タイムボタン
ショートショート第一弾。
あなたは現状に満足していますか。
もし過去の自分に戻ることができるならば、戻りたいですか、戻りますか。
ここに一つのスイッチがあります。
さあ、押してみてください。あなたの好きな時点に戻れますよ。
ですが、時間の流れというのは山登りと一緒なのです。
それだけお気をつけて。
では、グッドラック。
箱に入っていた紙切れにはそう書かれていた。
「意味不明だ」
床に腰を下ろしてそれを読んでいた山代幸太は訝しげに眉をひそめると、紙切れをぐしゃりと丸めて投げ捨てた。紙屑はゆるい放物線を描いてごみ箱に吸い込まれていくが、惜しくも縁に当たって虚しく落下した。しかし、幸太はそれを気にする素振りも見せず、続けて今朝早く宅配便で届いたばかりの怪しげなダンボール箱の奥に手を伸ばした。
「差出人、大井勤? 聞いたことないな」
中には気泡緩衝材と透明なケースに包まれた謎のスイッチが入っていた。大きさは手の平大で、白い台座の上に赤いプッシュボタンがちょこんと乗っている。一昔前に流行った無駄な知識をテーマとする某テレビ番組に登場するあのスイッチに酷似しているが、似て非なるものらしい。というのも、緩衝材を剥がしてみてわかったが、台座の側面に金色の凸文字で「タイムボタン」と刻まれているからだ。安っぽいデザインからして年代物の玩具か何かだろうか。差出人がわからないのでいまいち判然としない。
スイッチを掲げてみて、幸太は鼻で笑った。対象年齢一体いくつだよ。
このスイッチを押すと過去に戻れる、とは面白い発想だとは思う。だが、所詮は子供のおもちゃ。高校生の幸太には嘲笑を浮かべさせるのが関の山、同封されていた先程の説明書らしき紙切れと同じ末路を辿ることになりそうだ。
幸太がスイッチの処理に悩んでいると、一階から母の声が響いた。朝食の用意が済んだので早く降りて来いとのことだ。
ご飯が冷めるのはよろしくない。幸太はひとまずスイッチを机の引き出しに仕舞うと、鞄を引っ掛けて部屋を出た。
学校に着いた頃には、タイムボタンのことはきれいに忘れてしまっていた。
幸太が教室に入ると、それぞれ散在していたクラスメイト達がぞろぞろと幸太を囲むように集まってきて口々に話しかけてくる。
「おっす、幸太。昨日のお笑い見た?」
「今日はいつもより来るの遅いんだな。寝坊?」
「山代のことだから、どうせ深夜までゲームだろ」
それらににこやかに応対しながら、幸太は心が満たされるのを感じた。
そう、これだ。俺はこのクラスの人気者なんだ。俺の周りにはいつも輪が出来て、俺が常に中心にいる。今やクラスに欠かせない存在になっているんだ。
感傷に浸っていると、幸太の親友である奥村聡と多田次郎の会話が耳に留まった。
「ねえ、奥村。美佳子さんが奥村のこと好きって本当?」
「美佳子さんが? そんなの聞いたことないな。誰かのでたらめだろ、どうせ」
「でも奈央さんが、美佳子さん本人から聞いたって」
「奈央ならなおさら信じられないっての。っていうか、奈央ならなおさら、ってちょっとシャレっぽくねえ?」
「はは、いいかもね」
軽口を叩き合って笑う二人に反して幸太はぎょっとした。
美佳子とはこの学級随一の美少女で、控えめな性格も相まって男子に人気がある。幸太もその一人だ。そして彼女に四六時中くっついている目の上のたんこぶが奈央である。
ところで、奥村達の話で聞き捨てならなかったのは美佳子が奥村を好きらしいという部分だ。目下、美佳子は幸太の片思いの相手である。彼女の好意が奥村に向いているというのが真実ならば、幸太は友人である奥村に対して鬱々たる思いを覚えざるを得ない。小学校時代から気が合う無二の友人として接してきた奥村が、突如憎悪の対象に変わっていくような気がして、幸太はぶるぶると首を横に振った。
そこでちょうどよく始業のチャイムが鳴り、クラスメイト達は蜘蛛の子を散らすようにおのおの席に戻って行った。
救われた、幸太は素直にそう思った。あれ以上奥村の近くにいたら、きっと彼を貶めるような発言をしていたに違いない。良き友人として、その行為にだけは決して及びたくはなかった。
ほどなく教科担当が登場して、幸太の思考も自ずと勉強の方に切り替えられると思われた。
『美佳子さんが奥村のこと好きって本当?』
ところが、授業が始まってからもついさっきの多田の言葉が耳から離れることはなかった。思わず美佳子の方を見やると、彼女が奥村の背中に熱い視線を送っているように映って、胸がつまった。実際はただ黒板を見ているだけかもしれない。昨日までは、確かにそんな風には感じていなかったはずなのに。
心が悶々として、無性にいやな気分だった。
この日は結局、幸太はうまく晴れない気持ちを重々しく抱えながら、息苦しい一日を過ごすことになった。
翌日。
登校した幸太の目に最初に映ったのは、今まさに奥村が美佳子に話しかけようとしている瞬間だった。その光景を見た途端、頭を金槌で思い切り叩かれたような衝撃が幸太に走った。
今まで奥村が自分から美佳子に話しかけたことがあっただろうか。
美佳子は奥村とぎこちなくも楽しげに話している。その姿を戸口の脇に立ってぼうっと眺めている己の不自然さにも気が回らず、ただ立ち尽くした。
見るに見かねた多田が幸太の下へやって来て、とんと肩に手を置いた。幸太は一瞬何が起きたかわからなくて、反射的に肩を回して手を振り解いてしまった。すぐさま多田だと気付き、慌てて頭を下げた。もはやいっぱいいっぱいだった。
「昨日の僕達の話、覚えてる?」
「美佳子さんが、って話か」
「そう。それで、奥村、教えた途端にあれだよ。昨日はあれほどしつこく疑ってたくせにね。なんというか、単純だよね」
多田はちらちらと幸太の顔色を窺いながら顔をしかめた。
「そうだな」
「それに見てよ、あの髪。美佳子さんにお近づきになるためにキメて来たんだって。笑えちゃうよね」
多田はあくまでも奥村の軽佻浮薄な行動をたしなめる立場でいるつもりらしい。もしかすると多田は既に幸太の秘められた気持ちを察していて、気を遣っているのかもしれなかった。
だとしたら、むしろ腹立たしい限りだ。
別段ユーモアセンスがあるでもなく、非凡な能力を有しているでもない多田は、幸太がいなければ教室の隅っこで目立たないように縮こまっているしかない庇護される側の人間だったはずだ。
それがなんだ。いっちょまえに俺を庇うつもりか。
内心どす黒い私怨を巡らせながらも、顔には苦笑いを浮かべて愛想よく振舞う。その間、幸太の視線は一瞬たりとも奥村から離れることはなかった。
幸太は放課後までには腹を決めていた。
「美佳子さん」
「えっ?」
教室を出て行こうとする美佳子を呼び止める。
「ちょっと、いいかな」
美佳子は面食らったが、すぐにこくりと頷いた。
幸太はそのまま人気のない廊下まで連れ立ち、美佳子を振り返って大きく息を吸った。
「美佳子さんのことがずっと好きです。俺と付き合ってください」
言えた。いけた、と思った。完璧だった。奥村にはこんなことできない。俺は奥村より上位の人間だ。顔はあいつより全然いいし、運動だって勉強だって劣らない。そして何よりクラスの人気者だ。中学の時だってあいつはずっと一人身で、俺は断然モテていた。人としてこんなにも歴然とした差があるんだ、断る理由などどこにもない。
いつ了承の言葉が来るか来るかとそわそわしていると、ようやく美佳子が口を開いた。
「ごめんなさい」
幸太は初め彼女が何と言ったのか理解できなかった。ごめんなさいと言ったのはわかるが、その意味が知れない。顔を伏せる美佳子のつむじを凝視しながら脳内で彼女の言葉を幾度も反芻して、やっとのことで一つの結論に達した。
振られた。
開いた口が塞がらない幸太を取り残して美佳子は身を翻した。幸太は慌てて我に返った。
「待って!」
縋る思いで呼び止めた声はひっくり返った。なんて無様なのだろう。
「奥村か?」
思わぬ名前が口をついて、自分で自分を疑った。一体何が聞きたいのか。違うと言って欲しいのか。奥村でも幸太でもない誰かに心を寄せているなら、それで安心するのか。
美佳子は振り返り、しばらく困り顔で立ち尽くしていたが、やがて無言で立ち去った。
奥村だ。
幸太はぐっと唇を噛んだ。後には取り返しのつかないことをしてしまったような後悔だけが残った。
一週間後、奥村と美佳子は付き合い始めた。
その事実を奥村本人から聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。気が付いたら自室のベッドでうなだれていた。とにかく無我夢中だったからか、帰り道の記憶が全くない。それ程までにショックだったのだろうか。告白した時に驕っていた自分が今はひどく恥ずかしい。
シーツをくしゃりと掴む。美佳子とはもう今までどおりに接することは出来ない。あちらが良くてもこちらが無理だ。だが、できることならば元通りに戻りたい。
あの時に、告白する前の自分に戻りたい。
『もし過去の自分に戻ることができるならば、戻りたいですか、戻りますか』
そんなフレーズもあった気がする。しかもここ最近目にしたばかりだ。あれは、何だっただろうか。
ふと思い当たった幸太は机の引き出しを開いた。中にはこの前に差出人不明で届いた「タイムボタン」が無造作に放り込まれていた。
「まさかな」
内心ありえないと思いつつもそそくさとケースを開いている自分がいる。駄目で元々、単なる玩具に過ぎなければ燃えないごみに分別すればいいだけの話だ。
幸太は赤いスイッチに手を掛け、そっと指先に力を込めた。
目の前に赤いスイッチがあった。
最初こそやはり何も起きなかったかと些か落胆したが、すぐに違和感を覚えた。今の今まで机の前に立っていたはずなのに、いつの間にか床に座り込んでいる。さらに手の中のスイッチはまだ包装に包まれたままで、それもおかしい。
大急ぎで携帯電話を取り出すと、画面には荷物が届いた日の日時が表示されていた。
まさか、まさかまさかまさか――。
息をするのも忘れてその数字に見入っていると、階下から母の声が響いた。朝食の用意が済んだので早く降りて来いとのことだ。
既視感、二重写し、デジャビュ。そんな単語が思い浮かんだ。
幸太は半信半疑でスイッチを鞄に突っ込むと、部屋を飛び出した。
その後も驚愕の事実が続いた。
おっす、幸太。昨日のお笑い見た? 今日はいつもより来るの遅いんだな。寝坊? 山代のことだから、どうせ深夜までゲームだろ。ねえ、奥村。美佳子さんが奥村のこと好きって本当? 美佳子さんが? そんなの聞いたことないな。誰かのでたらめだろ、どうせ。でも奈央さんが、美佳子さん本人から聞いたって。奈央ならなおさら信じられないっての。っていうか、奈央ならなおさら、ってちょっとシャレっぽくねえ? はは、いいかもね。
全て聞き覚えのある台詞だ。もしこれが夢でも幻覚でもなく紛れもない現実だとしたら、もし同じ時間が繰り返されるならば、明朝、奥村は美佳子にアプローチを掛けるだろう。
では仮に、その出来事が起きないように奥村の行動を捻じ曲げたとしたら、未来は変わるのだろうか。奥村と美佳子が結ばれないような未来には変えられるだろうか。
やってやる。幸太は意を決した。
翌朝、校門の開放と同時に校内に入った幸太は自分の席で静かにその時を待っていた。一人、また一人とクラスメイトが登校する中、先に奥村がやって来た。いつもなら始業ぎりぎりに駆け込んでくるはずの奥村がなぜかこの日だけはやたらと早い。
やっぱり、奥村のやつ。
まもなくして美佳子も到着した。ひっそりと奥村の様子を窺っていると、明らかに美佳子の方を気にしている。時折深呼吸しては、自身を奮い立たせるように何度も頷いている。教室の時計を確認すると、あの時の幸太が着く数分前だった。今ならまだ間に合うだろう。
「奥村、便所行かないか?」
「ええ……」
幸太が誘うと、奥村は露骨に嫌な顔を浮かべたが構わず連れ出した。
「お、おい。どこのトイレ行く気だよ」
「大の方だから、人が来ないところ」
幸太は苦しげに腹を押さえるふりをしながら一番遠い便所に向かい、個室に入って便座の蓋に座った。たまにうんうんと唸る演技も挟めつつ、刻々と時間が過ぎるのを待つ。
「なあ、俺もう戻っていいか?」
「待てって。もうちょいだから」
「長いんだよ……」
奥村が焦れるが、逃がすつもりはなかった。今逃がしたら必ず美佳子に擦り寄るに違いない。そうはさせまい。
しばらくして携帯を開くと、もうすぐ始業のチャイムが鳴るという頃だった。そろそろいいかと当てをつけると、用を足してもないのに水を流して個室を出た。
「遅えよ!」
幸太の顔を見た瞬間、奥村が吠えた。
「なんで怒ってんだよ。別に暇だろ」
しれっと言いのける自分がにくい。
「俺だってやることがあんだよ!」
奥村は早足で教室に戻ったが、着くと同時にチャイムが鳴った。奥村は悔しそうに幸太を睨んだが、素知らぬ顔で受け流した。
それから一週間、幸太は学校内でことごとく奥村の邪魔をし、美佳子に一切近づかせなかった。
そうして迎えた一週間後、努力虚しく奥村と美佳子は付き合い始めた。その後も幾度となくやり直しを試みたが、とうとう二人の仲を分かつことはできなかった。
「なんでだよ……」
ベッドでうなだれる。枕元には「タイムボタン」が転がっている。
行き着く先は全て同じだった。校内で奥村の邪魔をすれば、幸太の手の及ばない校外で逢瀬をし、それを妨害すれば、今度は美佳子の方から告白するという具合だ。どんなに奥村の前に立ちはだかろうとも、美佳子にちょっかいを出そうとも、二人が結ばれるという未来に何ら変化はなかった。
「なんでなんだよ!」
シーツに拳を叩きつける。惨めだった。なぜ自分でなくて奥村なのか。それだけが腑に落ちない。奥村が憎くて憎くて仕方がなかった。
『ですが、時間の流れというのは山登りと一緒なのです』
今ならその意味が理解できる。どの路から登っても結局は同じ頂上に着く、そう言いたいのだ。
「だったら、絶対に付き合えないようにしてやる」
幸太は血走った眼で「タイムボタン」を掴んだ。
「やった……」
中庭に奥村が倒れている。
実行に移すのは案外簡単だった。屋上に奥村を呼び出して突き落とす、それだけのことだった。途中何度か失敗して時間を戻したこともあったが、数回目で成功した。
「こ……うた……」
奥村の下に駆け寄ると、彼はかすかに目を開いた。どうやら即死ではなかったらしい、虫の息の奥村を見下ろしながら幸太は笑いが止まらなかった。
それからしばらく奥村は何度か口をぱくぱくさせて何かを訴えかけていたが、やがて息を引き取った。
と、その瞬間、信じられない事象が起こった。幸太の周りの風景が歪み始めたのだ。わけがわからず辺りを見回していると、続けざまに、何もなかった空間に次々と微細な亀裂が走った。空間が亀裂で全て埋まると、耐えかねたようにぼろぼろと崩れ始めた。奥村の死体も破片となってどこに消えていった。
「どうなってんだよ!」
突然の怪奇現象に頭が混乱してついていけない幸太はやみくもに叫ぶ。気が付くと、辺り一帯真っ黒の世界にいた。真っ暗ではなく、真っ黒。加えて、床も天井もない空間に老若男女様々な人間が背中を丸めて座っている。どこかで発狂した叫び声も聞こえた。
「おい! どこだよ! ここはどこなんだよ! 戻せよ!」
なぜか目から熱いものが流れ出し、幸太は悔しくなって無茶苦茶に叫んだ。
「若いの、あんたもやっちまったのかい」
すると近くで死んだように座っていた老人が生気のこもっていない目で幸太を見上げた。幸太は涙を拭くのも忘れて老人の胸倉を掴んだ。
「何か知ってんのかよ! 俺が何をしたんだよ! 戻せって!」
「そりゃあ無理な話だあな。ここはもう、現実じゃあない。時間軸から外れちまってるんだ」
「はぁ? 何言ってんだよ! 意味わかんねえんだよ!」
「泣いても叫んでも無駄よ。あんたは間違いを犯した」
「間違いってなんだよ!」
幸太の悲痛な叫びを無視して、老人はあさっての方向に目を向けた。
「ここに来ちまった人間はなあ……時間が止まったまま生きることも死ぬこともできずに、ただ座ってるしかねえのさ」
自嘲気味に笑うと、老人は再び死んだように俯いた。
「ふんふんふ~ん」
今日は気合を入れて、ワックスというものにチャレンジだ。べたべたして気持ちが悪いが、我慢しよう。
正直なところ、今まで美佳子には興味はなかったが、顔だけはいいから、好かれているのならこれに乗らない手はない。
「宅配便でーす」
家の中に運送業者の景気のいい声が響いた。母親が急いで玄関に向かう。
「こちらにサインをお願いします。あ、苗字だけで結構です」
「奥村、と。これでいいですか?」
「はい、ありがとうございます。では、失礼します」
母親は業者を見送ると、宛名を確認して声を張り上げた。
「聡ー! お友達から荷物が届いたわよー!」
奥村は髪を整えながら、ひょいと顔だけ洗面所から覗かせた。
「友達って誰だよ」
「山代幸太くんだって」
「ヤマシロコウタ? 聞いたことない。多分それ間違ってるよ」
「でも宛名は聡になってるわよ」
「知らないって。そんなんより、俺今日早く学校行かなきゃだから飯はいいわ」
「用事があるの?」
「うーん、そんなところ」
そう、と呟いて奥村の母親は箱を見つめた。品物を見れば差出人が誰か分かるかしらと思い立ち、ダンボールの封を破る。中には緩衝材に包まれた赤いスイッチと紙切れが一枚、こじんまりと入っていた。
「あなたは現状に満足していますか……」
説明書らしき紙切れにさっと目を通して、裏返す。そこには表の説明について一言、注意書きがなされていた。
ああ、そうそう。
言い忘れましたが、山登りは山登りでも、頂上ごと壊すような真似をしてはいけません。
富士の樹海で迷ってしまいます。
お気をつけて。
では、グッドラック。
ここに来てからどれくらいの時間が経っただろうか。そもそもこの空間は時間という概念から外れているから、それを考えるのも妙な話なのだが、とにかくここに座り始めてから大分過ぎたような気がする。
「死にたい……」
幸太は小さく呟いた。
と、その時、幸太の眼前にコマが切り替わったように人間が現れた。新人かとわずかに興味がそそられたが、顔を上げる気力も生まれてこなかったので無視した。
「なんだよこれ。なんなんだよお……」
ところが聞き覚えのある声がして、幸太はゆっくりと面を上げた。すると、見慣れた親友の姿がそこにはあった。
「なんだ、おまえもやっちまったのか」
幸太はにやりと笑った。