スラスラがユリちゃんに買った絵草子、気になりません?
ご愛読ありがとうございます。の感謝を込めて!
がたがたと揺れる馬車の中で、ユリはスラスラが買ってくれた冗談物絵草子を読み返していた。
タイトルは『唸れ!アッパーカット』。アッパーカットという究極奥義を極めた一人の漢が、バンチョウという伝説の称号を得るために、ガクエンという魔窟に立ち向かう、涙あり、友情あり、そして笑いありの幻想戦闘物だ。
――俺、闘魂 豪は、厳しい修行の末、ついに究極奥義『アッパーカット』を会得するに至った。それは禁断の拳……人間の弱点であるあごを狙い、突き上げるように打ち込むことで肉体を粉砕する。同時に脳を揺すり、軽い脳震盪状態を擬似的に作り出して相手を戦闘不能へと追い込む、まさに破壊神…… その日、修行を終えた俺の元へ尋ねてきたのは、かつてバンチョウだった伝説のセンパイ、『雷拳のシンジ』という漢だ。彼は大きな長持を抱えていた。
「ゴウ、これは俺からの入学祝いだ。」
ナニィイイイイイ! こっ、これは!
「伝説の装備『ガクラン』だ。受け取れ。」
俺は震える手でそれを広げた。何代にも亘って戦士に受け継がれてきたというそれは、吸い込んだ汗を酸味の強い香気に変えて放ち、古びれ、すりきれている。
「ガクエンに漢が絶えて久しい。既にそこは『チャラ男』がはびこり、うわついた恋と萌えに染まった魔窟と化している。ゴウ、お前は漢としてガクエンに乗り込み、ケンカと拳に支配された真のガクエンを取り戻すのだ!」
ガクランに金糸で刺れられた『喧嘩上等』の文字が俺の双肩にのしかかってくる。
「ゴウ、『バンチョウ』になれ!」
「ふ、上等だ。」
俺は……ガクランを装備した!
いくぜエエエエ、闘魂ゴォオオー!
ユリはぱたんと草子を閉じ、すぐ隣で居眠りをしているスライムを揺すった。
「あ?」
「ガクラン、希望。」
「えええ、俺が? 着るのか?」
「ゴウ、トレース。」
「いや、実在してねぇと無理だから。」
「8000イケメン。」
「あああ、お前の基準がますます解らなくなったよ。」
「けち。」
ぷいと横を向いたユリの唇は、楽しそうにほころんでいた。