ブライト・ジュエル 下
上の二人の王子は優秀だった。ただしそれは『一般的に見て』という意味であって、第三王子であるユリヲに比べれば……
王位を危ぶんだ二人は権力と財力を最大限に利用し、『ユリヲ王子に捨てられて嫉妬に狂った魔女』を仕立て上げた。
彼女の呪いはその対価に相応しいだけの効果を持ち、ユリヲの真の姿と魔力を封じている……
「でも、月の守護を受けているあんたは月光さえあれば本当の姿になれる……と?」
明け白んだベッドの中で、すでに少年の姿に戻った彼は尋ねるスライムに頬をすり寄せる。
「満足。」
「いや、そろそろヤバいんじゃないかな。誰か来たらこの状況は……」
スライムが優しく包む、生まれたままの姿の少年……これはどう見ても……
「私があんたを食ったようにしか見えないでしょ?」
「食った、ユリヲ。」
「事実確認じゃなくて、世間の目がどう見るかってことよ。」
微かな熱を残してベッドから降りようとするスラ子に、小さな指先がすがりついた。
「どこ……」
「他の男を見つけるわ。私は『王家の秘宝』を探さなくちゃならないんだから。」
「色仕掛け、駄目。他、男、不許可。」
愛する男からの束縛は甘露なる枷。だがスライムは、ぷるりとその情を振り払う。
「私は誇り高き怪盗、ブライト・ジュエルよ。一回寝たぐらいでカレシ面しないで!」
「秘宝、教える。他、男、不許可。」
「あのねえ、私は情報のためにあんたを利用したのよ。腹立たないの?」
「『愛してる』言った。何度も。」
「あっ! アレは浮かされてたのよっ!」
「ユリヲ、良かった?」
「ぐううううう、あんたって意外と意地悪ね。」
外皮をぽうっとピンクに染めてスラ子は怒鳴った。
「解ったわよっ! ここに居る間はあんただけを利用してやるから、覚悟しなさいよねっ!」
ユリヲが精一杯に腕を広げてスラ子に抱きつく。
「ツンデレ、可。」
「はあ? ツンもデレも無いしっ!」
それでもますます赤くなるスライムの外皮は、隠しようが無かった。
新月の闇を、二つの乳線……もとい、刃の美女が駆ける。
人型に姿を変えたスラ子と惜しげもなく美しい曲線をさらすぴっちりとした怪盗服に身を包んだヤヲ子、そう、二人こそがブライト・ジュエル……
「……が瘤つきって冴えないですね。」
ヤヲ子はスラ子の足元にちょこんと張り付いたユリヲの姿にため息をついた。
「こっ! ぶじゃないわよ!」
「瘤、無い。カレシ。」
「あんたはっ! カレシ面するなって言ったでしょ!」
「いちゃつくのは後にしてください、バカップル。」
ヤヲ子が廊下の突き当たりの壁を探り、隠し扉のスイッチを探り当てる。
「さあ、ここからはブライト・ジュエルモードに切り替えてくださいよ、B?」
「解ってるわよ、J。」
仕掛けのかみ合う鈍い音、そして石のすれる鈍いほどに低い重低音。扉は開かれた……
だが、そこには既に!
「くううっ! 罠?」
部屋中が明るくなるほどにたいまつが焚かれ、フロアを埋め尽くすほどの警備兵達が待ち構えていた。
「違う、ユリヲ、騙す、無い。」
「ばかね、あんたのことなんか疑ってないわよ。私達が王家の秘宝を狙っているのは有名だもの、当然の警備ってやつでしょ。」
スラ子はユリヲの幼い唇に口唇液を重ねる。
「何か聞かれたら全部私のせいにしなさい。それが、例え一時だったとしてもカレシでいてくれたお礼だから。」
「スラ……」
「しいっ! 今はBって呼んで。無敵怪盗ブライト・ジュエルよ。」
スラ子は兵士達をぐるりと見回した。
「それにブライト・ジュエル様にはね、このくらいのピンチは日常茶飯事なのよ。」
今は戦うための四肢がある。しなやかに筋肉づいた太ももが上がり、最前列の兵を蹴り飛ばした。
「J! いつものっ!」
「はいはい……無垢なる深淵より来たれ地獄の業火よ。メスキ=ジ=ヲ!」
部屋の中にいくつもの炎の玉が走る。
「あち! あちっ!」
逃げ惑う兵たちの後ろから朗とした声が響いた。
「清浄なる潤いの水源よ。メ=ウ=タタゾ!」
中空に現れた水の球が四散し、炎を消す。
「ふうん、さすがですね。私の色仕掛けに落ちなかったのも、私の魔力を打ち消したのもあなたが初めてですよ、ミョーネ隊長?」
褐色の肌にエメラルドの瞳が美しい美丈夫がヤヲ子と対峙する。
「ま、けっこう本気だったんですけどね、私は。」
「ボクだって本気だったよ、ヤヲ子。だからそういう関係ではなく、妻に迎えたいと思っていた。」
「あら、熱烈。」
二人の間に魔力の嵐が冷たく吹き荒れる。
「いっそ捕らえて牢獄に入れてしまおうか。そうすれば他の男に触れさせることも無い。」
「できるなら? どうぞ。」
ほぼ同時に詠唱が放たれた。
スラ子の長い四肢が風裂く刃のように振りぬかれて男たちをなぎ倒してゆく。間合いを詰めすぎた一人は膝から上がる金的で見事に沈んだ。
部屋の中央に位置するガラスケースを叩き割り、そこに鎮座していた『王家の秘宝』を掴む。
「もういいわよ、J!」
ヤヲ子は飛び切り大きな火の玉を出口に向かって振り放ち、ミョーネと兵たちをなぎ倒した。
「ナ~イスアシストお♪」
二人は倒れた兵たちを踏み越えて出口に向かう。だが、ぼんやりと佇んでいるユリヲが視界に入ったとたん、スラ子の足は何の前触れも無く動きを止めた。
……この人は……
ここでこれからどんな生涯を送るというのだろう。兄から疎んじられ、子供の姿のままひっそりと生きてゆくのだろうか。
いや、仮にも一国の王子だ。いつか呪いを解く術を手に入れて美しい青年に戻るのだろう。そして一夜限りの情を交わした盗賊のことなど忘れて……
(それって、なんかムカツク。)
スラ子は自分の手の中を見た。握りこぶしほどもあるダイヤが冷たく光を反す。
ふと目を上げて少年の瞳を覗き込めば、冷たい月色の不安がはかなく揺れていた。
「ねぇヤヲ子、一生のお願いがあるんだけど?」
「ええっ? あなたの『一生のお願い』って、いつもろくでもないことなんですよね。」
「私、『本物の』王家の秘宝が欲しい。」
「なるほど。あなたにしては真っ当なお願いですね。」
ヤヲ子は踵でこつこつと床を鳴らした。
「床よ燃えろ、マーケマーケ=ナ。」
石材の床が木で出来てでもいるかのように炎に包まれる。スラ子はその中ほどに無造作にダイヤを投げ込んだ。
「早く探したほうがいいわよ。ダイヤって燃えるらしいから。」
おろおろと炎の中を走り回る兵たちを尻目に、スラ子は愛する男に手を伸べる。
「ユリヲ!」
腕の中に飛びついてきた少年を抱えてスラ子は走り出した。
朝焼けに照らされて未だ一筋の煙を上げる城を遠く見下ろすスラ子の腕の中には、ダイヤと引き換えに手に入れた大事な少年が抱えられている。
「って勢いであんたを盗んじゃったけど、良かったの?」
「盗んだ、ユリヲ。」
「へえ、あんたが何を盗んだって言うの。」
「スラ子、ハート。」
「ぅ馬鹿言ってんじゃないわよっ! 誰があんたみたいなガキに……」
「大人、知ってる。カラダ、教えた。」
柔らかな唇液をなぞる指は形こそ幼いが、動きは欲情を引き出す男の仕草だ。
「スラ子。大人、ユリヲ、好き。」
「別に、子供の姿だって好きよ。」
「スラ子、可愛い。」
ユリヲがいきなりにスラ子の口唇液にむしゃぶりついた……
――透き通った外皮を通して大変なことになっているため、規制中――
ちゅうううっぽんと大満足気な音を立ててユリヲが口唇液を離す。スライムは息も絶えるんじゃないかというほどぐったりと大地に崩れた。
「へえ、スラ子を翻弄するとはなかなかやりますね、あなた。」
二人の様子を覗きに来たヤヲ子は感心しきって少年の前に腰を下ろす。
「気に入りました。私の弟分にしてあげます。」
「ユリヲ、弟?」
「ええ、これから色々と仕込んであげますから、ブライト・ジュエルのアシスタントとして立派に働いてくださいね。」
「報酬、スラ子。」
「もちろん、きちんと働いてくださればそのスライムは差し上げますわよ、ふふふふ……」
スライムがか細く悲鳴を上げる。
「もしかして、選択間違えたっ?」
ブライト・ジュエル+P誕生……
リクエスト祭、お楽しみいただけました?
ユリちゃんとんでもなく肉食だけど、息子にためし読みさせたら
「大丈夫、いつもどおりだ。」
って言ってました。




