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スライムを目指した男①

お待たせしました。ニェケ君成長!

 ニェケの好みは『大人の女性』だ。

 幼いころから大臣職に就き、大人社会で育ったのだから仕方なかろう。彼が接するのは小うるさいガキではなく、美しく装った女性たちであったのだから。


 17になったニェケは、見目麗しい好青年に育った。

 すらりと伸びた長身は姿勢正しく、街を歩けば娘達が振り返る。幼いころの面影といえば整った顔立ちに宿る気品だろうか。

 そんな彼が今、熱を上げているのは、法務大臣であるユズケノー伯の長女である。

 今日も公務上の相談にかこつけてユズケノー邸に入り込んだ彼は、応接室で法務大臣と向かい合いながら、美しい娘が茶菓など振る舞いに来るのを待ちわびていた。

 今夏には18になる彼は、これを最後の恋にしたいと思っている。ポケットには婚約のために特別にあつらえた指輪を忍ばせてある。

(さて、将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言うしな……)

 彼が邸を訪れた理由など、父親には明察であろう。公務であるはずの会話はいつの間にかよもやまの話となり、暇ばかりをつぶしている。

(ここは誠意と誠実をアピールして……)

 意を決してポケットに手を入れたそのとき、ドアが開いた。

 盆を持って入ってきたのは待ちわびた乙女ではなく、髪を肩までで切りそろえた年幼い少女。

 ニェケの疑問を父親が代弁した。

「キホはどうした?」

「お姉ちゃんならお部屋にいるよ。気分が悪いんだって」

「この期に及んで……ニェケどの、少しお待ちを」

 部屋を飛び出してゆくユズケノー伯をぽかんと見送ったニェケの前に、少女がカップを置く。

「お姉ちゃんはねえ、将来を誓い合った人がいるのよ」

「そんなこと、一言も!」

「だって、実質上のトップであるあなたとの婚姻はあまりに美味しいもの。父上がお姉ちゃんを説得したのよ」

 自らもカップを取って、無遠慮にソファに座る少女には見覚えがある。この家の末娘、クヤケナだ。

 美人の姉とは似つかぬちんくしゃでありながら公式用にめかしこんだ姿が、飾り立てられた見世物のサルのように哀れで印象に残っている。

 今日は年相応の簡素な服装だからだろうか。小ぶりなダンゴっ鼻とふっくらした頬が、かえって愛くるしく見えた。

「……ってことでさあ、あたしにしておけば?」

 唇を尖らせての小生意気な口ききに、ニェケは微笑を取り繕う。

「君、歳は?」

「じゅうによ。でも、もうすぐじゅうさんになるわ」

 冗談じゃない。下級の学校を卒業したばかりではないか。

「気持ちは嬉しいけれど、ちょっと子供過ぎるかなあ」

 ユリ姫に恋したのは、彼女の真の姿が大人であることを知っていたからだ。この男にはロリコンの気などありはしない。

「子供じゃないし! あと三年もしたら、ちゃんとお嫁さんになれるもん!」

「じゃあ、はっきり言うよ。僕は年上の女性が好みなんだ。君のお姉さんのように大人で、美人の女性が、ね」

 少女がダンゴっ鼻を鳴らして嗤った。

「あたし、お姉ちゃんにそっくりって言われるんだけど?」

「ええっ! まさか、いや……うん、申し訳ないけど……」

 美神と称えられる社交界の華と、この丸顔の少女ではあまりにも重なるところが無い。

「そんなの、お化粧でなんとでもなるんだから。嘘を見抜く能力があるくせに、見抜けないの?」

「女って怖え……」

 思わずこぼれた地の口調。

 クヤケナはことさら嬉しそうに微笑んだ。

「お姉ちゃんには乱暴な口、聞かせないくせに」

「当たり前だろ。これから口説こうって女に、かっこ悪いところをみせてどうするんだよ!」

 見透かされた恥ずかしさに、ニェケは自分の髪をくしゃっと掻きあげる。

「かっこ悪くは無いよ。むしろ、わいるどなかんじ?」

 カップを置いた少女は、ニェケに身体を摺り寄せた。

「ねえ、お姉ちゃんの代わりでも……いいよ」

 ニェケは眉一つ動かさず、目の前に迫るダンゴっ鼻を弾く。

「色仕掛けなんて百年早いよ!」

「魔族じゃないから、百年もかからないもん!」

「口の減らない娘だな。解ったよ、あと三年たったら口説いてやる」

「約束だからねっ!」

 そのとき、窓の下で馬のいななきが湧いた。少女がびくりと身をすくめる。

「ふん?」

 窓に影など映さぬように……慎重に歩み寄ったニェケは、長剣を携えた二人の男の姿を認めた。

「知っているやつか?」

 少女が頭を振る。

「でも、雇ったやつは分かるわ。父を亡き者にして得をするやつ……」

「それ以上は言わなくていい。おおよそのことは解った」

 城内の勢力図など把握している。黒幕は自ずと絞られる。

「裏口から脱出を……」

 振り向いた方からも、ばらばらと駆ける足音が聞こえた。

「他に退路はっ!」

「そんなものは無いけど、いざというときのために隠し部屋があるわ! あなたはお姉ちゃんと父上を連れてそこへ!」

「お前はっ?」

「任せて。これでも剣技を専攻しているのよ!」

 小さな手が壁に飾られた大刀を取ろうとする。ニェケがそれを差し止めた。

「これは僕が使わせてもらう。お前こそ隠れていろよ」

「ふざけないで! あんたみたいなひょろい男に何ができるって言うのよ!」

「ひどいなあ。これでも鍛えてるんだぞ」

 片手に大刀を取り、もう片方の肩にひょいと小さな身体を担いで、ニェケは歩き出す。

「昔、クソ生意気なスライムと約束してさあ、僕はあいつを超えるいい男にならなきゃいけないんだよ」

 そう、王にまで上り詰め、愛する女を勝ち得たあのリア充王を超えなくては……


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