ノーニウィヨ建国記
ユリのおとっつあんもかっこよかったのです、昔は。
ちょっと長めですが、楽しんでいただければ幸いです。
お前達には信じられないかもしれないね。このノーニウィヨもかつては戦の絶えない国であったのだよ。
今では魔王と呼ばれている男も立身を志す田舎領主の息子に過ぎなかった。鬼神のような強さと身の内に有する膨大な魔力だけが頼みという、単なる戦場の暴れん坊だったのさ。
そんな彼がいかにして『魔王の三臣』と出会ったのか、今日は『寝台』である、あの男との出会いを話してあげよう……
ピーナッツの産地として名を知られたリ=ヌイニの村でその男が捕らえられたのは、戦場で紙切れのように人を殺め続けてきたとは思えない理由だった。飛び出してきた牧兵がまだ年端も行かぬ少年であるのを見て剣先を臆したのだ。
首都ヌミーに身柄を移された彼はその中央にある広場で、今まさに首を落とされようとしているところである。悪名高い彼の処刑とあっては野次馬の数も半端ではなく、市を休日にして広い中央広場を開けたにもかかわらず、見物人は足の踏み場もないほどごった返していた。
首を落とす栄誉を受けたのは、あの牧兵。彼は誇らしげな表情で、断頭台に縛られて人型に変化した罪人を見下ろしている。
ヌミー王はこの楽しい催しを間近で見ようと、男のすぐ鼻先に座していた。
「何か言い残すことはあるかね?」
「斬首人を変えろ。こんな年端も行かぬ両手を血で汚すことは無いだろう。」
「彼は幼くとも勇敢なわが国の兵だよ。初めて浴びるのが『冥府の虐殺者』の返り血ならば、栄誉だと思わんかね。」
「くそ!」
確かに戦場で数え切れないほどの命を屠ってきた。命乞いにすりあわされた両手を切り落としたことも、一度や二度ではない。だが、それも全て……
「ヌミー王よ、最期に問おう。貴様の考える治世とはなんだ?」
「決まっておろう。より強大な国家を作り、他国を席捲することだ。それが民の幸せにも繋がるとは思わんかね?」
(だめだ。でかくするだけでは駄目なんだ。国というのは……)
彼の奥歯がぎりっとなる。最前列で酒瓶を抱えてそれを見ていた親父くさいスライムが、ふらりと立ち上がった。
「なあ。助けてやるよ。」
スライムがずるりと伸び上がり、鉤爪鋭い一羽のガーゴイルへと姿を変える。片方の鉤が斬首の剣を取り落とした少年を捉え、もう片のつま先はヌミー王の喉下にひちりと押し当てられる。
「おっと、あんたにもチャンスをやらないと不公平か。選ばせてやるぜ。お前一人の命か、ここに集まった群民の命か、好きな方を助けてやるよ。」
「ふん、選ぶまでも無い。わしは王だ。わし一人の命で民が助かるというのなら安いものだな。」
広場を揺るがすほどの賛嘆がヌミーの王に贈られた。
「かぁっこいいねえ。」
スライムがぴゅいっと小さく口笛を鳴らす。
「じゃあ、お手並み拝見と行こう。」
とん、と解放された王は、そのスライムがでたらめにも近い詠唱陣を組む姿に恐怖した。
「スライムのクセに魔法だと! まさか……」
「さすがにツンニークの名前ぐらいは知ってるか。」
ツンニーク……それは歴々の王の『寝台』職を多く輩出した名家だ。その偉大すぎるほどの戦歴よりも自由を愛し、一兵卒として戦場を這いずる名高い傭兵一族。その現筆頭である彼は魔力無しであるにも関わらず魔法までを習得した鬼子だと伝わっているが……
「ヌフムタ=ユ=ツムハ=ニホラメス=キ=ジヲ(地に潜みし火の種よ、吹き上がれ)」
街の四方に馬鹿みたいにでかい火柱が吹き上がる。
「何で四つも火ィつけたか、解るか?」
ヌミー王が蒼白に落ちた顔を振った。
「簡単なことだ。広がった炎はこの広場に四方から集まる。そのときにおきる上昇気流と炎の相乗効果によって、ここは超高温の地獄に変わるんだ。」
「ひ、ひいいいいい!」
「ま、今の俺はガーゴイルだからな。飛んで逃げりゃぁいいだけの話だ。」
「待て、わしを助けろ。お前は傭兵だろう、金ならいくらでも払ってやるからわしをここから連れ出してくれ。」
「で? ここに残された民はこんがりと焼け死ぬってか? たいした民思いだな。」
「何を言っておる、わしは王ぞ! 王さえいれば民などまた集まる……」
言葉尻も聞かずに大きな翼がヌミー王を張り飛ばした。
「お前にはもう飽きた。」
スライムは断首台に縛られた男の拘束を解き、その体を抱えた。
「お前、名前は?」
「イカケだ。」
「ふん、古代語で『魔王』か。名前負けじゃないことを願うぜ。」
「何を……する気だ!」
逞しい戦士の体を抱え上げてスライムは宙へと大きく羽ばたいた。パニック状態で右往左往する広場から、羽の生えたものたちが慌ててそれを追う。
「やめろ! 迂闊に炎の上を飛ぶなど自殺行為だぞ!」
「そんじょのガキとは鍛え方が違う。安心して任せておけ。」
翼は力強い音で風を切り、ぐんぐんと昇っていく。
「やめろといっているんだ! 戻れ!」
彼が声を張っている相手は自分を救おうとしているスライムではなく、なれない高度とパニックに羽を震わせる町人達に向かってだった。
「俺は、下にいる奴らを見捨てたりはしない!」
彼は自分を抱える腕を振りほどき宙に身を投げる。
「これが……これさえ外れれば!」
支えも無く落下しながら、魔力を封じるために付けられた金属性のチョ-カーを引きちぎる。首の皮膚が浅く傷ついて血が指先を汚した。
そんなことさえ気にはせず、ぐるりと身を返して魔力の全てを解き放つ。神々しい光に包まれて広場の中心に降り立ったのは一匹の大きな竜であった。
「全てにおいて女子供を優先せよ! 今となりにいるものを自分の妻子と思って行動しろ、さすれば必ず本当の妻子にも会えるっ!」
その心強い声に広場が動いた。実に雑多な全ての種族が『男』のプライドのみを盾に女、子供、それに老人を内に押し込んで守る。
その輪から弾かれたのか、ちっぽけな男のプライドなのか、あの少年兵が偶然にもイカケの隣に立っていた。居心地悪そうに首をすくめたその頭上にドラゴンの大きな掌が優しく触れる。
「お前も兵を志すなら良く覚えておけ、男が命を賭けるべきは国などではない。」
「へえ、かっこいい台詞だな。今度使わせてもらお~っと。」
いつの間にか隣にあのスライムが控えている。
「ツンニーク……ただの虐殺屋だったとはな。がっかりだ。」
「よく言うよ。『冥府の虐殺者』のくせに。」
「確かに戦場ではそうかもしれん。だが俺は女や子供、ましてや無辜の者に手を下したことは一度とてありはしない。」
「……いいことを教えてやるよ、炎を消すなんて簡単だ。酸素の供給を絶つか、燃え代を取っ払うか、温度を下げてやればいい。」
「ならば俺の魔力で水の陣を……」
「あまりオススメできねぇな。お前の魔力じゃ、この街ごと流しちまいかねない。」
「ならば、どうすればっ!」
柱の形をしていた炎は既に横に広がり、壁となって広場に向かっている。
ぐずぐずしていたら『人間』という燃え代を得て荒れ狂う炎に全滅させられてしまうだろう。
「スライム、お前はなぜそんなに落ち着いている。この炎から逃げる術を知っているな?」
「まあね。」
「報酬ならいくらでも払う。俺が天下をとった暁には天下ごと呉れてやる。だから今ここで俺の『寝台』になれ。」
「悪くないね。でも俺が欲しいのはそんなモンじゃなくて、おまえ自身だ。」
「俺の首か? 呉れてやる。ここに居る者たちを助けたならば。」
「首はクアネで間に合ってらぁ。とりあえず寝台として初アドバイスだ。お前は何でも自分ひとりでやろうとするクセがある。もっと周りを見ろ。」
広場中の民達は何かを期待した目でドラゴンを見つめている。
「俺はこの国では逆賊だ。お前達の親兄弟を戦場で切ったのは間違いもなくこの俺だ。だが、ここに居るものを助けたいという気持ちにも偽りはない。今だけで良い、俺を信じてくれ。」
スライムがにやりと笑った。
「お~いクアネ、もう良いぞ。」
今まで燃え盛っていた炎の壁が四散し、小さな鬼火が無数に飛び立つ。
「こ……これは……?」
ヌミーの王がよろよろと歩み出る。
「馬っ鹿。スライムに魔法が使えるわけが無いだろう。視覚効果ってやつだよ。ついでに言わせてもらうなら、街の皆さんはエキストラ兼『審判者』だ。」
ずるりと見下ろすスライムは、ヌミー王から見ても尊大だった。
「俺はかなり前からこの街を内偵していたんだ。それで解ったんだがな、あんた、評判悪すぎ。」
そのままイカケを振り向いて、スライムは続ける。
「お前の評判もよく聞いていたぜ。鬼のように強いが他人を近づけない、人嫌いで王の器ではないんじゃないかと……だから、悪いが試させてもらった。」
「この策士が!」
ふふんと鼻先で笑ってから、スライムはひときわ声を張った。
「俺が推薦する若き王の人となりはご覧のとおりだ。選べ! このままヌミー王について重税と圧政に散らされるか、新しい王の下、自由と平和のために立ち上がるか、決めるのは民であるお前たちだ!」
広場中にイカケをたたえる歓声が湧く。
「ほれ、挨拶しろよ。」
「だ、だが俺は……」
「お前には魔王になってもらわねぇと困るんだよ。俺の名はイカケ=ハ=ツンニーク、古代語で『魔王の寝台』だ。」
「!」
後にこの平和なノーニウィヨを作り上げる二人の男たちの、出会いの瞬間であった。




