7.一難去ってまた一難。今度こそ洒落じゃ済まない事態です?
怒涛の七日間だった。
どこからか留守を俺が預かることを知った人々が、手土産もって列を成したのだ。その人たちを無碍に追い返すことも出来ず、祖父母の話を聞く孫のように相槌を打ちながら延々と聞き続けた。事実来たのは時間に余裕のある年配の方々ばかりで、俺としても緊張の度合いは低かった。それにその話の殆どが他愛もない日常の話ばかりで、ふだん表に出ない引きこもりのお嬢様の様子を見に来たのがわかるだけに、首降り人形かよと思わずセルフつっこみをいれそうになるのを必死に堪える日々だった。
「明日には父も戻る。そうすれば、それまでの生活に戻れる……」
日も暮れようという頃になってやっと最後の一組が部屋を去り、俺は力尽きてそれまで座っていた長椅子に寝転がった。
「お疲れ様ですぅ」
そこに台車を押して入って来たのはエルダで、空の茶器を片付けると新たに茶を淹れはじめた。爽やかな香が幾つも生まれ、どこか安心させるその香にため息を吐く。
「ハミヤに手伝っていただいてぇ、プックルを揚げてまいりましたぁ。
どうぞお手を休めて休憩なさってくださいませぇ」
起き上がった俺に手拭を渡すと、エルダは茶碗に茶を注ぐ。声をかけられたのはリーンと従僕のイトヤで、ふたりとも俺が話した内容なんかを記録してくれていた。
ボイスレコーダーやハンディカメラなんて便利なものがあるわけもなく、会話の内容はこうして手で記録をとるしかない。魔法の中には発言の自動筆記もあると聞くが、残念ながらそんな便利な魔法を使える人はそういない――とか言いたいところだが、父と三兄、それから長兄が使えることは確認出来ている。次兄は……微妙。
「ありがとう。エルダのお茶や菓子は絶品だから、みんなに自慢出来るんだよね」
イトヤはそう応えてふんわりと笑った。エルダの母の弟――つまりは叔父なだけあり、笑った時の穏やかな雰囲気が良く似ている。中身はサドっ気のあるエルダと正反対の、正真正銘ほわほわ天然系だが。
プックルは元は菓子パンの一種だったのだが、揚げたら美味しそうだとぽつりと呟いた俺の言葉を受け、エルダが揚げパンに改良したものだ。元々は子どもの頭くらいの大きさがあったものを大人ならひと口でいける大きさに変え、中には酸味の強いジャムを詰め込んでいる。今では俺の好物のひとつでもある。
エルダなりの労わりだろうと思うと、ついつい笑みが浮ぶ。
「それでキャズ様の手伝いを誰がするのか、もめていたのですか」
俺の知らない裏事情を知っているらしいリーンは得心がいったとばかりに頷いて、プックルを口に放り込んだ。
仕事の熱心さが美味い物に比例するとか、さすがは長閑な農業地帯。その長閑さを作り上げた父は、やっぱり偉大だというべきか。
「菓子ぐらい、お願いを聞いてくれるなら幾らでも作りますのにぃ」
「エルダのお願いは無理じゃないけど、大変なものが多いからね。
この間異国の果物を入手して欲しいって頼まれたときには、学院に通っていたときの知り合いに頭を下げてやっとなんとかなったぐらいだしね」
「おかげさまでぇ、とぉっても美味しいケーキが出来上がりましたぁ。
イトヤ叔父さんは優秀なのでぇ、ちょっと無理言ったかも知れないですねぇ」
軽い調子で会話する叔父と甥だが、聞いてるこっちの身としては心臓に優しくない。エルダの言う異国の果物はおそらく俺が前世の記憶を元にこんな果物ってあるかと聞いたそれで、結果出来上がったケーキは先日の森での一件のように俺の腹におさまっている。
俺の何気ないひと言が巡り巡って苦労を撒き散らすとか、ガクブルものだよ。エルダ。
「キャズ様っ! た、大変ですっ!」
ひとり恐ろしさに震えていたそこに、真っ青な顔をして駆け込んできたのは侍女のハミヤだった。
普段の落ち着いた態度からは想像がつかない慌てっぷりに、何事かと不安がつのる。
「お、お客様が参られましたっ!」
「キャズ様に面会を求めてこられた領民の方なら、宿に案内して明日来られるように説明してください」
「で、ででで殿下なんですっ!
王太子殿下がキャズ様に婚約を申し込むために、参られたんですっ!」
幼い俺にこれ以上の執務?は酷だとリーンがハミヤに言うが、返ってきたのは俺にはどうにもならない来客の知らせだった。