10.手に汗握る戦いの開始です。いきなりバトルものに路線変更するのもテンプレです?
思わず胃を押さえた俺の隣に何か重たいものが勢い良く降ろされ、俺の体が僅かに浮き上がった。
「よお、元気してたか」
その重たいものはやつれた様にすら見える三兄で、声を掛けてきたのは次兄だった。にかりと歯を見せて笑う次兄はいつも通りそのままで、僅かに気分が上昇した。体の緊張も、少しだけどほぐれた気もする。
答える代わりに笑みを作って頷けば、次兄は少し乱暴な手つきで頭を撫でてくる。うん、いつも通りだ。
「えっと……」
三兄に視線を向ければ、次兄はなんでもないとばかりに三兄を小突いた。
「ちぃとばかし、日頃の不摂生がたたってるだけだ。気にすんな」
「……ええ、論文にかかりきりになって、体力が落ちていたところで無理をしただけです。キャズが心配することではありません」
「そういうことだ」
どうみても過剰に魔法を使ったために起こる疲労具合なんだけど、三兄のそれ。でもって、それって普通の術士なら寝込むようなものだよね。さすが術士チートな三兄。どんな非常識な術を使ったのかわからないけど、間違いなく長兄に命じられた結果だよな。合掌。
「コレの調子はどうでもいいとして、ジーベル、なぜ殿下を止めなかった」
「止める必要を感じなかったんだもの、当然でしょ。
だって、アタシにカリヤ様を止めることなんてそもそも無理なんだもの。だったら大人しくついていったほうが理にかなってるでしょう?」
「そのナリでアタシとか言うな、キャズの情操教育に悪い」
やっぱり長兄に無理に連れてこられたと思われる次兄は、やり場のない怒りをぶつけるように、騎士の格好をしたスキンヘッドの男に言った。ガチムチなその男はオネエ口調でシナをつくり、止めとばかりに次兄に投げキッスをしてくれた。
凶器だ。気の弱い人なら気絶できるくらい、凶器だ。
「俺は男にゃ興味はねぇって言ってんだろっ」
「あらァ、アタシの心はヲトメなのよォ」
「くたばれ、変態っ」
アーッ、な感じの確執があるらしい次兄は、腰に佩いていた剣を鞘から抜くと迷いなく床を蹴っていた。
ここ、室内だから。
なんて常識を今更言ったところでどうにもならないことくらい重々承知なわけで、俺は黙って新しく茶が注がれた茶碗に手を伸ばした。
「エルダのお茶を淹れる腕は飲むたびに上がっていますね」
俺の隣で同じ様に茶碗に手を伸ばした三兄が、左右で繰り広げられる舌戦と激戦などないものとばかりにくつろぎだした。
どうしてそこまでくつろげるのか、俺には不思議でしょうがない。
方や、未来の陛下と最も宰相に近いと噂される、この国最高峰の頭脳の持ち主たちの舌戦。もう一方は、カリヤ殿下の護衛騎士でも最強と呼ばれる剣士と次期将軍と噂される騎士の、やっぱりこの国最強の男達の激戦。どちらかも緊迫した空気が漂ってきて、巻き込まれてもいないのに胃が痛くなる状況なのに。
ジーベルなんて、ずっとこの部屋にいたのに、存在すら認識できなかったくらい気配を断てるんだぞ。見上げる程の長身で、ガチムチなオネエなのに! 相当腕が立つ、細身で華奢なリーンでも無理なのに!
「リーン、どっちでもいいから止められたり……しないよな?」
ずっと俺の傍に控えてくれていたリーンにこっそり聞いてみるが、笑顔で否定してくれた。だよなぁ、無理だよなぁ。