薄くて淡くて儚いもの
※主人公は所謂ぼっちです。
※あと、本気でなんでもない話です。
それではどうぞ。
ホームの際に立ってると、電車が通過するから気を付けろ的なアナウンスが聞こえた。向こうから電車がやって来るのが見える。なんか飛び出したくなった。青春とかしちゃってるみたいな表情で、キラキラした何かを飛ばしながら助走つけてターンって。
『ちょっと短めのプリーツとかはためかせちゃったりして!』
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車窓から見える景色をぼやっと眺める。雲一つ無い青空をキャンパスに、灰色っぽい景色が広がっている。父親曰わく遠くの景色を見た方が目に良いらしいからなるべく遠くの景色を見ようとする。でも手前に大きいという程でもないけど小さくもない建物が並んでて、その向こう側が見えない。つまり遠くの景色ってのが無い。駄目じゃん。
『雲が無い空って感覚的に遠いんだか近いんだか分かんないしな』
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もうすぐ学校。毎朝校門に警備員さんが立ってる。私は毎朝挨拶する。実はそういうのを気軽に言えない性格な私はだから、毎朝ちょっと緊張する。おはようって返ってくるとほっとする。たまに私の声が小さくて聞こえなかったのか、返ってこない時があるから。そんな時私は、そんな事ないって分かっていても、私だから無視したんだとか、思ったりする。もう学校。
『おはようございます』
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校内では、ケータイの電源は切らなきゃいけない。たまに忘れる。というか、ケータイを持ってきてる事すら忘れる。まあそれで、ちょっとだけ焦る。焦りながら、ホームルームが終わるのを待って、先生が教室を出て行ったのを確認して、それからこっそり電源を切る。周りには普通に電源を切らない人達がいて、多分切ってなかったのを見られても、誰にも何も言われないと思うけど、でも私はこっそり切る。だって、なんか。
『てかケータイを肌身離さず持つ人が意味不なんだけど』
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授業で当てられた。唐突に死にたくなる。恥ずかしすぎて死にたくなる。噛んだ事なんてどうせ誰も気にしちゃいないだろうけど、でも私はどうしても気になる。誰かが私を笑っているような気がして。ああ死にたい。
『なんで私を当てたの先生!』
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机に突っ伏して居眠りする休み時間。別に変なことではないから誰の注目も集めない。私は腕で顔の変なところに変な跡が付かないように気を付けながら眠る。私の前髪は長いから、額になら跡付いても気付かれないだろう、とか思って腕に額を載せる。後ろで笑い声が聞こえる。まさか私がほんとに寝てると思って陰口言ってんじゃなかろうか、なんて。
『首が痛い』
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掃除当番達が無言でほうきを動かす。でも別に真面目にやってるんじゃなくて、早く終わらせて早く帰りたいだけで、だから実はとても不真面目だったりする。その証拠に、誰も誰かのためにちりとりを持ってあげようとかしない。めいめいに集めたゴミを、それぞれがちりとりに入れて捨ててそして帰っていく。あるいはゴミを集めただけで帰っていく。みんなが帰った後私は、そんな人のゴミをちりとりに集めて捨ててそれから帰る。だってあんなあからさまにゴミが固まってたら捨ててない事がバレるじゃん。
『別に不真面目でもいいけどさ』
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美術室の窓からグラウンドの上に広がる空を見るのが好き。たまにポーンとあがってくる野球ボールとか、いかにも青春めいた夕日とか。私はそれをじっと眺めるんじゃなくて、時々思い出した時にふと目を向ける。あんなに青かった空はもうオレンジがかっていて、でもまだ部活の終わる時間ではなくて。早く終わんないかなー、でも家に帰るのはやだなーなんていう答えは明白なジレンマが私を苛む。つまり部活はまだ終わらなくて、でも家には必ず帰らなきゃいけないってこと。
『あ、鉛筆削んなきゃ』
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校門を出れば校則という拘束から解き放たれる。校内では禁止されている音楽プレイヤーをスクールバックから取り出して、片耳にだけイヤホンを着ける。例えば店で流れてる曲のリズムに合わせて歩くと、それはみんなに、あ、リズムとって歩いてるってバレるけど、イヤホンで聴いてる曲のリズムに合わせて歩いても、誰にもバレない。だってこの曲は私にしか聞こえていないから。私だけの曲。軽快な足取り。でも誰も知らないんだ、私がこの曲のリズムに合わせて歩いてるだなんて。
『いっそ合わせて歌いたいぐらい!』
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リビングには誰もいなくて、いつも通りの酒臭い空気が、まるで雨雲かのようにぷかぷかと浮いていた。私はそんな狭いリビングを通り過ぎて、物があたりに散乱した私の部屋に入る。この散らかった物はほとんど、私の物ではなくて、同室の妹の物だ。妹はいくら言っても使った物を元の場所に元のように戻すという事をしなくて、どんなに言っても物の為に無駄なお金の浪費をする。いくら言ってもどう言っても何言っても。誰もいない。つまり今うちには、私ひとりしかいない。途端に少しだけ気分が晴れる。
『ひとりがいい』
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頭からシャワーを浴びる。なんかよく分からないけど突然涙が出た。そんなことって、たまにある。私だけかな。とりあえずその涙の理由が分からない。あまつさえきっかけすら分からないとかいう感じで。吐き気みたいに喉がひきつる。更に心も、無性に悲しくて辛くなる。これも理由もきっかけも分からない。意味が分からない。私は何か辛いものでも抱えてるんだろうか。ひっ、とか、ぐっ、とか、ほんのちょっとだけ漏れた私の声は、全部シャワー音にかき消される。涙も全部、シャワーのお湯と一緒に、私の頬を伝い首を伝い胸を伝い腹を伝い足を伝って最後に排水口に流れていく。というか、私には吸い込まれているように見える。ああもう分からない。分からない。もー、分からなすぎ。
『なにもかもなにもかもなにもかも!』
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洗濯をしすぎて肌触りががさがさになった薄い毛布と、最近買い換えた安物だけどふわふわの布団を頭までかぶって、私は眠る。最近お父さんは毎晩お酒を飲む。だから同じく最近し始めた加齢臭だと思われるにおいと、お酒のにおいが、リビングであると同時にお父さんの寝室でもある部屋には漂っている。妹はそのにおいが嫌だとかキモいだとか言ってる。今、隣の、例のリビングで。それでお父さんが妹に何かを言い返す。まるで子供同士の喧嘩のようで。馬鹿らしい。うるさい。
『そうだ、いいこと思い付いた。誰もいなくなればいいんだよ』
全然いいことじゃないんだ。分かってる。
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昔、駅のホームから落ちそうになったことがある。小さい私は、風か何かでバランスを崩して。それでそんな私の腕を、今はもういないお母さんが、がしっ、と掴んで、私は落ちそうになった恐怖よりむしろ、その掴まれた腕の痛みに泣きそうになった。そんな私にお母さんは、自身に私を引き寄せながら、落ちないようにちゃんと気を付けなさい、と言った。
そういう、夢を見た。
そう、だからホームから落ちちゃ、駄目なんだ。落ちないように、気を付けなきゃ、いけないんだ。
今、私の腕を掴んで、ホームに引き寄せてくれる人はいないから。私が私に、気を付けなきゃいけない。
ましてやホームは、飛び出す場所じゃあ、ないんだ。
『もやもやとした意識の中で、私は考えた。そんな考えはなんだか取り留めがなくて、考えたそばから全部するすると抜けていったような気がするけれど、』
ホームから落ちないように、気を付けなきゃいけない。
っていう考えだけが、いつまでも私の心の底の方に、沈んでいた。
何故書いたのか作者の私にもよく分からないお話です。でもこういう文は書きやすいです。ひたすら主観。
この主人公と私自身は少なからずリンクしています。以前何も考えずに机でうつ伏せに寝た後、鏡を見たら頬とかに髪の毛の痕みたいなのが残っててびっくりでした。恥ずかしい。
主人公と違って母親はいますが(明記はしていませんがなんとなく既に死んでいることは分かると思います)、父親から加齢臭がしてきたのはリアルな話で、それをどう本人に伝えようかと悩む今日この頃。