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8.殿下からの求婚。後宮ものに路線変更して、ここは後宮を牛耳るべきなのか?

「出迎えもせず、失礼いたしました」

 賓客を通すためだけに使われる応接室に俺は意を決して入室すると、上座に座る人物を視界に捕らえ作法通りに頭を下げた。

「いや、気にするな。

 急に押しかけたのはこちらのほうだ、むしろ非礼を詫びねばならん」

 カリヤ殿下は少しばつが悪そうに俺の言葉に応え、それから俺の姿を確認して低く笑った。

「それにしても……薄青のドレスが良く似合っている。

 七の祝節の際に聞いた折には冗談かと思ったが、いやはや、悪くはないものだな」

「……御戯れを、殿下。

 それより、わたくしに用があって参られたとか」

「ふむ。本題に入るとするか」

 組んでいた足を優雅に組み替え、殿下は向かいの椅子に座るヒルバール女史に視線を向けた。次期王に相応しいどこか威厳を覚えさせる視線に緊張しきりのその姿は、普段のヒルバール女史からは到底想像がつかないものだった。

 というか、どうしているんだ?

「ヒルバール嬢、話し相手になってくれて礼を言う。そなたのお陰でキャズが来るまでの間、暇を感じずに済んだ」

「い、いえっ。お役に立てて光栄にございます」

 あー、偶然ヒルバール女史を見かけたカリヤ殿下が、無理矢理誘ったってところか。ここの建物を熟知しているはずなのに迷ったなどとのたまう、好みの女性と出会うため非常に都合の良い「偶然」な。

 うちに仕えている侍女たちはもう、カリヤ殿下の「偶然」には騙されてくれないもんな。

 緊張のあまり挙動不審になりつつも淑女らしい所作を忘れず優雅に礼をして出て行ったヒルバール女史を見送った後、俺はそれまでヒルバール女史が座っていた場所に勢い良く腰を下ろした。

 礼儀もへったくれもない、褒められる態度じゃないのは承知の上でだ。天災のようなカリヤ殿下に遠慮していては、こっちが疲れるだけだ。それに、カリヤ殿下はヒルバール女史と違って俺との距離を間違えない。

「ああ、可愛らしい小鳥が居なくなってしまった」

 大げさに嘆き、椅子の袖に崩れこむ。

 言い方は悪いがカリヤ殿下は自他共に認める女好きで、自分が王になった際は後宮を復活させるのだと憚らない人物だ。王城ではカリヤ殿下派と長兄派とで、女性陣が二分されているというのだから、世も末だと思う。

「ヒルバール女史が気に入ったのなら、連れて行ってくれて構わないですよ。

 政略結婚の駒にされそうになったところを母が助け、その流れで俺の家庭教師についただけですから。むしろそうしてもらえると俺としては助かるんですよね」

「なんと! 望まぬ相手に嫁がされそうになったとは、なんとも嘆かわしい!

 まるで今の私のようではないか」

「貴女が子を成すのは義務でしょう?

 それに、幾らでも好みの相手を見繕えばいいじゃないですか。周りは貴女が男の王配などいらないと駄々を捏ねるから縁談をどんどん持っていくんです」

 カリヤ殿下は当然俺の性別を知っているし、俺の性格も熟知している。父はもちろんのこと、兄たちや俺も王位継承権を放棄してはいるものの直系の王族に当たるわけで、王家の方々とは交流もある。

 だから俺もカリヤ殿下の性別を知っているし、性格も熟知している。女性として盛装すれば威厳たっぷりの美女であることも、王として相応しくあろうと男物を身に付けていることも。もっとも、侍らすなら男より女だと公言するのは王配として選り好みするための方便ではなく、本心だったりするようだが。

「仕方あるまい、私の周りには頭の中まで筋肉な阿呆か女性のひとりも抱え上げられないような貧相な骨皮しかいないんだからな。

 その上、むさ苦しい! 華がない!

 唯一我慢出来そうなものといえばイルファーンだが、あやつとは壊滅的に反りが合わん! あれだけ女性を侍らせておきながら、美辞麗句のひとつも言わないとはどこか妙に違いない!

 私はあやつが不能だと言われても信じるぞ」

 目一杯力説してくれたカリヤ殿下だが、幾ら王として立つために雄々しくある必要があるからとはいえ、そこまで女性としての恥じらいを棄てるのは間違っていると思う。

 というか、長兄が不能とか。たしかに笑顔の無駄売りをしないし、不機嫌そうにいつも眉間に皺を寄せているし、嫌いな人にはとことん容赦ないが――不能とか。

 それだけは絶対にないと断言できる。

「話が逸れたな。

 大臣共が好いた男は居ないのかと問うから、好みの者なら一応居るとは応えた。それなら身分などどうとでもなるから側娼に迎えてはというのでな、こうして求婚に来た次第だ」

「俺に抱いているのは、異性への愛情でもなければ長年連れ添った夫婦のような家族愛でもないでしょう? 言い方は悪いですが、一番近いのは愛玩動物へのそれでしょう。

 冗談が過ぎます」

「うむ、さすがはキャズ。私のことが良くわかっておる。

 だが少し違うぞ。私はおぬしを異性として愛し、王と王配として良い関係が築けると思うておる。もっともそれはおぬしが成人した後を想定しての話で、今現在十歳の子どもを側娼に召し上げどうこうしようという気は更々ないがな。

 出かけにイルファーンに末の弟に求婚すると言って出てきたから、直に大臣共を言いくるめて迎えに来るであろう」

 自身たっぷりとカリヤ殿下は言い切り、立派に成長した胸を強調するように胸を張った。

 兄の手によって王城が阿鼻叫喚の嵐に恐れただろうことは、容易に想像がつく。でもって、暫くの間はカリヤ殿下の王配問題はなりを潜めることだろう。

 全ては計算通りということなのだろう。

 俺は見事に巻き込まれたということなのだ。

「……エルダ、気持ちの安らぐ茶を頼む」

「かしこまりましたぁ」

 話が終わるタイミングを見計らっていたエルダに俺が希望を告げると、やっぱり緊張感皆無な返事がきたのだった。

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