第5話 傭兵ギルド
俺とハルカは、ビルの谷間を縫うように飛び交う飛行物体フライトビークルに乗り、傭兵ギルドへ向かっていた。
このフライトビークル、どうやらタクシーのようなもので、行き先を指定すると自動で目的地へ向かってくれるらしい。
乗り込む前に近くで見た時は、まずタイヤがないことに驚いた。
ふわりと宙に浮かび、乗車スペースは半球状の透明ガラスのような物で覆われている。
まさに未来の乗り物、といった風貌だ。
足をかけた瞬間、俺は思わず身構えた。
人の重さで沈むか、傾くのではと思っていたが機体は微動だにせず、完璧な水平を保っていた。
そして動き出した瞬間、さらに驚いた。
エンジン音も振動も、まったくなく、ただ静かに滑るように空を進んでいく。
「すごいな、このタクシー。音も振動もないし……技術の進化を感じるぜ」
「これらのフライトビークルには小型の重力コアが搭載されています。現在では、あらゆる場所で重力コアが使われていますよ。しかも、それを作れるのは天桜日皇国だけなので、全ての国が重力コアの生産を天桜日皇国に依存しているのですよ」
「なるほどな……そりゃ最も影響力のある大国になるわけだ。ならないほうがおかしい」
重力を操る技術を独占している国、それはつまり、世界のインフラを握っているのと同じだ。
地球で生きていた俺でも、そのヤバさはよく分かる。
「そうこう言っている間に着きましたよ」
隣の席でハルカが前方を指差す。
その先には、巨大なビルの正面に掲げられた巨大なロゴ。
そして、見慣れない文字で書かれた傭兵ギルドの看板があった。
日本語や英語とも違う言語で書かれていて、俺の言語翻訳のスキルが自動で意味を補完してくれた。
全く違う言語で書かれていることが、ほんの少し時代の変化を感じさせた。
「あ……俺、この時代のお金持ってない」
フライトビークルを降りる直前で、ふと現実に引き戻されるように思い出した。
未来の街並みに気を取られていたが、よく考えれば財布なんて持っているはずがない。
そんな俺に、ハルカがにこやかに微笑んで言った。
「マスターのアカシック端末に、あらかじめ入金してあります」
「電子決済なのか?」
「はい。この時代のお金はすべて電子決済です。ほぼ全ての国でクレイドが使えますよ」
俺が地球にいた頃、電子決済は普及していたが、まだまだ現金も現役だった。
全て電子決済というのは、社会の変容を感じさせる。
しかし、ふと気になる言い回しがあった。
「ほぼ全て? ……ってことは、一部では違うのか?」
「そうですね。一部の小国では、同じ電子決済ではありますが、共通通貨のクレイドではなく自国決済を採用しています」
「それって……独自の金利政策を行うためか?」
「その通りです。小国が自国決済を採用する理由は、それですね」
(なるほど……経済の仕組みは地球にいた頃とあまり変わらないんだな)
俺はフライトビークルから降りた。
支払いはハルカが済ませてくれたようで、少し申し訳なさが胸に刺さる。
(……早く稼ごう)
そんな決意を胸に、アカシック端末を起動して残高を確認してみる。
次の瞬間、思わず目を疑った。
「……は?」
画面に表示された数字は、見間違いようがない。
500万クレイド。
目玉が飛び出るような金額が入金されていた。
流石の俺も何かの間違いかと思いハルカに聞いた。
「なあ……入金されてる金額、間違えてないか?」
「間違えてませんよ。500万で合っています」
ハルカはにっこりと笑って答える。
その笑顔とは裏腹に、俺の顔は引きつっていた。
「そ……そうか」
未来の物価がどうなっているのかは分からないが、日本円に換算すると500万円という数字のインパクトは地球にいた頃の感覚でも十分すぎるほど強烈だった。
(ハルカ……金持ちなのかな……)
そんなことを考えながら、俺はハルカの後ろをついて建物の中へ入った。
ギルド内部は広く、天井の高いホールには多種多様な種族が行き交っている。
意外にも電球などの照明器具は見当たらず、天井そのものが淡く発光しており、どこか未来的な雰囲気を感じさせた。
受付カウンターへ向かう途中、妙な視線を感じて周囲を見回す。
(……なんか、こっち見て話してるな)
ヒソヒソ声と共に視線を感じたが、それは陰口の類ではなく、むしろ尊敬や憧れを含んだものだった。
その視線の理由が分からず戸惑っていると、リザド族の一人がこちらへ歩いてきた。
「久しぶりだな!! 彗星の副操縦士ハルカさん!」
(優しそうな……トカゲさん? だな…… あと妙にダサい二つ名だな)
明るくて気さくな雰囲気のトカゲさんは、ハルカにフレンドリーに声をかけた。
俺は隣で、ハルカの二つ名が面白すぎて吹き出しそうになる。
ハルカは俺の気配を察したのか、ギロリと鋭い視線を向けて牽制してきた。
「お久しぶりですね、トウシさん」
「よしてくれよ。あんたにさん付けされるとむず痒いぜ」
どうやら顔なじみらしい。
軽口を叩き合う二人の雰囲気は、どこか懐かしい友人同士のようだった。
トウシさんはふと俺に気づき、首を傾げる。
「隣の兄ちゃんは、ハルカさんの知り合いか?」
「はい。私のマスターです」
「おお、あんたが主操縦士か! 俺はトウシ、よろしくな!!」
トウシさんは大きな手を差し出してきた。
握手すると、その手は人間とは違う、固いようで柔らかいような鱗の感触があった。
そして俺は、どうしても気になっていたことを、こっそり耳打ちで尋ねた。
「少し聞いていいですか? あの……ちょっとダサい二つ名といい、ハルカって有名人なの?」
「なんだ、兄ちゃん知らないのか? ハルカさんはこの辺じゃ有名人だぞ」
トウシさんと俺はハルカから聞こえない様に少し離れ小さな声で会話する。
「数年前、この辺りに大規模な宇宙盗賊団がいたんだがな。討伐隊の時、ハルカさんは型落ちの古い機体で、あり得ないほどの高速移動をしながら盗賊団を次々に撃破していったんだ」
その光景を思い出すように、トウシさんは目を細める。
「その速さから彗星の名がついて、本人に何者か聞いたら副操縦士ですって言うもんだから…… そこから彗星の副操縦士って呼ばれるようになったんだよ」
トウシの説明を聞き終え、俺はそっとハルカへ視線を戻した。
すると、ハルカは、むくれた顔でこちらを睨んでいた。
(あの顔……やっぱり、あの二つ名あんまり気に入ってないんだな)
頬をぷくっと膨らませ、視線をそらす仕草が妙に可愛い。
けれど、本人は完全に不満そうだ。
そんな空気を読んだのか、トウシがぱっと話題を変えた。
「ところで、ハルカさんと兄ちゃん。よかったらこの後、飯でも行かないか? ハルカさんには世話になったし、礼がしたいんだ」
「マスターの傭兵ギルド登録と識別コード発行がありますので……その後なら、マスターがよろしければ」
「俺は構わないよ。トウシさんとハルカの話も聞きたいし」
「オウ、ならここで待ってるからな。あとトウシでいいぞ」
「わかった、トウシ」
そう言って俺は軽く手を振り、トウシと別れた。
ハルカと並んで受付カウンターへ向かう。
受付カウンターへ近づくと、そこに座る女性職員が俺たちに気づいて微笑んだ。
「ハルカさん、今日はどうされたんですか? 最近お見かけしませんでしたが……あら、隣の方は?」
柔らかい声で問いかけてくる。
どうやらハルカは、このギルドでもしっかり顔が知られているらしい。
「主操縦士です。今日はこの人の傭兵ギルド登録に来ました」
ハルカが淡々と説明すると、受付の奥から、女性職員たちの黄色い歓声が一斉に上がった。
「えっ、主操縦士!?」
「ハルカさんが男性を連れてきた……!?」
(なんか……すごい勘違いされてる気がする)
嫌な予感しかしない。
「では、こちらに入力してください」
女性職員はタブレット端末を差し出してきた。
入力項目は名前、出身地、性別、種族など、簡単なものばかりだ。
(名前は……ヒロキ、と)
「終わりました」
タブレットを返すと、女性職員は周囲を気にしながら、こっそりと俺に身を寄せてきた。
「すみません……貴方はハルカ様とどんな関係なんです? あの有名人のハルカ様が男性を連れてきて、しかも主操縦士だなんて……もしかして……彼氏なんですか!?」
(やっぱり来たか……! 全力で勘違いされてるやつだ……!)
しかし、ホムンクルスの話はできない。
どう説明するべきか悩んだ末に答える。
「彼氏というより……どちらかと言うと親ですね」
「まあっ! ハルカ様のお父様ですか!?」
女性職員は目を丸くし、俺と少し離れた場所にいるハルカを交互に見比べたあと、くすっと笑った。
「失礼ですが……あまり似ていませんね」
「母親似ですから」
苦し紛れの答えだが、完全な嘘でもない。
ハルカを作る際、ホムンクルスの心臓部兼脳の触媒に榛名の髪の毛を使ったのだ。
偶然ハンカチについていた一本を使っただけで、決して変態的な行動ではない。
「なるほど、そうなのですね。では登録は完了しました。続いて傭兵ギルドのご説明に入ります。傭兵ギルドの主な仕事は、民間機体の護衛、物資の輸送、そして、機械クリスタル生物の討伐です」
そこで、聞き慣れない単語が出てきた。
(……機械クリスタル生物?)
俺は思わず手を挙げて質問する。
「機械クリスタル生物とはなんですか?」
「えっ、ご存知ないんですか?」
女性職員が本気で驚いた顔をした。
(もしかしなくても……知らないとヤバいやつか?)
嫌な汗が背中を伝う。
「えっと……機械クリスタル生物とは、宇宙を彷徨う意思疎通のできない生命体でして。宇宙船を襲うため、討伐対象になっているんですよ」
(そんな生物がいるのか……!)
宇宙には未知の危険があるとは思っていたが、まさか宇宙を漂う謎の生命体がいるとは。
異世界の魔物とはまた違う、未知の生物に少しワクワクする自分がいた。
「すみません。説明ありがとうございます」
俺が頭を下げると、女性職員はにこりと微笑んだ。
「いえいえ。それでは、続いて実技試験に入ります」
「実技試験?」
「機体操作の試験ですね。ついてきてください」
案内された先には、大型の箱型シミュレーターがずらりと並んでいた。
俺はその一つに乗り込み、深呼吸して試験を開始する。
〘敵の強さは徐々に上がっていきますので、やられても不合格ではありません。落ち込まないでくださいね〙
シミュレーター内部の画面に女性職員の顔が映り、試験内容が説明される。
(よし……やってやるか)
俺は操縦桿を握り、深く集中した。
次の投稿は4月になる予定です。
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