時系列的には、『恋する男と書いて』・・・のすぐ後です
コイバナに花を咲かせる小さな乙女たちにとっては、がたがたと馬車に揺られる単調な旅さえもが楽しくて仕方ない。
男たちを締め出した馬車の中で、ユリとメグは額を寄せ合うようにして誰にも内緒の会話を交わしていた。
「・・・・・・で、そのとき思ったの。私、この人のお嫁さんになるかも・・・・・・って。」
すでにサケヤの気持ちを確かめたメグの話は主にノロケだが、ユリはそのすべてをきらきらと小さく瞳を輝かせて聞き入っている。
「でも、ユリも『婚約』しているんでしょ? ね、どっちからプロポーズしたの?」
ユリが小さく首をかしげた。
「ユリ、決めた。スラスラ、承諾?」
「ええっ、勝手に言ってるだけなの? でも、あのスライムと付き合ってるのよね?」
ユリがさらに首をかしげる。
「好きって言われてないの?」
「ユリ、スラスラ好き。スラスラ、ユリ、好き?」
「知らないわよ! そういうことは本人に聞きなさいよ!」
「聞く、恥ずかしい。怖い。」
もじっと洋服のすそをひねるその姿に、メグが小さくため息をついた。
「そうよね、恋する乙女ってそういうものよね。だったら・・・・・・」
「よし、きゅうけ~い! 一休みしたら、ここに設営を始める。」
先頭から聞こえた声に、ギガントに姿を変えていた彼はずるりと形を崩す。
ユリたちに馬車から締め出されたスライムは、歩兵隊に混じって一日中を歩いていたためにひどく疲れていた。
「ぐうう、もう膝液すら動かねぇ・・・・・・」
そんな彼の背後から、高らかに響く笑い声。
「はーっはっはっは~、乙女の恋の救世主、ラブレンジャー推参っ!」
(またおかしな遊びを始めやがったな。)
振り向いた彼は激しい脱力感に、べちゃっと柔らかな体で這い蹲った。
(もうちょっと、それらしい格好ってモンがあるだろうよ。)
ありあわせの布で顔を隠し、マントをなびかせている二人の少女はどう見てもユリとメグだ。ユリにいたっては、覆面に収まりきらなかった銀色のツインテールがぴょこんと跳ね上がっている。
「私は愛と正義のラブレッド! そして彼女はラブグリーンだ!」
(グリーン? ブルーもイエローも飛び越えて? お色気担当のピンクも押しのけてグリーンってどういうことだよ!)
「スライム! 今日はお前の真実の愛を問いに来た! うそ偽りなく答えないと、この愛のこぶしで愛の鉄拳を・・・・・・」
(『愛』って単語が多すぎるんだよ。あ、『ラブ』レンジャーだからか。)
疲れきってツッコむ気力すらないスライムは、ずるりと眼球液を上げる。
「で、何をする気だ、ユリ?」
「ユリ、無い。グリーン。」
「はいはい。グリーンね。」
「われわれが何者かは問題ではない!」
(のっりのりだな、メグ。)
「スライム、貴様が真に愛する女の名を言ってみろぉ!」
「ああ? んなこと、お前らガキに聞かせるこっちゃねぇよ。」
そのとき、どこからか響き渡る耳慣れた声!
「子供で無ければ答えるんですね!」
ありあわせの覆面から、豊かな金髪がのぞいている・・・・・・
(おまえもか、ヤヲ!)
「ラブブルー見参! さあ、答えていただきましょうか! あなたの想い人のその名を。」
「あああ、面倒くせぇ遊びを始めやがって!」
スライムは不安げに揺れる銀髪をぼんやりと眺める。
・・・・・・もし、俺の人生に必要不可欠な女を問われたら・・・・・・
間違いなく、この銀髪の小さな主を選ぶだろう。
戦場で親兄弟を売った心の傷はいまだ完全には癒えない。過去の亡霊に追い回され、『裏切り者』とののしられる夢にさいなまれる夜もある。そんな時、目を覚ました暗闇の中で感じる暖かな重みがどれほどの安心感を与えてくれているのか、この小さな主は気づいても居ないだろう。
何の疑いも恐れもなく静かに預けられた寝息にどれほどに赦されていることか・・・・・・先のわからない恋心などにおぼれてこの主を失うようなことがあれば、きっと、俺はおれ自身を許さないだろう。
(だから、言わない。こんな遊びに乗っかって、軽々しく言えるわけがない。)
スライムはへらりとした笑いを外皮に浮かべた。
「別に、想い人なんてこじゃれたモンは居ねぇけどな。俺だって男だから、好みのタイプってのはある。」
ユリ・・・・・・いや、グリーンがごくりとのどを鳴らす。
「俺はロリじゃねえからな。まず、ガキは無理だ。」
グリーンが言葉によるダメージにがっくりと膝をつく。
「グリーン、しっかり!」
「大丈夫です。チョーカーさえ外せば、大人のお姿なのですから!」
スライムがさらに、にやりと笑う。
「やっぱり男としては、こう・・・・・・ボリューム感にあこがれちまうな。」
平らな胸に精神ダメージを受けたグリーンは、ばったりと倒れこんだ。
「無念・・・・・・」
「グリーン、ぐりいいいいいいん!」
「くうっ! よくもグリーンを・・・・・・」
「いつまでも遊んでねぇで、さっさとテントの用意をしろよ。それとも、今夜は『寝台』はいらねぇのか?」
ユリがぴょこんと飛び起きてぽん、とスライムに飛びつく。
「スラスラ、必要。」
(馬鹿。俺こそ、お前が必要なんだよ。)
ぽよんとゆれるその弾力に大事な女を抱え込んで、スライムは深い安堵に小さなため息を漏らした。