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スライムを目指した男②

 上の姫の部屋で事の次第を告げると、父親は青ざめ、キホは悲鳴を上げた。

「静かにしろ! 居場所を悟られては、隠し部屋の意味が無い」

 悲鳴が嗚咽に変わる。

(ふん、大人の女ねえ?)

 自分の愚かさを笑いたくもなる。震えながらも次の指示を待つ少女のほうが、よっぽど……

「おい、怖いなら素直に言えよ?」

 からかいに、気丈な声が答える。

「別にっ! 武者震いだし?」

「そりゃあ結構」

 ニェケは大刀を少女に握らせた。

「これ……」

「こっちの方が使い慣れているからな」

 自分の腰から細身の剣を抜き、幾度か振ってみせる。空気が斬られる快音が響いた。

「剣技を専攻しているなら解るだろ?」

「ま……まあまあね」

「だから安心して、隠し部屋に引きこもっていろ。ユズケノー伯、この邸の警備の者をお借りする!」

 ぴしっと伸ばされた長身を見上げて、少女はポツリと呟く。

「かっこつけちゃって……」

「当たり前だろ。これから口説こうって女には、やっぱりカッコいいところをみせたいじゃない?」

「そんなにお姉ちゃんを……」

「う? いや、まあ……死亡フラグってやつを立てるつもりは無いんでな。今はそれでいいや」

「?」

「気にするな。さっさと隠れろ」

 少女の頭を撫でて、ニェケは優しく微笑んだ。


 押し入った賊は三十人程度。対してこちらは十人に満たない。

 いかに優秀な警備とて、数に押されて圧倒的な不利は否めなかった。

「きりが無い!」

 誰かが斃されれば、その分生き残った者への負担は増える。

 一時に5人のならず者と対峙しては、さしものニェケも迂闊に動くことさえままならない。剣を上げたままのにらみ合いは確実に彼の精神を削ってゆく。

(笑うな! クソスライム!)

 憎らしい、だが懐かしい姿が思いに浮かんだ。

 『最弱スライム』だと嘯きながら愛する女性を守りきったあの男と違って、自分は少女一人すら守れないのだろうか。

(口説いてみたかったんだがなぁ……)

 拙い誘惑の間中、未知の行為への緊張で小刻みに震えていた肩を思い出す。

(ばれてないと思ってるんだろうな)

 指摘したら、きっとあのダンゴっ鼻を上に向けて否定するのだろう。

(ま、生きて帰れたら、絶対に口説き落とすけど?)

 一か八かの中段を構えた刹那、小柄な影が視界に飛び込んだ。それはあまりに突然で、大刀を構えた少女だと気づくのが遅れたほどだ。

「クヤケナっ!」

 ニェケの叫びを纏った光閃が、一人目の男を沈めた。だが、振りぬいた大刀の速度を殺しきれず、小柄な身体はよろける。

 二人目の男はその隙を見逃しはしなかった。斬り下ろした一閃とともに散った血が、ニェケの頬に幾滴かとんだ。

 剣戟の勢いで弾かれた少女の身体は地面に転がり、動かない。

「……馬鹿が! だから……隠れてろって……」

 思考が白く濁る。

「俺が……守ってやるって……」

 どこを斬られたのだろう……床に咲き広がる赤い染みしか……見えない。

 突き上げる破壊衝動のままに、ニェケの剣があがった……


 正直、どう切り結んだのかも覚えてはいない。浅く刻まれた刀傷の痛みに我を取り戻したときには、全ての賊が血溜まりに伏していた。

 倒れたままの少女に飛びつき、その名を呼ぶ。

「クヤケナ! おい、クヤケナっ!」

 額から血を流しながらも、彼女は小さく呻いて目を開けた。

「気絶しただけか……」

 緊張感が霧散する。抱き上げた身体は軽かった。

「そうか、額だから出血がひどかったんだな」

 前髪を掻き分けて、まだ血の垂れる傷口を圧迫する。思ったほど深くは無い。

 この程度の怪我なら命まで脅かすことは無いだろう。だが、ぱっくりと開いた傷口は少女に傷跡を残すには十分だ。

 隠し部屋から這い出してきたのか、よろよろと駆け寄るユズケノー伯。

 ニェケはその情けない男に最大の敬意で頭を下げた。

「申し訳ない。大事なお嬢さんに傷を作ってしまった。この責任、私めにとらせていただきたい」

「あ? はあ、へ?」

 さらに追いついた、涙で化粧の剥げた姉になど、もう興味はない。

 ニェケは少女を抱く腕に力を込める。

「剣技のたしなみもある。何より度胸が据わっていて、意志の強い娘だ。数多の苦難を伴なう大臣職の妻として、これ以上にふさわしい娘は居ないだろう」

「しかし、その子はまだ……」

「もちろん、僕はロリコンじゃない。彼女がしかるべき年齢になるまで、婚約という形でいかがだろうか」

 いかがもタコがもありはしない。例え断られようと、この少女を手放す気は無いのだから。

「ちょっと、痛いよ」

 強すぎる腕の力にクヤケナが文句を垂れる。

「うるさい! 痛いのは生きている証拠だっ!」

「あんた……何、泣いてんのよ」

 不意に頬を伝った涙に、少女がそっと手を伸ばした。

「バカが……あんまり無茶するな。頼むから、ちゃんと大人になるまで……いや、ばばあになるまで僕の傍に居てくれ」

 ふと、ポケットに入っている指輪のことを思い出すが、

(まだ無理だな)

 焦る必要など無い。これから一生をかけて口説いてゆこう。

 少女が大人へと成長してゆく過程も、その先、二人で築いてゆく日々も、全てを愛して……


 どこかで、スライムが笑ったような気がした。


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