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恥ずかしい。早く、ここから逃げたい!
「電車が来るの」
彼女の瞳を覗かずに、わたしは言った。
「え?」
「ごめんなさい。急いでいるから」
「え、ちょっと、一恵ちゃん」
追いすがる彼女の声を、わたしは必死で引き剥がす。
あんな思いはもうしたくない。彼女がたれだっていい。……だれだって……。
早足で駅に駆け込むと、そこでわたしは初めて振り返る。
……よかった。着いてこない。
わたしは安堵の息を漏らした。
その夜、久しぶりに部屋の内線が鳴った。
受話器を外し、耳につけた。
「お嬢様、お電話なんですが……」
そう言うと、たき江は言葉を濁らせた。
彼女は、わたし専用の侍女。いつも、わたしあての電話がくると、つないでくれる役目になっている。
「どうかしたの?」
「すみません。相手の方がお名前を名乗らなかったのですが、どうしても、お嬢様につないでほしいと言われまして」
名前がわからないなら、つながないでよ。たき江のバカ。高校の友達だったら、なおさら出たくないのに。
心の中で思っていても、口に出すことはしなかった。
「いいわ。出るから」
すみません、ともう一度あやまってから、たき江は通信を切った。
「代わりました。一恵です」
『突然ごめんなさい。今日、駅ビルで会ったよね。どうしても一恵ちゃんと話したくて』
聞こえてきたのは、やわらかい声のあの女性だった。
えっ?!
驚きのあまり、息するのを忘れそうになった。
ちょ、ちょっと、待って? ど、どうして?!
不思議でしかたなかった。
受話器の向こうから、女性の弾んだ声が耳に届く。
『お話の途中で、一恵ちゃん帰っちゃったから……。でも、懐かしくて電話しちゃった』
「……どうして、電話番号知ってるの?」
わたしが訊くと、突然彼女の声が沈む。
『……え? そっか、わたしのこと、覚えてないんだね』
「ええ」
記憶を手繰り寄せず、わたしは即答した。
いまさら、昔の友達と仲良くなんてしたくもない。
なぜ、放っておいてくれなかったんだろ。
こんな、地味子としゃべってもつまらないだけ。
『ねぇ、明日、都合よかったら会ってくれないかな? そうしたら、話すから』
……なんのために、今日電話してきたの? ここで言えばいいのに。
受話器の向こうの彼女に気づかれないように、そっとため息をついた。