唸れ! アッパーカット弐
木陰での休息のひと時を、ユリは絵草子を読んですごしていた。
青春高校、ここから俺の伝説が始まる。
通学路に第一歩を刻んだ俺は、想像以上の酷さに拳の震えを止めることが出来なかった。
男のクセに色の薄い髪の毛を、ふわふわさらさらと風になびかせたチャラ男たち。どいつもこいつも婦女子を惑わせるための誘惑香をまとっている。
その効果に捕獲された女性は大人しく片手をつかまれ……ウキウキとした足取りなのは、何かの幻覚にでも浮かされているのだろうか……哀れなっ!
ふと横を見ると、一匹のチャラ男が女性の唇に吸い付こうとしている。
こっ、これが噂に聞く『路チュー』というものかっ!
哀れな獲物はまぶたを閉じ、己の魂を吸い上げようとする魔性へと唇を差し出している。なんて羨ま……いや、恐ろしい光景なんだっ!
師は教えてくれた。チューとは一時的に快楽エナジーを分け合うことにより、セイヨクという名の魔物を呼び出すための召還の儀式だと。
は! 解説なんぞしているヒマはないっ! こんなところでの召還は阻止せねば!
ふと目を上げたユリは、木陰で隠れるようにして唇を寄せ合っている、隊内でも有名なバカップルを見つけた。
「召還。」
どきどき、わくわくで見つめるユリの体を、ヤヲがひょいと抱き上げる。
「覗きなんて、しちゃいけません。」
「召還!(だって、魔物が出て来るんだよっ!)」
「は?」
「拳。(この俺の、唸る拳で阻止せねばっ!)」
「ユリ様……絵草子が読みたいのなら、私に言ってください。ちゃんと少女系恋愛絵草子を……」
「チャラい。(貴様っ! さてはチャラ男だなっ!)」
「はあああああ?」
「くらえ。(唸れ、俺の、アッパアアアアァカットオオオオオォ!)」
「って、痛い。いたいですってば! スラスラ、なんとかしなさいいいいい!」
草むらに、こそこそと逃げ惑うスライムの姿があった。