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心の鍵~since2003~  作者: 那結多こゆり
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「そんなに回ると、気持ち悪くなるよ」

「ほーい」


 ぴたり、と止まると、可奈ちゃんは平衡感覚を失って、地面に手をぺタリとつけてしゃがんだ。


「平気?」


 可奈ちゃんの顔を覗き込んだ。サラサラしている髪の毛が、夕日の光に照らされきれいな光沢を出している。


「うん」


 頷いて、可奈ちゃんは話し始める。


「ほんとはね、わたしって幼いかなーって思っていたんだ。……一恵ちゃん」

「なあに?」

「……よいしょっと」


 ゆっくりと、可奈ちゃんは立ち上がった。


「これから、少しずつ大人になるんだ。一恵ちゃん、がんばるからね。わたし」


 返事をすると、可奈ちゃんはまたガッツポーズをしてみせた。

 その姿がなんともかわいらしかったので、わたしはこのまま大人になればいいなあ、と本気で思った。

 中学二年、三年とも可奈ちゃんとは一緒になれなかったけれど、クラブで顔を合わせていた。

 卒業するまで、可奈ちゃんはあのまま変わらなかった。


              ◆ ◆ ◆


 可奈の『がんばるぞーさん』のポーズを脳裏に浮かべ、ふふふと笑った。


 そうだわ。可奈に会いに行かなくては。


 思い出して、わたしは腕時計を見た。


 九時五十八分……。可奈、もうそろそろ来るはず。


 しかし、わたしは動きたくなかった。寒いからではなくて、行きたくないから……。

 六番線まであるホームには、あちらこちらで、電車が止まっては人を下ろし、また乗せ去って行く。


 待ってくれるって言ってたけど、ほんとに可奈、来てくれるのかな。

 わたしをだましているのかもしれないし……。

 ばかね、あのがそんなことするわけないじゃない。

 だけど、もし……。どうしよう。


 しばらくの間、わたしは肯定と否定を繰り返していた。

 電車の近づいて来る音が、わたしの耳に届く。

 座っている後ろの六番ホームに、霧吹きのような音を立てて来た。

 駅員の放送が流れると同時に、一転して騒がしくなる。


 うるさいなぁ。


 ふと、腕時計に目を落とす。


 ……あっ、もう十時すぎている。いやだけど、待ってたら悪いし。行ってみようかな。


 そうは思ってみたものの、まだホーム内は雑音に包まれている。

 ここで行ったら、人込みに紛れながら行かなくてはいけない。


 もう少し、待ってようかな。


 ふぅー、とため息をつく。出た吐息は、雲みたいにも見えた。

 階段の方を向くと、わたしくらいの歳だろうか、女性がふたり、こちらに歩いて来る。

 彼女たちは、色違いのスーツを着ていた。


「結婚するなら、四十代がいいかな」

「四十代ぃ?! ちはる、いくら何でも……」


 薄い黄緑色のスーツの人が呼ぶ名前に、わたしは息を呑んだ。


 まさか、ちはるって……。

 足早にわたしの前を通る彼女たちを見る。

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