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心の鍵~since2003~  作者: 那結多こゆり
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 わたしが通う、相良女子高と対になる、きざはし高はおぼっちゃん学校だ。

 本家や本家四家と婚姻可能のスペシャル待遇がある、筆頭分家に、次頭分家や中級分家といった分家筋の子息。そして、本家や分家と血のつながりのないけど、資産家という特別階級の地位を親に持つ良家の子息が通うことで有名。

 ただ、筆頭分家や次頭分家を除いて、中級分家以下の地位はほとんど通うことができず、違う学校を選択するのが多いし、まして、平民である町民が通えるのは、非常に稀だ。それだけ、この高校が提示する条件と寄付金は破格だといえる。

 だから、土岐島の姓を名乗り、しかも階の制服を着ている彼を、本家か筆頭分家かな、と思い、焦ってしまった。


「? 何か言った?」

「あ、ごめんなさい。なんでもないの。用件言って?」


 やばっ。土岐島くんに聞こえちゃうところだった。


 ったく、マジめんどい法律よね。

 まあ、本家の方なら仕方ない。国や町の発展のためにいろいろ公務もこなしているから尊敬の意を込めて付けられる。でもなんで、権力を振るいたいから自分の息子や娘を本家に嫁がせることに躍起になっている筆頭分家や自分たちの懐を潤すだけに力を注ぐだけの次頭分家に、様付けしないといけないわけ?! 納得できないんだけど。


「あぁ。えと……僕、電車まで司と一緒なんだ」


『一恵は中級分家として発表しているんだ。もし、本家や筆頭分家、次頭分家の者と話す機会があれば、呼び名を改めなさい』


 だってさ。どんな意図で、わたしを中級分家として発表したのかわか……って、そうだ! 分家父母を救うため? だったっけ。かなり幼かったときだったから、すっかり忘れていたわ。


 そう……当時、わたしは5歳だった。

 母から言われたことが理解できず、不安になってなきじゃくったのを今でも覚えている。母がそんなわたしを見て、困惑していたとき、偶然、祖父が来る。


「お祖父様、一恵のこと……嫌いなの?」


 ようやく、母の腕の中で落ち着いたわたしは、濡れた声で祖父に問うた。


『そうじゃないんだ、一恵』


 それだけ言って、やさしい表情のままわたしの頬に流れた涙を拭き取ってくれた。

 なんだか、祖父の表情に見え隠れした、苦痛に満ちた顔を見たら、それ以上聞けなくなってしまった。


 わたしは、春から町立の小学校に通うことになっていた。中級分家の生まれと発表されても、その家に住むわけでもなく、生まれ育った本家の邸宅から通うようにと言われた。


『この人たちは、岩本海里かいりさんと麻実あさみさんだ。今回、一恵が分家として発表されるから、協力してくれることになった。分家の両親として慕ってあげなさい』


 父から言われ、わたしは、よろしくお願いします、と頭を下げた。

 と同時、紹介された分家両親は、慌てて、勇様、と言葉を求めた。


『一恵、この本家の中ではやめなさい』

「どうして?」

『ここでは、一恵は本家の娘だ。いいかい、一恵。分家の海里の家で過ごすことがあった場合、今のようにすればいいよ』


 コクリ、頷くと、父と海里と呼ばわれた分家父が安堵の溜息を吐く。


『一恵様のお部屋を用意させていただきました。お友達を呼ぶことがありましたら、ぜひわたしたちの家にお越しくださいね』


 緊張した面持ちで分家母が言った。


「うれしい。ありがとう!」


 父の説明では、小学校は本家から徒歩で通い、分家に住まなくてもいいが、友達を招くことがあれば、分家の方にしなさい、ということだった。


 それから、分家両親について教えてもらった。

 分家父の海里さんは、岩本の次頭分家当主の弟。弟なら、家の家督は告げなくても、次頭分家として当主を名乗っても許されるのだが、兄の許しを得ることが出来ず、中級分家の当主になるしか道が残っていなかった。兄と言っても、母親が違う異母兄弟で、とても仲が悪かったと、分家父は瞳を翳らせた。

 分家父の母親は、筆頭分家の血筋。対する、異母兄の母親は、中級分家の血筋らしい。通常、兄弟で家督を分ける場合、兄が上、次が弟になる。しかし、今回、弟の母親の出身階級が上で、自分の母親が下の階級の場合、いくら兄弟だとしても、兄は弟である分家父を格下の中級分家の当主になれ、と言えない立場となる。異母兄弟で家督を分ける場合の順位は、生みの親の出身階級が軸になるから。

 なのに、法律違反を犯してまで、自分は上位分家につき、うまくいっていない弟を格下に押し込めていまう行為を知り、本家が救済処置をするためのカムフラージュにわたしが使われたのだと、後々知った。


 当時はショックだったけど、それで分家両親が幸せになったなら、まぁいっか、と思った。


 一通り説明を終えると、分家両親はわたしに一礼をし部屋を出て行った。


 まあ、分家父母には、幸せになってもらいたいから、あまり愚痴りたくないんだけど。

 ウザイっていうか、かったるいだけなんだよね。

 それより、その行為が納得できないぃ。呼び方なんで、別にどうでもいいじゃないって思ってしまうわ。


「あいつ、いつもの場所にいなかったからさ。そのこと、伝えよーかと思って。……岩本さん、聞いてる?」

「へ? あ、あっ。ご、ごめんなさい。考え事してて……」

「そっか。じゃあ、もう一度言うね。僕、電車まで司と一緒なんだけど、今日は、いつもの場所にいなかったんだ。それ、伝えたかった」

「! そう……ありがとう」


 お礼を伝えた声は、土岐島くんに届いたか、わからないほどの小さなものだった。

 それより、わたしの頭の中は司でいっぱいになり、お礼どころではなかった。


 ……司、風邪でもひいたのかなぁ。ううん、そんなはずないよ。

 昨日、電話した時には元気だったし。もしかして、寝冷して具合悪くなったとか?!


 心の中で、不安が渦をまいていた。

 目の前にいる土岐島くんなんて、もうどうでもよかった。だけど、知らせてくれたのはありがたかった。


「じゃ、僕はこれで……」


 わたしは慌てて土岐島くんを引き止める。

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