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10話

「………………あー」


 はい、思い出しました。

 ええ、しっかり思い出しましたとも。できれば一生忘れておきたかったけど。


 今は、僕の家。

 居間には今にでも自室に引きこもりたい僕と、僕の横にいる、ものすっっっっっっっっごく楽しそーな母さま。

 で、僕の目の前。



「ええええええええええぇぇぇぇえ…………っとお」


 目を閉じて眉間にしわをよせ、難しい顔をしながらさっきから延々と唸り続けている、桜火。

 少し前までソファの上でぶっ倒れていた彼女の顔に被せていた濡れタオルは……今ではすっかり乾燥どころか微妙に焦げてる焦げてるね、おいおい。

 僕を睨むようにして見、そしてまた唸りだすを何度も繰り返していた。


「これは夢やこれは夢やいやそうや夢に違いないまさかそんな鳩羽がこんな美少女にいやまてワイは何を考えてもともと男いやでもいまは――――――」


 なにやら焦点の合わない目で、あさっての方向を向きつつブツブツと小声で何かを呟き続けている、宗司。

 コヤツは早めに病院に行かせたほうがいいのか何なのか。


「ああ、やはりここの紅茶は美味いですね」

「ありがと~。せっかくだから持って帰る~?」

「いえ、結構です。下手な俺が入れたのでは、無駄になりますからね」


 一人いつもどーりに紅茶を飲んでいる、浩壱楼。今更気がついたが、こやつはクールじゃなくてマイペースなだけか。


「…………なでなで」


 そして、何故か母さまとは反対の僕の隣に座り、さっきから見たこともないような満面の笑みで僕の頭を撫で続けている、涼風さん。

 おかしい。この人こんなキャラだっただろーか……。


 ははは、なんだこのカオス。



 状況の経過は至ってシンプル。


 家に帰ると、桜火たちが清調を受けて退院してきた僕を見に訪れてきた。まあ入院しに行ってからメール含めて一切連絡をしていなかったんだから、ここは僕が悪いのか……。

 そしてこの時点で、やっと僕は忘れていた問題を思い出したのだ。完全に今更だったけど。

 で、桜火たちにしてみれば知らない――けれど、どっかで見たような――女子が母さまと家にいるわけで。


 まずこの時点で何故か桜火はやたらと僕を警戒するし、宗司はいきなり僕を口説いてくるし(桜火の炎+ハイキックによって瞬殺されたけど)、浩壱楼は冷静に僕を分析してるし。

 ただ涼風さんは始終落ち着かない様子で、そわそわしていた。


 というか、桜火や宗司、浩壱楼が見舞い――かどうかは知らないけど、とにかく退院した僕の様子を見に来るのは分かる。でも涼風さん、彼女が僕の様子を見に来たのは驚きだった。

 普段は学園でよくお世話になっているけれど、それでも学園以外では特に接点はない。


 ……いやほんとなんでだろう?


 まあ今それは置いておこう。

 桜火や宗司に何度も名前を聞かれたが、まさか本名ぶちまける訳にもいかず、結局黙っているしかなかったわけで。

 妙な沈黙と牽制とがリビングを支配し、まさに一触即発というところ。

 そんな状況でも、予想通りと言うかやはり母さまが核爆弾を起爆させた。


「この娘は~、みいちゃんよ~」

『……は?』

「だから~、元わたしの息子で~、現わたしの娘のみいちゃんだよ~」


 ……その後に起こったことは思い出したくない。

 外を見るとすっかり日が落ちようとしていた。僕が誰かということと、どうしてこうなったかという説明だけで数時間がかかった。ものすっごく疲れたなあ……。


「えー……っと、その、一応確認するけど、アンタはもう男には戻れないの?」

「――ふえ?」


 あ、やばい聞いてなかった。顔を上げると、桜火がこちらを見てというか目線だけで殺されそうな勢いで睨んできている。


「え? ああ、ご、ごめん。聞いてなかった。何?」

「……確認するけど、アンタもう男には戻れないの?」


 こ、怖い! なんかチリチリ焼けてる音と匂いがするのは気のせいだと思いたい!


「も、戻るって言ってもね。もともとこっちが本来の僕らしいから……」


 僕や桜火にとってみれば、僕は本来男であって、女の子であるほうが異常なのだけど。

 しかし実際は男であったときのほうが異常だったと言う。

 なんとも世知辛い世の中である。


「……アンタはそれで納得してるの?」

「納得はしてないけど……諦めてはいる」


 主に今日一日が原因で。


「駄目じゃん」

「駄目かなあ」


 しかし実際もう一度男になる手段はない。某そっち系が有名な国で外科手術、という荒業も存在するけど、さすがにそれは怖いし。


「無理しなくても大丈夫よ」

「え?」

「無理しなくても、大丈夫」


 そう諭すように言ったのは、僕の横にいた涼風さんだ。

 どこか、いつものクールな雰囲気の中に、柔らかいものが混ざっている。


「それが本来の鳩羽君であるなら、きっと大丈夫」


 暖かい。

 氷で覆われた涼風さんの心の奥が、少し見えたような気がした。

 いやまあ今だ僕の頭を撫で続けているのが激しく謎であるのだけど。


「……それでその辺はどうでもいいけど、いやよくないけど、アンタこれからどうするの」


 気がつくと、何故かさっきよりさらに不機嫌になっている桜火が、やはり不機嫌そうに言葉を投げかけてくる。

 なんか今日は他人がわからない……。


「これからどうするって……何が?」


 これから、と言われても、男になる手段が今のとこ無いなら、当面は女の子として生活するしかないだろう。というか母さまによって、女の子として生活させられるんだろう。間違いなく。

 現状、これ以上何かまだあるというのか。


「何がって、学園」


 あった。

 しっかりあったね。










「いやいやしかしワイはそのケはないし、しかーし既に賽は投げられてるようなもんでそれでもやっぱそこは」

「……で、あれはどうしようか」

「放っておけ。邪魔になれば頭から風呂に叩き込めば正気に戻るだろう」

「いや浩壱楼、それ物理的にトドメ刺してない?」


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