ブライト・ジュエル+P 下
濁流からぷかっと顔を出したヤヲ子は、手近にあった石壁の出っ張りに片手でしっかりと掴まった。反対の腕で抱えていたミョーネを引き上げる。
「ぷはっ!」
「ちゃんと自分で掴まってください」
壁の隙間にミョーネを留まらせたヤヲ子は、頭しか出ないほど深く流れる水に心底の呆れ顔をむけた。
「一体、どれほどの水を喚んだんですか」
「全魔力分……」
「じゃあしばらく魔法は使えないってことですか。ばかですねぇ……」
「これでいいんだよ。しばらく二人っきりになれるだろ?」
「あら、情熱的」
濡れた金髪を掻き揚げながら、ヤヲ子がミョーネに流し目を送る。
「でも、デートは普通に誘ってください?」
「ふざけている場合じゃない。ここに解呪の宝玉があるなんて情報は兄王子達が流したデマだ。彼らはユリヲ様ともどもお前達を葬るつもりだよ」
切迫した声音にもヤヲ子の表情が変わることは無かった。
「ああ、やっぱり」
「知っていたのかい!」
「うちのスラ……Bが言っていたんですよ、兄王子達はむしろ好都合だと思っているだろうって。逃げ出そうとしたでも、逆らったでも、私達がユリヲを殺す理由はなんとでもつけられる。その後は『死人に口なし』、でしょ?」
水かさは少しずつ減り始めている。天井近くまであった流れも今は床に足を着けられるほどだ。
注意深く壁を伝いながら、ヤヲ子はミョーネに近づく。
「それより、あなたは何を考えているんですか。私達を殺すように命じられたのは、あなた自身なんじゃありませんか?」
ミョーネがその体を捉え、掻き抱いた。
「だから、ボクから逃げて」
「ユリヲを守れって事ですね?」
「もちろんそれもある。知策謀略を尽くして弟を殺そうとするような冷酷な兄王子達よりも、国民はユリヲ様を王にと望んでいる。でも、ボクは……」
ヤヲ子を抱く腕に力がこもる。
「いつか君を捕えるその日まで誰にも……もちろんボクにも殺されたりしないでくれ」
「しょうがありませんね。約束します」
ヤヲ子は両腕を伸べてミョーネを抱き返す。
「だから、追いかけて来てください。どこまでも……」
「うん、約束するよ。どこまでも追いかけていく……」
唇が重なったのはほんの一瞬のことだった。それでも重なる吐息は甘く、その時間は悠久のように長く感じられる。
「ユリヲのことも、任せておいてください」
ぱっと唇を離したヤヲ子は火照る頬を隠そうと横を向いた。
「素直だし、飲み込みは早いし、何より私に懐いてくれているのが可愛らしくて。あの子を傷つけようとする者は私が許しません」
名残惜しくて彼の唇を確かめるように見上げれば、不服そうに少し頬を膨らませた顔に視線がぶつかる。
「なんて顔をしているんですか」
「だって、ユリヲ様が可愛いなんて……」
「バカですねぇ。『弟みたいに』ですよ?」
「弟?」
「だいたい、私の好みは可愛らしいタイプではなく……」
「うん、タイプではなく?」
「……内緒です。知りたかったら捕まえてみてください」
水かさは既に膝までもない。ヤヲ子はぱしゃんと水を分けて身を翻した。
「本気で追いかけてくださいね。私は難攻不落、捕縛不可能、不可侵にして不防の怪盗、ブライト・ジュエル。手ごわいですよ?」
パシャパシャと音を立てて走りながら、ヤヲ子はくすっと笑う。
きっと彼は追いかけてきてくれるだろう、この世の果てまでも。そんな彼の腕に捕らえられる日、それは……
出口が見えた。その明かりの向こうで心配しながら待っている相棒に何と惚気ようかと考えると、ヤヲ子の笑いはよりいっそう輝くのであった。




