表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

友人の家

 わたくしは学園でマリーリエに会うのを、楽しみにしていました。



 お茶会で、彼女の母親と妹に会うことがあったからです。


 妹が姉のことを「意地悪」とか「ずるい」とか、涙ながらに訴えます。

 母親も「人を見下す嫌な子」「本ばかり読んで社交性に欠ける」と困ったように蔑むのです。


 それならば、淑女の振る舞いを教育すべきでは?

 本を読むのは褒められることだと思うのですが?


 わたくしは彼女の母も妹も嫌いになりましたので、嫌いな人が嫌う姉とは仲良くなれるのではないか――と期待したのです。




 学園でマリーリエに会って、妹たちが大嘘つきだと確信しました。



 初めはとりつく島もなかったのです。

 彼女には自由になる時間がないので、休み時間に黙々と宿題を片付けてしまいます。

 授業が終わったら、仕事のためにすぐ家に帰らなくてはいけないようでした。


 その頃の彼女は人間不信になっていて、まるで傷ついた子猫のようでした。



 転機が訪れたのは、簿記の授業です。

 女性でも領主になる人はいますし、夫が不在のときに代理を務めることになるかもしれません。

 不正を見抜くためにも、経営の基礎は身につけた方がいいのです。


 わたくし、まったく簿記が理解できませんでした。

 お友達も同様で、頼りになりません。


 最初の試験で好成績を出した彼女に、思い切って教えを請うたのです。

 彼女にしてみれば、いつもやっている仕事で、むしろ簡単だったそうです。

 学園の食堂でランチをご一緒して、お礼としてデザートを渡しました。

 ぱあっと明るい表情を浮かべたマリーリエは、年相応に見えて、とても可愛かったのです。




 こんなに賢い、いい子なのに、家族から嫌われているなんて不可解です。

 子どもが我慢をするから、親がつけあがる? そんなの、変な話です。

 思いのままに要求する妹を優先して、控えめな姉は後回し。

 公平性に欠けた、親になる資格がない人たちなのかしら?


 マリーリエの精神年齢が、親たちのそれより上なのだろうかと思うようになりました。

 子どもであることを許されなかったマリーリエ。

 自分の子どもに重荷を背負わせて何とも思わない、年を取っただけの未熟な親たち。

 保護すべき子どもに甘えるなんて、みっともない。


 ……そんなふうに家族関係を分析してみても、友達の心の憂いを晴らせるわけではありません。

 マリーリエが一人前に仕事ができるほど成熟してしまったことが、悲劇を引き起こしたなんて……そんな言い方をしたら、彼女が悪いみたいではないですか。


 悪いのは、絶対に、親の方です。




 マリーリエを悩ませることの一つに、家のメイドや従僕から軽視されていることがありました。

 侍女は妹に取られているので、せめてメイドとの関係は良好にしておかないと。

 学園を卒業して、常時家にいることになったときに大変です。



 わたくしたちはランチを食べながら、頭を寄せ合って考えました。

 休日に、メイドが彼女の執務室に食事を運ばないことがあると言うのですもの。

 なんとしても、解決しなくては。


 友達のひとりが、こんな話をしました。

「わたくしのお姉様も、はっきりと断れない性格なの。

 でも、女当主になるからには、それではいけないと話し方の家庭教師がついているわ。

 もう一年以上経つけれど、成果は少しずつという感じね。

 話し方を変えるのは、性格を変えるのに近いので、すぐには変えられないらしいの。

 だから、『はっきり言えば良い』という作戦には反対だわ」


 はっきり言えるわたくしには、理解できない意見でした。

「だから、はっきり言う練習も兼ねればいいのよ」


 その友達が、肩をすくめました。

「はっきり言いすぎてしまうあなたが、『黙っていなさい』と言われたら『それは難しい』と感じるのではないかしら?

 それと同じよ。いつもと違うことをするのが、難しいの」


 ……よくわかりました。



 マリーリエの強みは、家の仕事をかなり引き受けていることです。

 簿記が得意だったことからわかるように、従業員の給料の支払いまでやっていました。


「一番意地悪なメイドのお給料を、一度だけ払い忘れるようにしたらどうかしら?

 払わないんじゃないわ。次の月にまとめて払えば、問題無いでしょう」


 そうは言っても、突然一ヶ月の収入がなければ、困るはず。

 マリーリエを敵に回したら恐ろしいことになる、と思い知れば良いのです。


 文句を言われて、いつものように「ごめんなさい」と平謝りしてしまっても、効果があるはずです。

 もし逆に、メイドからの意地悪がエスカレートしたら、「うっかり来月も忘れちゃうかも」と呟くの。

 そこまでしたら、さすがに大人しくなるでしょう。



 この作戦会議を聞いていたマリーリエは青ざめていましたが、ちゃんと実行してくれました。

 わたくしたちからしたら些細なことですが、味方のいない家の中で、勇気を振り絞って行動したのです。


 成功したという話を聞きながら、わたくしたちの方が泣いてしまいました。

 妹が遠くから睨んでいたようですが、男性たちに囲まれていたので可愛い子の演技は中断できないようでした。「ふふん、いい気味だわ」と思わず笑みがこぼれました。




 あれは、彼女にとって、大きな転換点だったと思うの。

 小さな自信を得て、顔つきが変わっていくのを感じました。

 泣き寝入り以外の行動を、ようやく覚えたんですものね。




 卒業したら、お友達といえども、お茶会や夜会で会うくらいになってしまいます。

 マリーリエは、そのような場にまったく顔を出しません。

 彼女の母親は、まだ学生の妹を連れて来て、「姉は婚約者がいるから必要ない」と言うのです。


 女当主になるのに、社交が必要ないわけがないでしょう。

 なんて、常識外れの母親かしらと腹が立ちました。

 きっと、今まで以上に仕事を押しつけているに違いありません。



 でも、いずれ当主になるのだから、きっと彼女も納得しているのだろう……わたくしは部外者ですから、そう納得するしかありませんでした。




 卒業してから半年した頃、突然、マリーリエが婚約解消されたという噂を聞きました。

 妹に婚約者を寝取られた?

 後継者を妹にすげ替えられた?




 すぐにマリーリエを訪問しました。


 もっと早く押しかければよかった。

 仕事の邪魔をしてはいけないと、遠慮している場合じゃなかったわ。


 一人で身支度できるようなドレス。ショックで眠れていない顔。

 疲れ果てて、何歳も年上のようでした。




 わたくしは、卒業と同時に法曹界に顔が利く家に嫁いでいます。


「このままでは、使い潰されるに決まっている。逃げるなら手伝うわ」と使用人に聞かれないように囁き、二人で抱き合って泣きました。


 今までは「家のため」と頑張ってきた彼女も、流石に心が折れたようです。

 後継者になるなら、領民のためならと、歯を食いしばってきたというのに、何という仕打ちでしょう。




 わたくしの二番目の兄が、外国に商会を構えています。

 こちらに輸出しようとしている商品や試作品を、学園でお友達に見せて意見を訊くことがありました。

 マリーリエの意見は、経営者と少女の両方の視点からのもので、とても参考になったらしく……兄は彼女に興味を持っていたのです。

 当時は彼女に婚約者がいましたから、会わせることもなかったけれど。



 マリーリエの逃亡先としては、理想的なんじゃないかしら。



 わたくしの夫の協力で、実家から籍を抜き、平民として他国に脱出することを計画しました。

 兄の商会はこの街にも店を持っているので、第一の逃亡先はその店です。

 そして商会の秘書として、他の商会員や輸出品と一緒に出国します。


 身分証明書は、平民になってから作った正規のもの。

「令嬢」を捜している人たちには、見つけられないでしょう。




 マリーリエが出発して何日も経ってから、先触れもなく彼女の父親が来ました。


 本当に自覚なく、彼女に仕事を押しつけていたようですね。

 妹ばかり可愛がっていたことも、なんだかんだ言い訳をしていました。実に聞き苦しい。


 しかも、彼女の無事を祈るのではなく、机の上で山積みになった仕事を片付けてくれる人を捜しているだけだと感じました。




 領地にいる家令はしっかりしているようですから、当主が税金をあげようとしなければ、領民はなんとかなるでしょう。

 あの父親が手がけている事業は……立ちゆかなくなるでしょうね。

 入り婿がしっかりしていれば支えられるかもしれないけれど、マリーリエの魅力に気付かず妹を選んだ人間です。どれほど役に立つものやら……。




 妹が彼女の悪口を言っていたのを、逆にして、妹の悪評をばらまいて差し上げるわ。

 嘘ではなく事実のみを――それでも、相当な内容になりそうね。




 マリーリエがいなくなれば、タウンハウスの帳簿など、すぐにおかしくなるでしょう。

 しばらくしたら、査察に入るよう夫にお願いしているの。


 きっと、簡単に問題が発見されるはず。

 国から指導が入るという不名誉を被ってもいいし、爵位と領地を返上する事態になってもいいと思うわ。


 娘に頼りきりで仕事をしない人間が、「当主」でいる必要はないものね。




 マリーリエを虐げ、追い詰めた人間たちは、思い知るがいいわ。


 未だに彼女に甘えようとしている者たちに、彼女の行く先など教えるわけがないでしょ。



 もしかしたら、いつの日か、彼らにマリーリエから手紙が送られてくるかもしれないわね。

 一生、それが届かなくても、わたくしは当然だと思うけれど。


 ……「血の繋がった他人」、そんな関係もあるの。そうしたのは、あなたたち。




 逆に、兄と恋が芽生えたら、わたくしたちは義理の姉妹になるわね……そんな空想を楽しみながら、わたくしは連絡を待っているの。


 荷馬車に揺られ、各地の商店に寄りつつ、仕上げは船旅。

 外国の兄の商会に彼女が到着したという連絡は、いつ来るかしら。


 そして、その時、兄と彼女は初めて顔を合わせるの……うふふ、とてもロマンチックね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これでラストですか・・・。 お話は面白かったのですが、最後にマリーリエのエピソードというか、お話が読みたかった と思ってしまいます。 というか、途中から最終話はマリーリエの話だろうと思い込んでいたので…
母親の実家の伯爵家が、事態に介入しないのが不可思議でならない・・・ 封建制社会だと連帯責任が重いので、上位貴族家は家門となる家に対しては、ある程度の苦言を施すことがあるのはよく知られている。 でないと…
ここから下手に王族とか貴族に目を付けられても大変なだけだし実家が他国の貴族な平民の成功している商会長の嫁という肩書にするとちょっと長いけどある程度の力があって生活に困らない立場は割と理想的なんじゃない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ