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9話

「で、まずはどこに行くの?」


 駅前の、様々な店が集まった複合型大型施設で。僕は母さまと一緒に歩いていた。


「ん~、だーいじょうぶだよ~♪ わたしにまかせなさい~」


 道行く人が男女問わず振り返るほどの、満面の笑顔。


「なにが大丈夫なんだか……」


 じりじりと照らしてくる太陽を頭上に感じながら、ため息一つ。

 涼しげな色合いのスカートやノースリーブの上着といった母さまとは対照的に、今の僕の格好は大き目のジーパンにだぼっとしたTシャツという格好だ。長い髪が汗で張り付いてきて、結構鬱陶しい。

 上に着ているシャツが黒っぽいという理由もあるのだが、今日は普段より日差しが強いせいで、体感温度が大絶賛上昇中。

 正直暑いが、以前とは違ってまだまだ体力的に余裕が感じられる。眩暈が起こったり、それがひどくなって倒れそうになったりすることも無い。

 こんな感じで前との違いを自覚するのは微妙に納得がいかないのはなぜなんだろーね。


「こっち、こっちだよ~」


 この暑さの中でも元気な母さまが、僕の手を引いてどんど進んでいく。

 しかしなんだな。むわっとする暑さも嫌な感じがするが、この粘りつくような好奇の視線も大概だ。あまり買い物自体に気は進まないのだが、だからといってスローペースで行くのも精神的な重圧が強い。


 ……ここはさっさと終わらせてしまう方がいい、かな。


 心持ち重い足を引きずって、母さまに着いていく。


「じゃ~ん、到着~!」


 そして着いたその店は――




「みーちゃんこれも似合うし~。むむむ~、こっちも捨てがたいな~」


 いや、なんというか、まあ予想通りではあるのだけれどね?


「みーちゃん、これとこれどっちがいい~?」


 と、母さまが両手に持ったそれ(・・)を掲げ、僕に聞いてくる。

 確かに選んでいるのは僕が着るものだ。僕が選ぶのは当然だとは思うのだけど、


「母さま……さすがに僕にいきなり下着を選ばすのはやめてもらえません?」


 母さまが街に出て真っ先に来た店――そこは俗に言うランジェリーショップだった。

 確かに体は女の子になったのだから、いつまでも男の下着を着用していると言うのも主観はともかく客観的には妙なことだろう。だから必要であるというのは分かるけれど……突然選べといわれても困ると言うか、ぶっちゃけ物凄く恥ずかしい。

 顔が真っ赤になっているのが自覚できるし、実際に鏡を見たら耳まで赤かった。


 そんな僕のことは気にせず、母さまは色々と物色していく。

 男性用とは違い、女性用はその専門店まで用意されている。しかも、今回来ているその店はまた結構な大きさで、母さまは端から端まで見て回るつもりらしい。確実に精神もたん自信があるがどうだろーか。


「赤も似合うしな~。でもでも、ちょっとオトナっぽい黒もいいのよね~」


 街に来て最初に入った店が、まさかここだとはさすがに予想の斜め上を飛び越えてくれた。もうさすが母さまとしか言いようが無い。

 事情を知らない店の店員や他の客からは、『姉』が『妹』に下着を選んであげてるように見えるらしく、やたらと微笑ましい目で見られている。もしくは『妹』が『姉』に、か。


「母さま、さすがに無理だってば」

「う~ん。早いところみーちゃんに、女の子に慣れてもらおうと思ってるんだけどな~」

「気持ちはありがたいけど、いきなり五段ぐらい飛ばし過ぎ」


 というか女の子に慣れる、というのもすごい話だなあ。

 僕が両手を挙げて降参のポーズをとると、母さまは少しだけ悩んだそぶりを見せる。


「しかたないな~。じゃあ今回だけわたしが選んであげる~。次からはちゃんと自分で選ぶのよ~?」


 仕方がない、と言いつつものすごく嬉しそうなのは何故だ。


「すいませ~ん。これお願いします~」


 母さまが持っていたものをすべてレジに持っていく。って結局全部買うのか。

 と、店員が袋に入れていると、母さまがその内の一つを手に取り、


「あ、これはすぐに着ますから~、袋に入れなくていいですよ~」


 ……は?


「それと、今は()を選んだだけで、()も買っちゃうからね?」


 ………………What?





「じゃあ次行こっか~」

「う、うん」


 今はランジェリーショップでの買い物を終え、店から外に出たところ。

 母さまはあれだけはしゃいでいたのに、未だ元気いっぱい。だけど僕はそれどころじゃなかったりする。

 それは前に歩くたびに、胸や、腰の辺りに物凄い違和感が生じるからだ。


「? どうしたの~? なんだか落ち着かないみたいだけど~」

「えっ……と、その、下着がやっぱり慣れなくて」


 下着と言うのはもちろんさっき店で買ったものだ。買った直後にいきなり着るはめになるとは思わなかった……。

 さっきまで下はトランクスで、上はなんとサラシを巻いていた。母さまのでは小さ……いや、サイズが合わなかったので、付けずに行こうとしたらマジ説教を食らい、妥協案としてそうなったのだ。『男はみんなオオカミさんなのよ』って、つい最近までは僕も男だったんですがねー。


 まさかこんな物を着けたり穿いたりする事になるとは、一週間前なら考えすらしていなかったんだけど。人生なにが起こるかわからないね、皮肉だけど。


「大丈夫よ~。きっとすぐに慣れるわ~」


 何が大丈夫かはさておき、正直慣れたくない気分でいっぱいです。


「さ~て、次は化粧品を買いに行くわよ~」

「あれ? 先に服を買うんじゃないの?」


 先に下着を買ったものだから、次は服を買うものだと思っていたけれど、どうやら母さまの脳内プランでは先に化粧品らしい。


「ええ~、そんなお楽しみは最後までとっとかないとね~」

「お楽しみって」


 なんとも理由が母さまらしい。ちなみに母さまは好きな食べ物は最後に残すタイプである。


「じゃあ、目的地に向かってにしゅっぱーつ!」

「わわっ、引っ張らないでよ母さま!」


 その後も化粧品売り場やアクセサリ、香水までもを複数購入していく。

 しかし、なんで女性用の化粧品はこんなに種類があるんだろうか。母さまが適当に買ったが、正直何をどう使うのかがさっぱりわからん。……これ以上は頭パンクするぞほんと。

 そして――


「これとこれとこれと~。あ、これもついでに~。ああ! あとこっちも~」


 今母さまの目の前には服、服、服の山。詳しく数えてはいないが、見た感じだけで三十は軽く超えているだろう。あまりのことにアルバイトであろう店員もぽかんとしている。


「うふふふ~。みーちゃんには何を着せても似合っちゃいそうだしね~。いーっぱい買っちゃお~」


 テンションだだ上がりの母さまは、僕に着せるための服をあれこれと購入していく。まさかこの店にあるもの全部とか言い出すんじゃないだろうな。

 その数もかなり多いが、当然種類も多い。というより種類が多いから数が多くなっているようであるけど、中には何故かメイド服やゴスロリ衣装も含まれていた。……あれは母さまの自分用と信じたい。


「一応聞いておくけど、これ全部どうやって持って帰るつもり?」


 量的にどう考えても僕と母さまじゃあ無理です。

 すでに僕の腕には母さまに買ってもらった物が入った紙袋が、それぞれの腕に下がっている。さすがにこれ以上は持てん。


「宅配便で送るから大丈夫よ~。一着だけはここで着て帰るけどね~」

「こ、これもここで着て帰るの?」

「もちろ~ん。さ~て、どれにしよっかな~♪」


 ……なんとなく下着を着せられた時点で予想はしていたが、なんかもうすっぱりと希望を持つのは諦めたほうがいいかもしれない。

 で、買い物と着替えと配達の手配が終わって、ようやく家に帰ることとなった。うん、すっかり暗くなってるね。

 

「はあ……」


 おもわず溜息。ここ数日で癖になりつつあるなこれ。

 その溜息の原因である母さまと、僕の今の姿――白のスカートと、ピンク色のシャツという、どこからどう見ても男がする格好じゃない格好をしていた。


 本気で恥ずかしい。本気と書いてマジと読むぐらい恥ずかしい。


 下着の着心地も全く慣れていないというのに、さらにスカート。

 スカートは足元の風通しがよすぎるし、すぐに捲れあがってしまうしと、酷く落ち着かない。一応、スカートの丈が足首ほどまであるロングスカートであることが救いといえば救いである。これで普通のスカートだったら、間違いなく街中を歩けない。

 そんな僕の心情を知ってか知らないでか、母さまはかなり上機嫌だ。

 ああもう、軽く欝だ。


「はあ……。せめて早く帰って着替えよ――う?」


 突然感じた、寒気。

 ゾクリ、と悪寒が走ったかと思うと、どこからか、視線を向けられていることに気がついた。それも一つではなく複数。

 目線だけで周囲を窺うと、周りにいる人たちが僕たちのことを見ていた。中には携帯のカメラでこちらを撮影しようとしてくるヤツもいる。なんなんだいったい。


 別に変なところはないはず。と言いたいところだけど、僕も女の子の服を着たのは初めてだ。そもそも今までもファッションそのものに興味がなかったので、正直おかしいところがあっても僕にはわからない。

 一体何が原因なんだと必死に原因を考えていたが、しかし隣の母さまはいつも通りマイペースだった。


「ふふふ~、みーちゃんってばすごいね~」

「す、すごいって何が?」


 この状況で突然すごいと言われても、何がなんだか。


「み~んな、みーちゃんのことを見てるよ~。やっぱり可愛いと、注目の的だね~」

「か、かわいい?」

「うん~。前も十分可愛かったけど~、今は前の百倍位とってもと~っても可愛いよ~。あまり一人で出歩くと危険かな~と思えるぐらいにはね~」

「う……」


 かわいい?

 誰が?

 僕が?

 隣を見ると、ちょうど店のガラスに僕の姿が映っている。


 小柄な体に、大きな瞳とショートカットの髪。胸は絶壁だが、全体的にのほほんとした雰囲気があり、小動物的な可愛さが―――っていやいやこれは母さまだ。ナチュラルに間違えたが、僕はその隣だ。

 母さまと同じぐらいの小柄な体に、少し細めの瞳。腰ほどまである絹のようなロングヘアーが風でふわりと揺れた。胸は、まあ母さまよりはある、とだけで。心の整理がついていないので、あんまり考えたくない。


 それは置いておいて、今着ている落ち着いた服装と、僕の病弱だった頃の雰囲気が相俟って、どこか儚げな印象を与えている。

 なるほど、たしかにこれは可愛い、と言える部類に入るのだろう。

 だけど今僕はガラスに映った僕の姿が、それは僕であるのに、どこか他人に見えてしまった。

 早い話、僕はまだこの変わった僕の姿が『鳩羽みい』であると、僕自身であると認識ができていないらしい。


 ……ああもうかなり欝だ。

 そんなときは――


「帰って寝よう」

「ああ~、急に置いてかないでよ~!」


 今現状の問題を高速長距離砲で投射して、家に帰ることにした。

 いやもう考えるのめんどいし。


「でも……」


 やっぱり、なにか忘れてる気がするんだけど……。


「ま、いいか」












「ところで……そっちの袋に入った妙なカチューシャは、何?」

「ふふふ、せっかくだから猫耳犬耳ウサ耳、狐耳とそろえたわ!」

「いやそうではなく」

「大丈夫、ちゃんと服とセットで買ってるから! ……カメラのメモリと(ボソッ」

(やばいこれはやくなんとかしないと……!)


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