかな」
時計を見ると、確かにそろそろお開きの時間だろう。
外も日が落ちて、暗くなってきている。
「そうね~、ほんとなら晩御飯をご馳走してあげたかったのだけど~」
と、残念そうに母さま。
確かにいつもなら強引にでも晩御飯に誘う母さまであるが、しかし今日は間が悪く、みんな用事があるらしい。
「ごめんなさい……。今日は父に呼ばれているから」
涼風さんは普段合えないお父さんと会う約束がるらしい。なにやら複雑な家庭環境が見えた気がしたが、あまり深くは聞かないでおこう。
「ワイもバイトがなければお呼ばれしてんけどな。ほんま残念や」
「まあ店長さんにもよろしく言っておいてよ」
宗司はバイト。駅前のラーメン屋で働いているのだが、そこの店長さんは気さくな人でラーメンも結構美味しい。
「浩壱楼は妹が待ってるんだっけ?」
「ああ、おそらくもう春香は夕飯を作っているころだろうからな。今更いらないとも言えんだろう」
なんでも両親が海外に行っているため、浩壱楼の妹さんが家事を担当しているらしい。春香ちゃんには一度会ったことがあるけど、とても大人しそうな子だった。確かに彼女を一人にするのはかわいそうである。
「桜火は……ああ、塾か」
「なんでこの時間に塾なんて入れれたのかしら……。無茶苦茶お腹減るのよこの時間帯」
意外といえばなんなんだが、実は桜火は塾に通っている。かなり面倒そうにしているが、それでもサボるわけにもいかないのだろう。……じゃないと成績が本気で悲惨なことになるからね。
そんなこんなで、僕は見送るために玄関に向かう。
「それじゃ、また明日」
僕は涼風さんに借りた制服を着たまま外に出た。やっぱりコレ大きいから、少し動きにくいなあ。
「おう、また明日なー」
「ああ、また明日に」
そう言い、宗司と浩壱楼は自前のバイクで帰っていった。宗司の場合は帰るといってもこれからバイト先に行くのだろうけど。
「……ふう、私も帰るとするわ」
「うん、涼風さんも、また明日」
涼風さんはそのまま行こうとするけども。
妙にそわそわしていて、何かを躊躇っているようにも見えた。
「……涼風さん、どうしました?」
その僕の問いは風に流れ、少し妙な間ができる。涼風さんの表情は僕からだと良く見えないけど、すごく真剣な雰囲気を感じ取った。
涼風さんは、ゆっくりと僕のほうを見てからこう言った。
「ねえ、鳩羽君。私のこと、これから雪美、って呼んでくれないかしら?」
「……え?」
「だって鳩羽君、親しい人は名で呼んでいるでしょう? だから私も、って思ったのだけれど……だめかしら?」
確かに僕は親しい人はたいてい名前で呼んでいるけど……。
まあ、いつもお世話になっている涼風さんなら断る理由も無いだろう。
それに彼女と親しくしたいと思っていたのは事実だしね。
「わかりました。――それじゃあ、また明日に。雪美さん」
その答えに、雪美さんは少し驚いてから、小さく微笑んだ。
「ええ、また明日」
そう言って、どこか嬉しそうに帰っていった。なんだか今日は新しい雪美さんを多く見た気がするなあ。
「…………………」
「それじゃあ桜火――ってうわあっ!?」
最後に桜火に別れを告げようとしたら、いつの間にか今日一番の不機嫌になった桜火が背後に佇んでいた。……心臓止まるかと思った。
「ど、どうしたの?」
恐る恐る聞いてみる。噛み付かれそうでなんか怖いぞ。
「……なんでもないわよ」
しかし桜火の感情に反応して周囲の温度が上がり、陽炎が揺らめいているのが恐怖演出としては効果抜群だ。
このまま死刑執行かとビクビクしていたが、しかし桜火は肩を落として背を向けた。
「はあ、もういいわ……帰る」
「あ、うん。また明日」
桜火はふん、とそっぽを向くと、そのまま帰っていった。
「なんだったんだろう……」
本格的に他人がわからない今日この日。
なんというか、忙しい一日だった。
女の子のための服や化粧品を買ったり、桜火たちに事情を説明したり、制服一つで大騒ぎしたり。
しかしこれでもまだ序盤。
なにせ明日は学校だ。
僕自身、いまだこの状況に慣れてないのか慣れようとしていないのか、あまりわからないけど。しかし確実に明日は今日と同じぐらいか、今日を越えるぐらい騒がしくなりそうではある。
不安と諦めと諦観と、あまり希望というかプラス思考には働いてくれない感情。
それをない交ぜにしながら、僕は今日一日を締めくくった。まる。




