4.乳母の子も美少女でした。やっぱりこれもハーレムフラグか?
「あれぇ、そこで何をなさっているんですかぁ?」
いつになく険悪に睨みあってるリーンとヒルバール女史に気付いていないかのような、場違いな間延びした声が響いた。
「エルダではありませんか。どうしてここに?」
「母と菓子を焼いたのでぇ、焼きたてをキャズ様と食べようと思いましてぇ」
現れたその声の主に問いかけたのはヒルバール女史で、向けられた声音は咎めるように冷ややかなそれだった。けれど変わらない調子でそいつは応え、その上リーンの陰に隠れたままだった俺に笑いかけ、手にしていた篭を持ち上げてみせた。
美少女然とした笑顔に思わず心が和む。
「キャズ様ぁ、すぐにお茶の準備をいたしますねぇ」
そんな俺の変化に気付いたのか、そいつ――エルダは笑みを浮かべ、篭から敷布を取り出し広げると慣れた手つきで幾つもの茶器を並べ始めた。
ここで茶と言えばまず香草茶をいい、別々に淹れたものを茶碗であわせるという……なんとも面倒なものをさす。この茶をいかに上手に美味しく淹れられるかが、淑女としてのステータスだってんだから、嫌になる。ほんの十年前までは、茶といえばペットボトルの茶か麦茶だったわけだし。
俺はリーンに促されて後ろから出て、敷布の上にあがる。間近でみても惚れ惚れするような手際の良さに、こいつも産まれる性別を間違えたんじゃないかと、改めて思ってしまった。
エルダは、いわゆる俺の乳兄弟になる。自分の子とはいえ、愛する人を占領されること父が許すはずもなく、当然のように乳母がつけられた。その乳母がこのエルダの母であり、歳の離れた兄たちよりも近しい存在とも言える乳兄弟がエルダだ。
将来はリーンと正反対の清純な美女になりそうな、そんな雰囲気をエルダはしている。護衛であるリーンが女装を強いられているんだから当然、エルダも女装をさせられている。もっともエルダは俺と一緒で物心つく年頃からコレが普通だったわけで、前世の記憶が邪魔をする俺とは違って馴染んでいる。
「本日は菓子を引き立てるようにぃ、あっさりと癖のない組み合わせにしてみましたぁ。
よろしければぁ、御二方もどぉぞぉ」
花の形をした型で焼いた菓子――シューラと一緒にエルダは茶を勧める。
礼を言ってシューラを口に含めば花の香が口の中に広がり、茶を飲めば爽やかな香がまたその香を引き立てる。なんとも絶妙な組み合わせだ。
「また腕をあげたみたいですね、エルダ殿は」
「お褒めいただき光栄ですぅ。
キャズ様のお傍にあるに相応しいよう、毎日頑張っているのですよぉ」
すぐ動けるように敷布には座らず立ったまま菓子と茶を口にしたリーンは、笑顔を浮かべてその出来を褒めた。それにエルダも笑顔で応える。この二人が実は男だと知っていても、美女と美少女が微笑み会ってるようにしか思えない、なんとも眼福な光景がそこにはあった。
「ええ、確かに素晴らしい腕前ですね」
エルダを間に挟んで敷布に座った、男装の美少女と表現してもいいヒルバール女史はというと、眉間に皺を寄せ不機嫌だということを顔に出しながらもエルダを褒めた。その視線は俺に向いていて、俺にもこの腕前を仕込んでやろうと思っているのが露わになっていた。
ああ、恐ろしい。