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灘諸国は総人口二十万に満たない小さな国だ。七つの国々で構成され、その頂点がわたしの住む、灘国。
灘国内には、五つの町があり、東灘一色、西灘一色、南灘一色、北灘一色、そして、灘中央となっている。首都は、北灘一色を経て、現在、南灘一色町となっている。
ここ灘国では、代々、四総帥と言われている名家の人間が上に立ち、指揮を取っている。
国独自の法律を設け、名家四家の人間は町のすべてを向上、また維持出来るよう尽くすのが定め。
そう、灘国の東西南北の町に位置する「高ノ居家」「岩本家」「高藤家」「土岐島家」の名家四家の当主が御殿を構え、それぞれ会社や店を持ち、国や個々の町の運営資金に充てている。
特に名家四家が力を注いでいるのが、名家と平民である、町民の溝埋めだ。
主にそれは、町民サービスとして、名家四家の息子である、殿王子や娘である、姫王女が表に出て、公式業務を行うこと。このときの町民の熱狂ぶりには驚いてしまう。
「一恵?」
こっちにいたのね、と微笑んだあと、お母さんは、どこかにいくの、と続けて訊いてくる。
「駅ビルまで、ね。友達と会う約束があるから」
そう、と短く返事をすると、わたしの目の前にご飯と味噌汁を置く。
「たまにじゃなくて、休みの度に出かけたらどうなの?」
不思議そうな顔をして、お母さんはわたしを見つめていた。
「めんどくさいの。休みの日にどうしたっていいじゃない。もう二十歳なんだから」
「そう……」
それ以上、お母さんはなにも言わなかった。
……わたしの時間は、あの時のまま、そう高校時代で止まっているのかもしれない。
あの日以来、一度足りとも友達と遊ぶことはしなかった。
清々しい空気の中で、わたしは深呼吸した。
ホームに入ると、同時に電車が滑り込んで来る。
ゆっくりとした足取りで、車内に入った。まだ、早い時間のせいか、乗っている人はほんの数人程度だった。
揺れる電車の中で、わたしは窓辺から風景をぼんやりと眺めた。
不意に、かすかな記憶の断片が、わたしの脳裏に蘇る。
「司ぁー」
遠くから甘ったるい声がする。聞き覚えのある声は、だれなのかすぐにわかった。
「司ってばぁー」
あれは、司とつきあっていたころの、わがままなわたしの声……。
◆ ◆ ◆
「明日、ここで待ってるねー」
駅の五番ホームで待ち合わせをし、ふたりで一緒に学校に向かうのがパターン。
翌朝、わたしは待ち合わせの場所で司の姿を探していた。だけど、彼を見つけられなかった。
司、どうしちゃったの?
わたしは柱に背を預けたまま、大きくため息をついた。