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「落ち着かないけど……」
もう、何でもいい。早くここから離れたい。出来るなら、帰りたいくらいだわ。
さっきから、わたしたちの近くを何人もの人が通り過ぎて行った。
「ね、オススメの場所があるの。ほら、あそこの店なんだけど、ミルクティーがとてもおいしいんだ、どう?」
彼女の指先を辿ると、大きなテディ・ベアのぬいぐるみがイスに腰掛けているのが目についた。
ふーん。あそこならいいや。あ、あれ? そう言えば、高ノ居さんが話していた話題の中に、あったような。
「一恵ちゃん、だめかなぁ。それとも、ミルクティー、苦手とか?」
「ううん、そんなことない」
雑音が耳に届くと、それがすべてわたしへの陰口に聞こえ、どこか静かなところへ逃げ出したくなる。
はぁ、どうしよう。なんか、帰りたくなってきちゃった。……って、なに考えてんだろ。
待たせた挙げ句、今度は帰りたいなんて。
可奈が知ったら、本気で嫌われちゃうね。
「もしかして、ここのお店、行きたくない?」
彼女はわたしの気持ちを尊重してくれているのか、少し遠慮がちに訊いた。
ううん。違うよ、可奈。店に入りづらいだけ。入ったときの注目がいやなだけ。
「そんなことないわ」
「それじゃ、行こうよ。一度行ったら、忘れられないよ」
表情は見ていないからわからないけれど、彼女の声は弾んでいたので、きっと微笑んでいるのだろう。
……やさしいね、可奈。店に行くくらいで、こんなに待たせたら、会社の同僚なら、わたしを無視して入っていそう。
こういう人、あまりいないよね。これ以上、待たせちゃ悪いし、入ってみようかな。
「いいよ」
そう伝えると、彼女は自分の手のひらをわたしの手にくっつけてきた。
え……?
彼女の手のひらが、わたしの手に触れる。
暖かい手……。こういうことしない方がいいんだよ、可奈。変わってないんだね、このクセは。
彼女に先導されて、わたしは店の中へと入った。
ドアにつけられてあったカウベルが、音を立て鳴る。
店内はさほど混んではいなかったが、にぎやかな声が耳についてきた。
「あそこにしようよ」
わたしの手を握ったまま、彼女は窓側に設置されたテーブルに足を運ぶ。
「テーブルの上に、店の前に置いてあるのとそっくりなミニチュア版を飾ってあるなんて、いいと思わない?」
そう言うと、彼女はコートを脱いでイスの背もたれにかけた。わたしもそれに倣う。
イスに腰掛けると、すぐに店員が水とメニューを持って来た。
「なににしようかなぁ」
……なんで、可奈はわたしになんか会いたがったんだろ。
メニューを見ては、あれこれと悩む可奈の姿を見つめながら、わたしはぼーっと考えていた。




