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11話

「わすれてたあー……」

「忘れていた、と言うより現実を見ていないだけだろうが」



 紅茶を飲みながら、母さまとニュースを見ている浩壱楼の鋭い指摘。

 ……反論できないのが辛すぎる。

 今まで男だった生徒が、急に女の子に変わってきたらそりゃー大騒ぎになるだろう。一応担任の宮嶋センセなら、平然としてそうだけど。


 しかもよくよく考えてみれば、女の子の制服と言えばスカートだ。今もスカートを穿いてはいるけど、これは足首まで隠れるロングスカートなのでまだギリギリ許容範囲内。だけど学園指定のスカートは膝丈ほどまでしかないという、軽く風が吹いただけでも捲れそうなアレである。

 ちなみにウチの学園のスカートは他の学園のスカートよりも短いらしく、一部の生徒には―――男子生徒含む―――とても好評らしい。正直かなりどうでもいい。


「……学園行きたくないなあ」

「言いたいことはわかるけど、いくらなんでもそれは駄目でしょ」


 思わず本音が漏れたが、すかさず桜火に諭される。人生つれえー。

 まさか明日からスカートを―――って、


「そういえば、よくよく考えたら制服持ってないけど」

「―――ああ。確かにそうね」


 持っていたら、それはそれでおかしいが。

 しかし困った。無いなら買えばいいのだが、制服を注文するとなると、少し時間がかかる。


「ついでに言えば、君の性別って戸籍とか、書類上はどうなってるのかしら」

「それもそうねー。あと学園に連絡とかもしなくちゃならないだろうし」


 三人でさてどうしたものかと悩んでいると、テレビを見ていた母さまが声を上げた。


「ああ~、それなら大丈夫よ~。そのあたりの学園への連絡とか~、戸籍とか~、全部終わってるわよ~?」

「……そーいえばそんなこと言ってたね」


 なんか病院で聞いた気がするが、あの時は現状認識だけで精一杯だったからなあ。

 しかしあまり納得がいかなかったのか、桜火が母さまに質問を投げかける。


「でもみいが女になったのって一昨日じゃありませんでしたっけ? いつのまにしたんですか?」

「あ、それは清調をしている間よ~」

「清調をしている間?」

「そうよ~。事前に行ったDNA鑑定の段階で、女の子になるだろう、っていう予測は出来てたから~。先に書類を用意して、終わった後に提出しに行ったんだよ~」

「あ、もしかしてあのときの会話は……」


 あのとき、というのは僕が清調をする直前の時のことだ。書類だの何だの怪しい会話をしていると思っていたけど、まさかあの時点で戸籍うんぬんを考えていたとは。

 相も変わらず無駄に行動が早すぎるよこの人。


「戸籍変更は昨日付けで正式に受理されたし~、お偉いさん方にも連絡して情報規制も掛けてもらったしね~」

「情報規制、ですか?」


 その言葉に反応したのは浩壱楼。爽やかメガネがきらりと光る。

 お前、相変わらずそんな単語に敏感なのね。


「世間やマスコミに騒がれたら大変だしね~。偉い人たちも、清調というシステムに変な噂を与えたくなかったみたいだし~」


 まあ清調で性別まで変化する、なんて話はマスコミにとってはおいしいネタだろう。ああ、確かにそれはそれは面倒なことになったはずだ。

 逆にお上にとっては、理論上どんな病気でも治療する清調にあまり妙な話題を与えたくはないといったところか。


「まあ学園とかもあるし~、さすがにネットあたりで話題にはなるでしょうけど~」

「しかし性別が変わる、なんて普通じゃあありえませんからね。すぐに落ち着くでしょう」


 なるほど、ネットの掲示板で話題になっても、テレビや新聞などの公のメデイアで話題に上がらなければ、それはただの噂話にすぎない。さらに、これが人死にであれば都市伝説にでもなるかもしれないけど、自分で言うのもなんだが性別の反転なんてただのギャグだ。


「それで学園の方はどうなんです?」

「学園の方は~、最初は混乱してたみたい~。だけど理事からも連絡させたから、問題ナッシングだよ~」


 微妙に知りたくなかった、権力の全開行使。


「というか理事と知り合い?」

「元同級生~」


 さらに今更知った、どうでもいい情報。


「一応そのあたりは解決してるとして……。で、制服の注文とかは……さすがにまだしてないよね」

「とりあえずサイズを測ったのが一昨日だから、もう注文はしてるけど~。さすがに時間がかかると思うわ~」

「やっぱりそう都合よくはないかー」


 ウチの学園の女子制服、実は全てオーダーメイドだったりする。男子制服はそうでもないのだけど、女子制服は一人一人サイズを指定して注文するという。その注文の際に、校則に違反しない程度なら自分専用にカスタマイズできる。これも学園が人気である理由の一つ。

 そのカスタマイズだが、桜火ならスカートの色が、通常は紺色であるのを赤っぽい色になっている。涼風さんは、シャツの右肩に雪の刺繍が入っている。

 僕も何かしたほうがいいのかもしれないけど……って僕の制服を既に注文されているということは、


「母さま……変なもの仕込んでないよね?」

「……する暇がなかったわ~」


 する暇があったらしたんかい。

 うん、とりあえずそれは忘れよう。

 

 最終手段としては、制服が出来るまで学園を休むという手もある。だけど、体調不良で休んだり早退したりと結構単位がヤバイくなっているので、正直これ以上休めない。や、休めるなら休みたいよ? 主に心の安息のために。


「代案として今までの制服を着るというのは……」

「「だめ」」


 やはり即答っすか。

 と、そこで涼風さんが一言。


「……ところでサイズっていくつでした?」

「って、アンタの反応ポイントそこかっ!」


 桜火の鋭い突っ込みが決まる。おお、桜火の突っ込みなんて滅多に見れないものなのに!

 しかしなんだか学園での涼風さんのイメージがどんどん崩れていくなー。実は割とボケ担当かこの人。


「あらら~? 興味あるの~?」


 そう言う母さまは母さまですっごく嬉しそうだし。なんだか、仲間を見つけた、みたいな。


「いえまあ興味があるかといえば今後の参考にと言うか、一応今は私の制服が着れるかな、と思いまして」


 セリフの前半がよく分からなかったけど、それより今はその後の言葉が気になった。


「私の……って涼風さんの?」

「ええ、私のだと少し大きいかもしれないけど。……それはそれで似合いそうですし」

「……本音漏れてるわよアンタ」


 桜火が微妙な顔をして、一歩下がる。いいなあ、できれば僕も下がりたいけど、頭撫でられてるから無理なんだよねー。

 後ろに下がった桜火だったが、少し思案するような素振りを見せると、また一歩前に出てきた。


「それなら私が貸すわ。制服」

「桜火?」

「……わ、あたしの制服のほうが、サイズが近そうだからよ。べ、別にそこの変態みたいにおかしな理由は無いんだからねっ!?」


 なんでか顔を真っ赤にしながら、照れているのか怒っているのかわからない桜火。


「……あれが最近流行のツンデレね~」

「……なるほど、あれがツンデレですか」


 なにやら小声でよくわからない会話をする母さまと浩壱楼。あの二人何気に気が合ってるなあ。

 桜火はそんな二人の会話には気づかずに続ける。


「そ、それに私なら家もすぐそこだしね。何かあったとき便利でしょ? そ、それでいいですよね? おば様」


 ってなんでそこで僕じゃなくて母さまに聞く。


「そうね~、確かに桜火ちゃんのほうがサイズは近いかもしれないけど……」


 途中、珍しく母さまが口ごもる。いつもは日本刀のごとくすぱっと言う人なのに、どうしたんだろう?


「その、ね~。…………ぶっちゃけ無理」

「ええっ!? な、なんでですか!? あたしのほうが近いはずなのに……!」


 まさか無理といわれるとは思わなかったのか、桜火が母さまを問い詰める。

 その母さまは少し首をひねり、考えてから口を開いた。


「じゃあ~、桜火ちゃんと雪美ちゃん、胸のサイズはいくつ~?」

「む、胸のサイズ?」

「―――私は正確な数字の方は忘れましたが、Dです」


 涼風さん即答。

 ……少しは恥らおうよ、と思ったが、僕は一応女の子だし、浩壱楼は聞いているだろうが平然と新聞読んでるし、今まで存在すら忘れていた宗司は未だに独り言に熱中している。

 恥じらいを見せる必要性がどこにもないなあ。

 桜火も、それに気がついたのか、少しためらってから答える。


「わ、私はAですけど」


 その二人の答えに、母さまは、うん、と頷く。

 涼風さんがDで、桜火がA……あれ? そういえば僕って――


「みーちゃんは――Bよ」


 それから僕らは、なにやら理性が飛んだ桜火を宥めるのに、一時間以上の時間を要した。












「しくしくしくしくしくしく」

「桜火がまた壊れた……」

「……また?」

「あ、うん。この前も小学生の従妹に越されたって」

「……哀れね」

「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしく」



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