働いたら負けっ!
王としてのデスクワークは、むしろスライムの得意とするところではあったが……それでも休息は必要だ。
執務室でユリ【大人型】と茶菓など頬張りながら、彼はつかの間の至福に浸っていた。
「美味?」
「ああ、口に入れるとほろりと崩れる絶妙な焼き加減。それでいて必要以上に水分を失っていないから、しっとりとした甘味が口腔液に広がる。また腕を上げたな」
相変わらず8割引の笑顔が、色の白い頬をほのかな血色で彩る。
スライムがぷるりと揺れた。
「えっと……デスクワークももちろん、大事だが、王ってやつにはもっと大事な仕事があってだな……後継者となる……その、ナニをナニするためのナニってやつも……」
「許可」
スライムが、ん~、と唇を差し出すユリに向かって体を伸ばした刹那、執務室のドアが壊れるほどの勢いで開かれた。
「納得がいきませぬ!」
炎を吹くんじゃないかというほどに鼻息を荒げた二頭のメスドラゴンが飛び込んでくる。
彼女たちはスライムの前にでん!と並び立ち、短い前足を組んで胸を張った。
「いかに王座を奪うための策とはいえ、あの二人はご自分の義兄。なぜに幽閉などっ!」
気の強そうな右の火竜はクヌ、左のややためらいがちな氷竜はフジ。先王と同じ血を遠く引く名家の令嬢であり、ユリの兄竜の婚約者達だ。
ぐふう、と呼吸を吐く風情に身を縮めながら、スライムは答える。
「俺だって、要職をいくつか用意したんだぞ。だけど、あの二人がよぉ……」
「はっきりとおっしゃいなさいな!」
「幽閉してくれって頼まれたんだよ!」
「あのバカどもが……」
尖った牙がぎりっと鳴った。
東の離れにしつらえられた幽閉部屋は冷暖房完備、完全防音、おまけに三食+おやつ付きという超優良物件だ。
広い室内はテヒッセ菓子(袋詰めの軽い菓子)やサンムーフ弁当(パック詰めされた量産型弁当)のゴミで散らかっている……にも関わらず、部屋の一角に据え付けられた棚に並ぶお宝は、きっちりと並べられていた。
人気絵草子キャラの似姿人形、夢魔が念を込めて作る映像再生壷、有象無象のあれやこれや。とかく、ヲタのかほりが漂う。
人型にボロジャージというくつろぎのスタイルで、キカジとキシジは寝転んでの絵草子鑑賞を楽しんでいた。
どん、どん、と入り口が強く鳴る。
「はいはい、今開けますよ~」
のへんと答えてなどいないで、気づくべきだったのだ。
ここは仮にも幽閉部屋。入り口は重く大きな鉄のドアで仕切られている。それを鳴らすほどのノックなど……ド派手な音と共に鉄の扉が蹴破られ、二匹のドラゴンが姿を現した。
「あ~な~た~た~ち~は~ああああああああああああっ!」
クヌがふーっと竜息を吐く。その後ろでフジはさめざめと泣いていた。
「これはっ! どういうことなのですかっ!」
「や、ほら、幽閉されちゃったんだよね」
おろおろと両手を振るキシジに、クヌが巨体で詰め寄る。
「ほう、随分と快適な幽閉生活ですこと?」
キカジは涙を流すフジの姿に言葉もなく立ち尽くす。
「こ、これは……でありますな……」
「ひどいですわ。引きこもってしまうほど、私がお嫌いですの?」
「うう、ことわざにもあるであります。『働いたら負け』って……」
ユリを連れて追いついたスライムが口を挟む。
「ばか、そんなことわざがあるかよ」
一同の痴態を見回して、スライムがため息をつく。
「ほんっと、面倒くせぇな……お前らが今の生活を続けたいって言うんなら、この二人の家には俺から、正式に婚約解消の書状を出しておいてやるぞ」
二人は人の姿を解き、竜形に戻るほどうろたえた。
「や、そのっ! そういうわけでは……」
クヌが吼える。
「ともかく、どんな職でも良いから働きなさい! 私も、フジも、例え庶民に堕ちようともあなた達についてゆこうと、庶民の暮らしぶりを練習しているのですよ!」
なるほど。手元が荒れ、鱗が少しばかり逆立っているのは、慣れない炊事洗濯によるものだったのか……
「お前らにはもったいねぇぐらいの嫁さんじゃねぇか」
「うう、だけど、働いたら……」
フジがヒステリックに叫ぶ。
「ひどい! あんなことまでなさったくせに、遊びだったのですか!」
「あんなことって、ただの仮装遊戯じゃないか……」
「人型のときはナントカって美少女魔法使いに似ているからって、あんな格好させて、精密絵画を何枚も……」
「待つであります! それ、激しく誤解されるからっ!」
「私なんか、お嫁に行けないようなことまでさせられましたのにっ!」
「ただのキスじゃないかっ! それだって、ほっぺにぷちゅっと……」
スライムが痛み始めた眉間液を押さえてユリに囁いた。
「ユリ、全員竜形だ。遠慮は要らない」
ユリは頷きながら、静かに詠唱を始める。
その隣で、スライムはぶよんと歪むほどの怒声を上げる。
「お前ら、いいかげんにしろおおおおおおおおおお!」
石造りの壁がド派手に吹き飛んだ……
おまけ♪
数日後、スライムの元を訪れた二匹の竜は得意げに鼻先を上げた。
「就職が決まったぞ」
「へえ、やったな!」
「しかも、スカウトされたでありますよ!」
「王族の流れであり、ドラゴンの能力も持っているんだ。欲しがるところはあるだろうさ。で、何の仕事なんだ?」
「リア充を爆破する簡単なお仕事であります!」
「一年に何回か、大きなイベントのときは忙しいらしいんだが、そんなことはサービス業には良くあることだろ?」
「繁盛期以外は自宅待機!」
スライムが眉間液を揉む。
「それで? 給料は?」
「そんなものはいらないのであります」
「おう、高潔な意思と理想のために……」
スライムがぶるんと怒鳴った。
「それは就職とは言わねええええええええええええええ!」




