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心の鍵~since2003~  作者: 那結多こゆり
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一恵かずえ

 喧騒の中、懐かしい声を聞いたような気がした。

 ……智春ちはる……? ま、まさか……。あの子がわたしを呼ぶなんて……。

 わたしは顔を上げて声の主を探す。

 そんなに混雑しているわけでもない車内では、人の顔は容易に見渡せる。

 ふたり掛けのイスの真中に、どすんと腰掛けている太った男性。

 反対側の出入り口付近で、新聞に見入ってる女性。

 その近くには、制服に身を包んだ高校生が、手すりを掴み起用に居眠りしていた。

 どう見ても、この中に彼女の姿はなかった。


 そうよね。あたりまえじゃない……。わたし、なんで智春を探してしまったのかしら。ばかみたい。

 ……残業続きで、頭がおかしくなったのよ。

 入社して間もない子に、どーして大切な伝票を書かせるのかしら。

 高ノたかのいさんって、意地悪。どこが、気さくでいい子なんだろう?

 『短大卒なら、軽いわよね』って、学校ではそんなこと勉強するわけないじゃない。

 課長も、それで『じゃあ、頼むな』だなんて、ひどいわ。


「一恵」


 ……また?

 わたしは、もう一度顔をあげる。手すりをぎゅっと、強く握った。

 できない。また、後ろを向いて他の乗客の顔を見ることなんて……。もう、わたしはそんな勇気なんてないよ。

 きっと、幻聴に決まっているわ。疲れがたまっているのよ。


『智春ぅー。一恵ってあの子でしょう』

『そうよ』

『ふーん。あんなのがねぇ』


 や、やめて……。思い出したくもないのに。

 こびリつく記憶の残滓ざんしを振り払おうと、わたしは軽く頭を振った。

 もし、ここに智春がいたとしても、わたしに声をかけるはずもない。

 短くため息をつき、わたしは車窓から夜の街をぼんやりと眺めた。

 街の明かりと重なって、窓にはわたしの顔が映る。

 あのころとはまったくちがう、くすんだ表情の自分が……。

 ふと、記憶の端をひとりの少女がかすめた。

 美しく、自信に満ちた少女。なにもかも恐れずに、幸せに微笑むことができる

 恋人かれの腕の中で、安心して甘えていた少女。


 それは、まぎれもなく高校時代のわたし……だ。

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