壊れ始めた距離
デビューしてから、生活は一気に変わった。
レッスン。
収録。
ライブ。
取材。
毎日が忙しくなった。
それでも不思議と苦じゃなかった。
むしろ楽しかった。
ステージへ立つたびに客が増えて、自分の名前を呼ぶ声も大きくなっていく。
“夢が叶っていく”感覚が、確かにそこにあった。
グループの人気も順調に伸びていた。
SNSのフォロワーも増えて、街で声をかけられることも少しずつ増え始める。
昔は地下ライブハウスに数十人しかいなかった客が、今では数百人規模の会場を埋めていた。
あの頃の俺は、本気で信じていた。
このままもっと上へ行けるって。
その中心に、あいつもいると思っていた。
「蓮、最近ほんと忙しそうだね」
久しぶりに会った帰り道。
駅前のコンビニ横で、女がジュースを飲みながら笑う。
昔は毎日のように会っていたのに、最近はお互い予定が合わなくなっていた。
でも、会えば昔みたいに話せる。
……そう思っていた。
「まあな」
「有名人じゃん、もう」
「そんなでもねぇよ」
「いや絶対人気出てるって」
そう言いながら、女がスマホを見せてくる。
俺たちのライブ映像。
SNSの切り抜き。
ファンの投稿。
そこには確かに、俺たちの名前が増え始めていた。
「ほら、この人とかめっちゃ蓮のこと褒めてる」
「……ほんとだ」
少し照れくさい。
でも嬉しかった。
努力が形になっていく感覚。
応援してくれる人が増えていく感覚。
昔、地下ライブハウスで夢を見ていた頃の自分へ教えてやりたかった。
ちゃんと届くようになるって。
「てかさ」
女がスマホをいじりながら言う。
「今度○○くんのイベントあるんでしょ?」
グループ内で一番人気だったメンバーの名前。
俺は小さく頷く。
「あるけど」
「いいなー。会ってみたい」
「この前も言ってなかった?」
「だってほんとにかっこいいじゃん」
悪気のない笑い方。
でも、その瞬間。
胸の奥にまた小さい違和感が落ちた。
最近、こういう会話が増えていた。
俺の話をしているはずなのに、途中から別メンバーの話になる。
ライブへ来てくれるのも。
応援してくれるのも。
本当に“俺”を見てくれているのか、分からなくなる瞬間があった。
でも、それを考えるのが嫌だった。
だから流した。
気のせいだと思った。
昔から一緒だった人間を疑いたくなかった。
その数日後。
ライブ終わりの楽屋。
俺はスマホを見ながら小さく眉をひそめる。
通知。
《今日○○くんいる?》
まただった。
最近、こういう連絡が増えている。
最初は軽く返していた。
でも、だんだん疲れてきた。
《忙しい》
そう返すと、すぐ既読がつく。
『そっかー』
『また今度紹介してよ笑』
その文面を見た瞬間、妙に胸が冷えた。
紹介。
その言葉が引っかかる。
俺はスマホを閉じる。
すると隣にいたメンバーが笑いながら覗き込んできた。
「彼女?」
「違ぇよ」
「じゃあ誰」
少し迷ってから答える。
「幼馴染」
「あー、例のファン一号?」
「まあ」
そう返すと、メンバーは軽く笑った。
「いいじゃん。昔から応援してくれてる子いるの」
その言葉に、小さく頷く。
……そのはずだった。
でも。
最近、分からなくなっていた。
ライブ中。
最前でペンライトを振る姿。
物販で笑ってる顔。
昔と変わらないように見える。
なのに。
会話の端々に、“俺じゃなくてもいい”みたいな空気が混ざり始めている。
その違和感を、俺はまだ言葉にできなかった。
ただ。
少しずつ、何かが壊れ始めている感覚だけはあった。




